5‐7
ルクスは剣を振り切り、目の前の獣人を弾き飛ばした姿勢のまま懸命に辺りを見渡して状況を確認していた。
騎士団と反乱軍がぶつかり合い、それに巻き込まれるままに戦いが始まったのはこのノール・オーヴァの中心にまで入り込んでからだった。
様子を見るべきとのエリアスの意見を無視して、ルクスは戦場の真っただ中に飛び込んでいた。
「お前」
赤毛の男に声を掛けられる。彼が次の言葉を言う前に、ルクスが尋ねた。
「騎士団の方ですか?」
「ああ、そうだ。俺はクラウス・イェーガーだ、お前は?」
クラウスは状況を瞬時に判断したようで、ルクスを敵とは見做さなかったようだ。
「ルクスと言います。ミリオーラにあるギルドの、ギルドマスターです」
エレノアに言われたからではないが、はっきりとそう宣言する。
今や一人で剣を振るう人造兵ではない。
ベオを始めとして、ギルドの仲間達の命を預かる身であることを、自ら表明した。
「ギルドか……。今は重要な戦力だ。こちらの味方ってことでいいな?」
「確実とは言えませんけど」
ルクスが剣を構える。
既に目の前では、先ほど攻撃を防いだ獣人が、曲刀を構えて殺気を剥き出しにルクスを睨みつけていた。
「目的は二つ。ギルド・グシオンに捕まった仲間を助けること。もう一つは……できるだけ血が流れないことです」
「……前者は俺の知ったことじゃない、お前達で勝手にやれ。連中がここにくるかも知らんがな」
どうやらグシオンの動きは、騎士団には伝わっていないようだった。そう言いながらもクラウスは、ルクスの発言を疑うような素振りはない。
「後者はそうだな……俺も同じ考えだ」
獣の唸りのような声がする。
獣人が飛びあがり、ルクスに向かってその曲刀を振り下ろした。
黒の剣を構えてそれを弾く。
何度かそうやって打ち合いを続けているうちに、ルクスは少しずつ押し込まれていく。
「この人、強い……! レンツォさんと同じぐらいに……!」
同じ獣人と言うことで、ルクスは偶々その名前を口にした。
距離を取った獣人は、驚いたような顔でルクスを睨みつける。
「レンツォを知っているのか?」
「……はい」
「奴はどうなった?」
「……英雄アレクシスと戦って、倒れました」
「そうか。俺の名はウォーグ。奴とは亜人達の未来のために戦う同胞だったと言っておく。貴様とレンツォがどのような関係だったのかは知らんが、邪魔をするならばその首を落としてやる」
ゴオォ、と。
咆哮が上がる。
その凄まじい音量にルクスは一瞬、剣を取り落としそうなほどに驚いていた。
レンツォと同等の実力、それだけの相手がその隙を見逃すはずがない。
目の前に曲刀の刃が迫る。
「くっ……!」
何とかそれを弾き、目の前で火花が散った。
ルクスが押し返そうと力を込めた次の瞬間には、硬い感触が消える。
間髪入れず腹に衝撃が来た。
ウォーグの前蹴りが、ルクスの腹部を捕らえていた。
「ぐっ」
小柄な少年の身体が吹き飛ぶ。
何とか受け身を取って迎撃態勢を取ったものの、ウォーグからの追撃はない。
見れば、彼は足元から伸びた光の鎖を避けるためにルクス達からは距離を取っていた。
「ちっ、厄介な。一人ならば大した相手にもならんくせに」
「なんとでも言え、お前を止めるのが俺の仕事なんだよ」
クラウスの魔法の鎖が伸び、同時に大剣を振りかぶって攻勢に出る。
ルクスもそれに合わせるようにウォーグと距離を詰め、クラウスの攻撃の隙間を縫うように斬りつける。
「こいつ……!」
「どうした人間ども! 二人掛かりでもこの程度か!」
確かにルクス達が押している。
ウォーグは防御と回避に手一杯で、こちらに積極的に攻撃を仕掛けては来れない。
だが、それでも押し切ることができない。
ルクスもクラウスも、どちらも並みの戦士ではない。だと言うのに、その二人が即興とは言え連携攻撃を仕掛けても、ウォーグの防御を崩すことができないでいた。
「……ちっ、拙いな」
そうしている間に、ウォーグに加勢すべく亜人達が集まってくる。
エルフの唱えた風の魔法が、三者の間に割って入り距離が離れた。
クラウスがエルフを鎖で拘束する間に、ウォーグは目の前に迫る。
ルクスは二人の間に入って、振り上げられた刃を叩き落とす。
「貴様、人造兵か」
至近距離で刃を合わせていると、ウォーグがそれに気づいてそう言った。
「だからどうしたんです?」
そう言い返せるぐらいには、ルクスが自分は強くなったと思っていた。いや、強くなろうと決めていた。
強敵の存在に、黒い心臓が脈打つ。
手の先から剣の先端にまで黒い稲妻が走るが、ルクスはそれを意識的に抑え込んでいた。
(ここで力を使っちゃ駄目だ……!)
敵は彼じゃない。
倒すべきはウィルフリードであって、獣人達を殺したいわけではない。
頭の中で歓声をあげる声達を止めながら、ルクスはウォーグとの距離を取る。
「レンツォさんは、復讐が愚かなことだと言っていました」
「なのであれば、我々をそこまで駆り立てる憎悪がどれほどのものか、わかるだろう」
冷静にウォーグが答える。
やはり、もう言葉で止まるような段階ではない。
「やめとけ、ギルドマスター。こいつの目は本気だ、言葉だけで止まるようなら、最初からこんなことはしていない」
「そっちの人間の方がわかっているようだな」
笑いながら、ウォーグが剣を構えた。
戦場に充満する血の匂いが、人の悲鳴が、獣人としての闘争本能を駆り立てていた。
「……僕は……!」
ルクスが何かを言いかけた瞬間、上空を巨大な影が通過する。
「……あれは……?」
「ギルド・グシオンの飛空艇だ……。ウィルフリードが来た証拠だな」
飛空艇はルクス達を無視して、王城の方へと真っ直ぐに向かっていく。
そしてほどなくして背後やそれ以外の場所からも、武装した兵士達が幾人も現れて戦場を包囲し始めていた。
「ようやく来たか」
ウォーグが勝ち誇ったようにそう言った。
「どういう意味だ? まさか、貴様らグシオンと……!」
「そう言うことだ、人間。アルテウルに恨みを持つ者達は、俺達亜人だけじゃない」
だが、戦場はウォーグの想像通りにはならなかった。
「う、ウォーグさん、こいつら……!」
獣人の声がする。
そちらを見れば、グシオンの兵士達は騎士団を遠ざけるように動き、獣人達にこそ優先的に攻撃を仕掛けていた。
「なんだと……! 貴様、何のつもりだ!」
ウォーグが鎧を着たグシオンの兵士に飛びかかり、詰め寄った。
「これがマスター・ウィルフリードの命令だ。我々はそれに従うだけだ」
魔法が込められ、強化された鎧の力によってウォーグの拳を受け止めながら、グシオンの兵士は冷たく言い放つ。
その視線は次に、クラウスの方にも向いた。
「クラウス・イェーガーだな?」
「だったらどうした?」
「これよりノール・オーヴァは我々ギルド・グシオンが占領する。余計な火種を増やしたくなければ、大人しくしていることだな」
「それは脅してるつもりか?」
「マスター・ウィルフリードは貴様にそれが通じないことはわかっている。だが、果たしてお前の上がここでの流血を望むかな?」
「……てめぇ」
ルクスには詳しい状況はわからないが、恐らく騎士団の上層部……アルテウルの王国側はこのノール・オーヴァを見捨てるつもりなのだろう。
カーティスに対してそうしたように。
「今の貴様らにギルド・グシオンとまともにやりあうだけの戦力はない。先の魔王再誕によって英雄達もほぼ動けない状態だ。我々が……!」
グシオンの兵士の言葉が途切れる。
彼の背後からウォーグが放った一閃が、その首を容易く両断していた。
ウォーグは崩れ落ちる身体を蹴り飛ばすと、ルクス達を睨みつけながら仲間の亜人達に指示を飛ばす。
「撤退だ! 王城付近にまで兵を退くぞ!」
「で、でもウォーグさん! 何処に行ってもギルドの兵士達が……!」
「道は俺が切り開く! いいからいけ!」
ウォーグの声に怯えるようにしながら、亜人達は王城の方へと退いていった。
「……お前達との戦い、なかなか楽しめた。またやろう」
表情からは忌々しさを崩さず、それでもウォーグはルクス達に精一杯に敬意を払って戦場から去っていく。
瞬く間に撤退していく部隊の戦闘に追いつくと、集まってきたグシオンの兵士達を切り開きながら。
ようやく静かになった戦場で、改めてクラウスがルクスの方を見た。
「……で、お前は何もんだ?」
「……説明します」
二人の視線の先には、それぞれエリアスとミアの姿があった。




