5‐2
「……ちっ」
嫌な夢を見た。
もう子供のころと、とうに忘れていた思い出だ。いや、実際は自分にそう言い聞かせていただけだ。
ギルド・グシオンが所有する飛空艇の自室にあるソファで、横になっていたウィルフリードは不機嫌そうに目覚めた。
魔導技術を用いた飛空艇は、アルテウルにほんの僅かではあるが存在している。王侯貴族達の威光を示すために魔王戦役以前には幾つか作られたが、今となってはそれらを増産する経済的余裕もない。
現状、飛空艇を所持しているのは表向きには大公家と王家、そしてギルド・グシオンだけだった。
もっとも、王家の飛空艇が空を飛んでいるところは滅多に見れるものではないし、グシオンの規模で飛空艇を所持できるのなら間違いなくギルド・フェンリスも持っていることだろう。あの老人は上手くそれを隠匿しているだけの話だ。
飛空艇の外観は丸みを帯びた長方形で、左右に薄い翼が羽ばたき、そこから魔力を放出して浮かぶ仕組みになっている。
乗員は凡そ百名で、ここにはギルド・グシオンの中でも選りすぐりの精鋭が乗り込んでいる。
ウィルフリードの私室の扉がノックされる。
「入れ」
「マスター・ウィル。お目覚めになられましたか」
そう言いながら入ってきたのは、ウィルフリードの副官だった。
「準備はどうだ?」
「各支部に連絡は行き届いております。現在、ノール・オーヴァ奪還に向かう亜人達に紛れて密かに集結中です」
「急な作戦だからな。どのぐらいの数が集まりそうだ?」
ソファに座り直し、ウィルフリードが尋ねる。
「やはり急なことですので、ギルドから脱退を申し出るものも少なくはありません」
「どのぐらいだ? 具体的な数は言わなくていい」
「凡そ二割ほどが脱退を申し出ています」
「……そんなもんか」
ウィルフリードが想像していたよりも少ないことに、軽い驚きを覚える。
現在ウィルフリード達はノール・オーヴァへと進軍している。
先日の亜人達の決起に気を取られた騎士団は、恐らくギルド・グシオンの反乱を止めることはできないだろう。そのために、亜人達の反乱軍に対して武器供与を続けてきた。
「王家に弓を引くってのに、意外と命知らずが多いもんだ」
「それだけ現状のアルテウルの在り方に不安を持つものが多いのでしょう。特に亜人達を雇用していたことがいい方向に働きましたな」
「どういうことだ?」
「共に戦えば戦友となります。今回のグシオンの決起は、ギルドに所属している亜人達にとっても喜ばしいことだったのでしょう」
「……ふん」
腕を組み、深くソファに座りなおす。
つまりは友となった亜人達が戦うというから、グシオンの兵士達も彼等に味方をしようと言うことだった。
あまりにもくだらない仲間意識だが、利用できるものなら存分に活用してやろう。
「王城まではどのぐらいだ?」
「後数時間ほどで到着いたします」
「急がせろ。早いところ制圧し、地下神殿を目指す必要がある。幾ら士気が高くても、それは英雄が出てくるまでの話だ。勢いに乗って反乱に加担した馬鹿共は、英雄の圧倒的な力を見れば意見を変える」
「……そうでしょうか?」
副官が向けた視線が、ウィルフリードにとっては妙に不愉快だった。
「何が言いたい?」
副官は答えない。
ウィルフリードは不機嫌そうに立ち上がると、彼の横を擦り抜けて部屋から出ていこうとする。
「奴等と話をしてくる。ライナーに最前線を務めるように連絡をしておけ。因縁深い奴が来るともな」
「……因縁?」
「いるだろう。魔獣を倒して、ミリオーラの支部を乗っ取ってくれた奴が」
「彼等は我々の手の内にあるのでは?」
「厄介な奴が残ってる」
「……はぁ。オーウェン、そして古代文字を読める獣人の少女よりも厄介な方ですか」
副官の言葉を無視して、ウィルフリードは部屋を後にした。
――これから数刻後、獣人達によって攻撃を受けていたノール・オーヴァの上空にギルド・グシオンの飛空艇が到着する。
そしてアルテウル王家と貴族達は、グシオンの裏切りを知るのだが、その時は既に手遅れとなっていた。




