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今日、世界は変わった。
その変化は小さくて、未だ兆しのようなものでしかない。アルテウルと言う国に住む人々も、それらを統括する貴族達も、そして今や国家における力の中心となりつつあるギルドも大多数はその変化に気が付くことはない。
しかし確実に、世の中が動き始めていた。
亜人達の盗賊行為の活発化から端を発した一連の武力行使はカーティス王子誘拐を経て、大きな燃え広がりを見せる。
多くの亜人達が武器を手に取り立ち上がった。
その数は凡そ数千人。国内にいる亜人の割合からすれば大したものではないが、それでも魔王戦役を除く亜人達の反乱にしてはアルテウルの歴史上最大規模のものとなった。
先日の魔王再誕によって被害を受けた多くのギルド達は亜人の反乱に対して迅速な対処をおこなうことができず、多くの街が彼等の略奪に晒された。
亜人達が一直線に向かうのは古の夢、今はティヴィルと呼ばれる都市。彼等はその道筋にある人間達の街を攻撃しながらそこへ進撃していく。
騎士団もまた虚を突かれ、動くことができなかった。彼等がまず最初に行ったことは、会議を開き諸侯達と誰が先陣を切るかの話し合いと言う名の被害の押し付け合いを始めることだった。
その一方で、ティヴィルとその周辺の守りについていた騎士団が独自に行動を開始し、避難民の救助を始めたとの噂も流れ始めていた。
そんな中、唯一積極的に動くギルドが一つ。
マスター・ウィルフリード率いるギルド・グシオンは各地の支部から全戦力を結集し、様々な移動手段を用いてティヴィルへと急行していた。
彼自身もまた虎の子の飛空艇を用いて、ティヴィルへと向かう。多くの民達の希望はグシオンに託されていた。
だが彼等の誰も、ウィルフリードの真意を知らない。それは貴族や民だけではなく、ギルド・グシオンの団員達も同様だった。
英雄達の大半は未だ魔王再誕の傷が癒えず、動ける者達もまた別所での任務にあたっていた。広い国土を誇るアルテウルに争いの種は尽きず、常に彼等は王権を護るために戦い続けている。
――唯一の例外がここに一人。
身体に巻かれた痛々しい包帯の上から帷子を着込み、更に鎧をまとった英雄、アレクシスは痛みに顔を顰めながら歩き続ける。
こんなに傷を負ったのはいつぶりのことだろうか。
今よりずっと昔に英雄となり、力を授かった。
それから多くの武功を上げ、やがては英雄達の筆頭、大英雄と呼ばれるほどになった。
幾多の戦いの中で傷を負ったことは数え切れないが、ここまでの重傷は実に久しぶりのことだ。それこそ、魔王戦役でもアレクシスがここまで傷つくことはなかった。
あの少年が、ここまでのものになった。
ほんの気紛れで、罪なき人を殺めることに対する免罪符代わりに逃がしたあの少年が、巡り巡って自分に致命傷を与えてくることになろうとは。
予想外の事態であり、それはアレクシスにとっては当然痛手ではあったのだが、あの少年を恨むことも怒りもない。
むしろアレクシスの中にあったのは、彼に対する期待と羨望だった。
彼の振るった力が何であるかは、アレクシスにとってはさしたる問題ではない。
例えその源流が怒りや恨みに根差すものであったとしても、あの少年はそれを振るって英雄たる自分を止め、己の意志を貫いたのだ。
力とはそれ自体が正義でも悪でもなく、振るう者の意思によって変化する。
あの少年はそれを体現した。
身体に染みついた恩讐が、英雄に対する嫉妬と憎悪が内側からアレクシスを蝕む。
それでも英雄は歩みを止めることはない。
向かう先に助けを求める者がいる限り。
彼は英雄なのだ。
羨望され、期待され、尊敬される。
栄光の道を引かれ、それが己の望んだものでなかったとしても、それでも一人でも多くの人々を救えるのならと歩き続けた血塗られた道。
その行く先に、初めて光が見えた気がした。
英雄は征く、己が英雄となった意味を、成すべきことを悟ったうえで。
向かう先は古の夢。
そこで何が起こるのか、アレクシス自身にもわかってはいないが、予感がある。
長い歩みが、終わる時が来るのだと。




