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5‐3

 ギルド・グシオンが行動を起こす少し前。

 ある地方にある、魔王戦役の際に廃墟となった砦を回収して作られたギルド・フェンリスの拠点内部。

 青い髪、少女のような華奢な身体。

 そして造られし者、人造兵の証である不思議な虹彩の瞳を持つ少年、ルクス・ソル・レクスは身体に巻かれた包帯を外していた。


「痛みはありませんか?」


 白い服を着た、ルクスを看護してくれていた医療魔導士がそう尋ねると、力強く頷く。


「治癒魔法が効いたみたいです」

「そんなすぐには治りませんよ、治癒魔法だけでは」

「どういう事です?」


 ルクスが訪ねると、医療魔導士の女性は若干言い辛そうに俯いた。


「多分、人造兵だからでしょう」

「……ああ。それなら、この身体に感謝しないと。まだ僕を戦わせてくれる」


 服を着替え、立てかけてあった黒の剣を手に取る。

 ベオとの出会いの産物である紅い刀身の剣も、もう随分と無茶をさせてしまった。所々刃零れが目立つ。

 ルクスがそれを背負うのと同時に、扉が無遠慮に開かれる。

 入ってきたのは一人の老婆だった。

 すっかり色の抜け落ちた白い髪、深い皺が刻まれた顔。

 しかしその目は未だ輝きを失うことはなく、腰も全く曲がってもいない。

 ギルド・フェンリスのギルドマスター、エレノア・スカーレットはルクスを見ると小さく笑って見せた。


「怪我は完治したみたいだね、小僧」

「おかげさまで。お世話になりました」

「気にするんじゃないよ。こっちにも思惑ってもんがあるのさ」


 エレノアが顎で指し、医療魔導士が退出していく。


「大した回復力だ、若いってのはいいもんだね」

「あの人は、僕が人造兵だからじゃないかって言ってました」

「違いない。戦うために生まれたホムンクルスだからね、その辺りの代謝はいいはずだよ」


 全く気にしてもないように、エレノアが快活に笑う。彼女にとっては、ルクスの身の上など大した問題でもないのだろう。


「聞くまでもないことだが、行くんだろう?」

「はい」

「目的は、仲間かい?」

「それが最優先です。次は、できるだけ流れる血を止めたいから、行きます」

「へぇ」

 エレノアにとってそれは、意外な返答だったのだろう。一瞬、気のない返事が返ってくる。

「どちらにせよウィルの小僧とはやりあうわけだ。あいつは強いよ」

「……わかっています」


 魔王再誕の際に、彼の実力は嫌と言うほど見せつけられた。

 一瞬で樹海の広範囲を魔物諸共凍結させたあの魔力は、恐らくベオ以上の魔法の使い手とみて間違いない。


「勝てる相手かね?」

「勝って見せます」

「……くくっ、面白い小僧だね」


 明らかな大言。

 己の身の丈に合わないその言葉を聞いてもなお、エレノアの感情に怒りも呆れもない。

 ただ目の前の無鉄砲な、一人の人造兵に対する期待が込められていた。


「あんたが失敗したら、恐らく次はアタシのところにギルド招集が来る。そうなったら騎士団と英雄も動員しての本格的な戦争だ」


 ギルド招集。

 王家によって下されるその勅命は、決してギルドが拒否できない命令。

 それは先日の魔王再誕でも発令された。つまり、このウィルフリードと亜人達の反乱は、それに近いほどの緊急事態と見做されている。


「当然、アタシはそれを拒否しない。金になるからね」

「そうならないように、やって見せます」

「ああ、そうするといいさ」


 グシオンとフェンリス、アルテウルにおける二大ギルドがぶつかり合えば、どちらが勝とうと多くの血が流れる。

 そして仮にどちらが勝とうとも、この国における最大の兵力同士は多くの力を失ってしまうだろう。

 そうなればまた、亜人の反乱に続く戦いが連鎖的に起こるかも知れない。そうなったときにそれを押しとどめるだけの力は、恐らくもうアルテウルには残っていない。


「そう言えば、あっちのガキはどうする?」

「エリアスですか? 当然、来てもらいます」

「死ぬかも知れないよ?」

「死なせません」


 はっきりとそう答えた。

 今のルクスには、エリアスの力が必要だ。彼がなんと言おうと、来てもらう必要がある。

 そしてルクスにはわかっている。エリアスが今更怖気づくような人間ではないということも。


「奴は筋がいい。あんたが置いていくなら、フェンリスに勧誘しようと思ってたんだがね。こっちもこれから、戦力が必要だからね」

「お断りです。エリアスが望むならともかく、彼は僕達のギルドには絶対に必要な人材ですから」


 それに彼がいなくなれば、なんだかんだベオが寂しがる。


「やれやれ。ギルドマスター直々にそう言われちゃね。アディといい、あんたなかなかのやり手だよ」

「ありがとうございます」


 話はこのぐらいでいいだろう。

 今は少しでも時間が惜しい。少なくともエレノアに対して感謝の言葉が告げられれば、ルクスにとってはそれで充分だった。


「そろそろ行きます」

「ああ」


 エレノアの横をすり抜けて、扉を開ける。


「あ」

「よ、よう」


 基地の廊下では、どうやらこちらの話を聞いていたのだろう。嬉しさや色々な感情が入り混じった顔でエリアスが立っていた。


「エリアス、行こう」

「……わかったよ。本当は行きたくねえけどな。何が悲しくて、マスター・ウィルフリードと戦わなきゃならねえんだよ」


 そう言いながらも、彼に逃げるつもりはない。

 既に軽装鎧を着て、腰には愛用のショートソードと短弓をぶら下げている。


「でもま、道案内はしてやらねえといけねえからな。お前、ノール・オーヴァへの道わからねえだろ?」

「実はね。だからよろしく」

「任せろ。ちゃんとフェンリスの連中に聞いといたからよ」


 二人でそんなやり取りをしながら、次第に声が遠くなっていく。


「マスター・ルクス。あんたの健闘を祈るよ。……ウィルの小僧も、精々足元を掬われないことだね。アタシの、ギルド・フェンリスの目的のためにもね」


 彼女の呟きは、誰に聞こえるわけもなく基地の廊下に流れては消えていった。


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