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かつてノール・オーヴァと呼ばれた地。
今はティヴィルと名を変えられたかつての王国では、王国軍と獣人達の反乱軍が睨み合いを続けていた。
かつては人々の憩いの地として使われていたティヴィルの中央市街にある公園も、戦いの余波でぼろぼろに破壊されている。
噴水は崩れ、花壇は踏み荒らされており、それは酷い有様だった。
そしてそこが、王国軍と獣人達の最前線。
そこから北に向かえばティヴィルの王城があるのだが、集まってきた数多くの獣人を始めとする亜人達の兵士達が決死の覚悟で守りを固めている。
「伯爵!」
そう呼ばれたのは、赤毛に大柄の男だった。
目つきは鋭く、まるで獣の様と評されたこともある。
屈強な身体つきに無精髭を蓄えた、粗暴な雰囲気すらある男だった。
鎧姿にサーコートを着込んだその男は、声を掛けてきた味方の兵士に対して不機嫌そうに返す。
「伯爵はよせ」
「は……。では、クラウス様! やはりどの地区も防衛網が強固で、現状の戦力では突破は困難かと思われます!」
「……だろうな」
無精髭を撫でつけながら、クラウスは不機嫌そうな表情を隠そうともしないが、それは決して今報告をしてきた兵士にしたものではない。
「わかった。下がれ、俺の命令があるまで各員は持ち場で待機していろ。反乱軍の奇襲に対して警戒を怠るなよ」
「了解しました!」
兵士が来た時と同じように走り去っていく。
それと入れ替わりになるようにやってきたのは、年若い少女騎士だった。
クラウスよりも大分年下に見える彼女は肩まで伸ばした黒髪に、整ってはいるが何処か気真面目そうな顔立ちが特徴的だった。
「クラウス様。具申してもよろしいでしょうか?」
「言ってみろ。ミア・ゲーテ」
「一先ずはここで敵を牽制しながら、王国へと援軍要請をするのがいいかと」
「ここに来る前にもうやってる」
「で、ですが……」
クラウスの返答に対して、ミアは狼狽する。
彼女がそうしたのは、ミア自身が未熟と言うのもあるが、それ以外にも理由がある。
既にこの街に入って、数日が経過している。
もしクラウスがここに来る前に援軍を要請しているのならば、そろそろ先遣隊が到着してもおかしくはない頃だ。
「大方、何処かで揉み消されたんだろ」
「な、何故……?」
「何故ってそりゃあ……単純に出せる兵力がないからだ」
この反乱のタイミングは、あまりにも絶妙だった。
魔王再誕に王国軍が殆ど出撃していなかった理由、それは動かせる兵力が残っていなかったからだ。
各地の貴族は自らの領地を護るだけの兵力を維持するので精一杯。王都に控える騎士団にしても、王家を護るという役目があるために迂闊に動かすことはできない。
「ですがこの戦力では前線の突破は困難です」
不可能、と言わない辺りにミアの性格が表れている。
「ああ、そうだな。俺に与えられた軍の装備は旧式、火力の要たる魔導兵もいない。どう考えても、攻めるのに適した軍団じゃない」
ここにきているのは、伯爵であるクラウスが抱えている騎士団だった。
武闘派で知られるイェーガー家の三男であるクラウスは、戦と病で父と二人の兄が死去したためここ数年で家督を継ぐことになった。
彼等から受け継いだ騎士団はお世辞にも強力とは言い難かった。それは父や兄達の力不足と言うわけではなく、その規模を維持するだけで限界だったからだ。
若い頃は出奔し、傭兵団に所属しギルドと共闘したこともあるクラウスにはわかっていた。
最早自分の率いる騎士団の総力は、大規模ギルドには遠く及ばない程度に落ち込んでしまっていると。
「で、ではクラウス様は何を待っているのですか? 例え無謀であろうとも、この先でまだ逃げ遅れた人々がいるのならば……!」
ゲーテ家のミアは、クラウスからすれば遠縁の親戚にあたる。彼女の家は魔王戦役で大打撃を負い、貴族としての力を維持することができなくなっていた。
その中でミアは、その高潔なる精神をもって、数少ない戦闘訓練を積むことができ、親戚であったイェーガー家を頼ってやってきたと言うわけだった。
「ここで突っ込んで俺達が全滅してみろ、それこそ目も当てられねえだろうが」
ここに来るまでに反乱軍に占拠されていたティヴィルの地区を幾つか開放し、民間人を避難もさせている。
もしここでクラウス達が敗走すれば、僅かな護衛と共に逃げている人々を亜人達が襲う可能性も高い。
で、あればクラウス達にできることは、ここでこうして待つことだけだった。
――だが、それはあくまでクラウス達の視点での話だ。
「クラウス様! 亜人達が動きました!」
「動いたか……! 迎撃態勢!」
クラウスが叫び、兵達の緊張が高まる。
次の瞬間、目の前に広がっていた建物の窓や路地裏などの目立たない場所から無数の矢が、クラウスの陣に向かって放たれる。
「ちっ……!」
クラウスが手を掲げて、魔法を発動させる。
光の壁が広範囲に広がり、飛んできた矢は次々とそれにぶつかって折れては地面に落ちていく。
だが、敵の攻勢は当然それだけではない。
あちこちから声が上がり、潜んでいた獣人達が四方からクラウス達のいる広場へと進軍してくる。
「囲まれています!」
「見ればわかる!」
ミアも剣を抜いて、獣人達を迎撃する。
周りの兵士達も剣や槍を構えて迎え撃とうとするが、ここの戦力では長くゲリラ戦を続けてきた獣人達に分があった。
「陣形を崩すな! ミア、お前が中心になれ!」
「了解!」
ミアはクラウスから離れ、兵士達の方へと向かっていく。
彼女中心として防御円を張り、四方から襲い掛かってくる敵を何とか凌ぐ体制を作る。
「……どの程度時間が稼げるか」
クラウスは大剣を抜いて襲い掛かってくる獣人達を次々と吹き飛ばしながら、魔法で光の鎖や檻を作り出しては敵を次々と拘束していく。
「神聖魔法使いか……! 人間の下らん術を!」
長い耳をしたエルフが、忌々し気にそう言いながら魔法を唱えた。
辺りに生えている木々が急成長し、クラウスを捕らえようと枝と根を伸ばす。
それを容易く大剣で切り払い、また素早く枝を避けながら、クラウスは一瞬でエルフの術師へと接近した。
「やってることはどっちも変わらねえだろうが」
腹に一発入れて意識を飛ばしてから、光の鎖で拘束する。
そのまま味方の陣地へと投げ込もうとしたところで、殺気を感じてその場からすぐに飛びのいた。
クラウスがそれまで立っていた場所を、刃の軌跡が通過する。
地面にあった、先ほどエルフが急成長させた木の根を容易く切り飛ばしてから、その場に身軽に着地する獣人の男の姿があった。
「てめぇ……!」
その獣人には見覚えがある。
当然、ぞれは穏やかな場所ではない。手配書で見た顔だった。
獣人達の纏め役であり先日戦死したレンツォの隣に並ぶ、同等の実力者。
既に幾つもの商隊を襲った疑いがあり、討伐に来た小規模のギルドや騎士団すらも返り討ちにしたことがある。
「ウォーグだな?」
「その通りだ。お前がここの指揮官か?」
「ああ、そうだ。一応警告しておいてやる。今投降するなら命は保証……!」
クラウスが言い終えることはなかった。
目の前にウォーグが一瞬で飛来し、彼の持つ曲刀が閃く。
ギィイインッ!
鈍い音が戦場に響く。
「ちっ!」
クラウスが大剣を振り切ったときには、既に目の前にウォーグの姿はない。
気配を察知し、片手を伸ばして魔法を唱える。
光の鎖が何本も現れてウォーグに迫るが、彼はその全てを避け、または曲刀で迎撃して粉々に砕いていた。
「命の保証? 例え生きたところで俺達に何が残る? 残りの生をお前達の奴隷として暮らせとでもいうのか?」
「これだけのことをやったんだ。裁きを受けずにって訳にはいかねえことぐらいわかるだろうが!」
「それは貴様らの理屈だ! 俺達は取り戻しているだけだ、貴様等に奪われたものを!」
鎖を砕き、壁を破り。
目の前にウォーグが迫る。
その俊敏性、力強さ。人間を超えた力の持ち主である獣人の力を惜しみなく発揮するその男は、歴戦の勇士であるクラウスの実力を上回っている可能性すらあった。
「くそっ……!」
だが、それでもウォーグが守りに入ったクラウスを崩すのは簡単ではない。
神聖魔法はそのための魔法。守護や拘束、癒しに特化した魔法だからだ。
もっともそれは、この二人が一騎打ちをしていればの話ではあるが。
「くぅ、このぉ!」
ミアの声が響く。
ふと視線を向けてみれば、いつの間にか獣人の包囲は大分狭まっていて、クラウスの部下達は多くが地に付していた。
これではここの守りも長くはない。
ウォーグが来たことで獣人達の士気があったことを、見誤っていた。
「余所見をしている場合か?」
寒気がする。
いつの間にかクラウスの障壁を乗り越えて、目の前にウォーグの姿があった。
「クラウス様ぁ!」
ミアの声が響く。
頭の中で、人の心配をしている場合かとどやしつけようとしたが、最早言葉を紡ぐだけの時間もない。
獣人の曲刀がウォーグの首に届く。
――その寸前。
一人の少年が振るった剣が、二人の間に割り込んだ。




