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――それは、まるで長い夢を見ていたようだった。
銀の髪と漆黒の鎧、そして長剣を携えた英雄は一人荒野を歩く。
大英雄アレクシス。
アルテウルに名を残す、偉大な英雄。
彼が救った人の数はとても数え切れるほどではなく、同時に奪った命の数もまた同様だった。
「……黒の剣の傷は、深いな」
ルクスが持っていたその剣からは、昏い呪詛が毒となってアレクシスの体内へと流れ込んできていた。
それは多少の時間程度では回復することはなく、今もなお内側からアレクシスを蝕み続けている。
「思えば久しぶりだ、戦いで傷を負うなど」
或いはそれは、魔王戦役以来であろうか。
英雄となってからは、殆ど怪我を負った記憶はない。
それほどまでに英雄アレクシスは強く、強靭だった。いや、彼だけではない。英雄と言うのは、それぐらいの力を持つ存在だった。
だが今、その絶対的な支配が揺らごうとしている。
先日を魔王再誕、それから続く亜人達の反乱により各地の英雄は魔力の回復や怪我の治療により戦いが困難な状況となり、現状動けるのはアレクシスしかいない。
英雄が使えない。
そしてノール・オーヴァには王族や貴族達が隠しておきたい何かがある。
もしそれが解き明かされそうになった時に、アルテウルがとる手段は決して多くはない。
その最悪を事態を想定すれば、アレクシスがここで歩みを止める理由はなかった。
だが、それは彼自身にとっても意外な行動だった。
「……いつ以来だろうか」
英雄とは、神の仔であるアルテウルの王族に仕える者。もしそれを違えてしまえば、その強大な力は無秩序の暴力となり果てる。
だから彼等は王家、そしてその勅命を受けた貴族達に従うのだ。
だと言うのに、そうでなければならないのに、今のアレクシスには何の命令も下されてはいない。
もし誰かに見つかれば、帰還するようにと命令が下ることだろう。
アレクシスは彼等に見つからない道を進むことで、暗にそれを拒否していた。
自分の意志で、戦いを止めるために歩んでいた。
そこにあるのは、また別の感情か。
もうすぐ終わりが近づいている。
英雄として生きてきた長い生が、終息しようとしていると、心の何処かで確信していた。
そんな漠然とした、自分でもわからない感情に突き動かされながら、アレクシスは歩みを止めることはない。
「……ああ、そうだ」
こんな風に、まるでそ知らぬ振りをして命令違反をしたことが一度だけあった。
命令があればその全てを守護した。
命令があればその全てを殺した。
そんなアレクシスが唯一、ほんの気の迷いで見逃してしまった少年。
「ルクス」
少年の名を呼ぶ。
英雄に憧れながら――憧れているからこそ、アレクシスに剣を向けてきたあまりにも純粋な、人造兵の少年。
ひょっとしたら成長した彼の眼を、あの不思議な光彩を持つ瞳を見たときにアレクシスは希望を持っていたのかも知れない。
その答えは未だ誰にもわからない。
アレクシス自身も何の確証もないままに、本能だけで突き進んでいる。
傷が痛み、命令に背いているというのに、不思議と気分は悪くない。
まるで英雄になる前に、一介の戦士であったころに戻ったかのような高揚感があった。
英雄は征く。
自らの終わりが近いと知りながら、その最期の戦いの場所へと。
一人でも多くの人を救う、そしてその果てに誰かに何かを託すことができたのだとしたら。
それこそが、英雄の最期として本望だろう。




