5-4
意外なことに、ベオ達三人が囚われている部屋は牢獄などではなく、客間のような広々とした一室だった。
ベオ達はそこで軽い怪我の治療を受けてから幽閉されている。
当然扉の外には警備の兵士が置かれているし、ベオとアディは魔法が使えないように呪詛が刻まれた手枷を嵌められ、オーウェンは武器を取り上げられてはいるが。
「ふおおぉ……」
窓に両手を付いて眼下を見下ろし、アディが間抜けな声を上げる。飛空艇は既に上空高くを飛んでいて、仮にこの部屋から逃げ出したとしてもどうすることもできない。
「これからどうしますかね?」
椅子に座りながら、オーウェンが訪ねる。
部屋の中にあるソファに仰向けに転がったまま、ベオが不機嫌そうに尻尾を揺らした。
「どうもこうもないだろう。こんな枷を嵌められては、脱出もままならん」
「そりゃそうだ。ここは上空だし、なんにせよ地上に付くのを待つしかなさそうだ」
オーウェンが部屋に置かれている小さな箱を開ける。氷の魔法を常に展開して中のものを冷やす冷蔵庫で、部屋に入るぐらいに小型化されているものは珍しい。
「お、酒がある。もらってもいいかね?」
「構わんだろう。わざわざこの部屋に閉じ込めたのだから、中の物は自由にしていいに決まっている」
「あ、後で代金を要求されたりとか……」
「それを払うのはルクスだ」
何処となく緊張感に欠ける三人だが、怯えたり自責の念に駆られるよりはずっといい。
「アイスはあるか?」
「いいや。ジュースならあるが?」
「ならそれを寄こせ」
ベオに命令されて、オーウェンは戸棚からグラスを取り出して果実を絞ったジュースを注ぐ。何とか平静を保ってはいるが、ベオが不機嫌であることに変わりはない。
ベオが寝転がっているソファの前のテーブルに、中身がなみなみと注がれたグラスを置くと、彼女は面倒そうに身体を起こして口をつけ始める。
「問題はエリアスがちゃんとルクスのところに行けるかどうかってところだが」
「行くだろう、奴なら。そのぐらいはできる男だ。お前もそう思ったからあいつを行かせたのではないのか?」
「ああ、確かに。だが、エリアスを評価してるとは驚きだ」
「私は奴の実力を過小評価したことは一度もないぞ」
「そ、そう思うならもっと優しくしてあげた方が……ふへっ」
「それとこれとは話が別だ」
「あ、そう……」
一応言っては見たものの、アディにとってもギルド内のエリアスの立場はそれほど重要ではないので、彼女は再び窓から雲と青空を見る作業に戻っていく。
「奴が来たな」
オーウェンが自分が座っていた席に戻り、ちょうど酒をグラスに注いだところで、ベオが頭の上の獣耳をぴくりと動かす。
扉の外で何やら話し声が聞こえてから、無遠慮に扉が開かれた。
「ご機嫌は如何かな?」
嫌な笑いを浮かべながら、長い黒髪を頭の後ろに撫でつけた長身の男、ウィルフリードが部屋の中を見渡す。
彼の視線は一瞬、ベオとオーウェンが飲んでいる飲み物のところで止まったが、流石にそれに対してわざわざ追及するようなことはしないようだった。
「さて、目的地に着くまでもうあまり時間もない。あちらでの行動を迅速にするため、幾つか質問をしておきたい」
「別に聞かれて困るような情報も持ってはいないぞ」
「ならば何故、あの石板にあった古代文字が読めた? お前は『古き民』の生き残りではないのか?」
「古き民?」
「自分のこともわからないとは、おめでたい奴だ」
ウィルフリードのその言葉に、ベオの表情が一瞬だけ曇る。それでもベオはすぐさま取り繕い、いつもの皮肉な笑みを浮かべて見せた。
「知る必要があるとも思えなかったのでな。もう既に朽ちて消えた時代のことなど」
「まぁ、その辺りの事情はどうでもいい。ならば、ノール・オーヴァの伝説も知らないわけだ」
「知らんな。ついでに言うなら興味もない」
「口が減らない奴だ。だが、別にお前がどう思おうと俺の知ったことじゃない。ノール・オーヴァの地下神殿、その封印を解くためにはそこにある古代文字を解読する必要がある」
「それをすれば私達を開放するのか?」
「さてな。その先にあるものを見届けてからだ」
「ノール・オーヴァ……。ティヴィルのことだろう。あの場所は俺の記憶が正しけりゃ、長らくアルテウルによって厳重に管理されていたと思うが」
椅子に座り、足を組んだ姿勢のままで、オーウェンが会話に割って入る。
「例え天下のギルド・グシオンだろうと立ち入りは禁じられている。お前さん、アルテウルを敵に回すつもりか?」
「もうとっくに賽は投げられてる。お前等が捕まるのとほぼ同時にな」
「……下で何が起こってる?」
最悪の可能性に気付いて、オーウェンの表情が険しいものへと変わる。
「流石はなりそこなったとは言え英雄だ。争いの気配には敏感だな」
「反乱か……!」
「ああ、そうだ。長らく奴等に武器を与え、そして馬鹿な王族を奴等の生贄に捧げる。自分達に力があると勘違いした馬鹿共は、大喜びでノール・オーヴァに向かっているだろうよ」
楽しむような口調で、ウィルフリードはそう言った。
「全てはこちらの掌の上だ。馬鹿な亜人共の反乱を利用し、俺達はノール・オーヴァに入る。そしてそこに眠る力を手に入れる」
「ふん、随分と甘い計画だな」
と、ベオが口を挟む。
「その地下に眠る力とやらが本当にあるのかもわからずに事を起こすとは、こんな阿呆についてくるギルドの連中が哀れだな」
「……あるさ、本当にな。そしてそれを解き放つために、お前には協力してもらう必要がある」
ウィルフリードの視線が、オーウェンとアディに向き、暗にベオに従わなければ二人を殺すと、そう告げていた。
ベオは答えない。
その様子を見て満足したのか、ウィルフリードは部屋から出ていく。




