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ギルド・フェンリスの支部にある一室。
そこは王族に使わせるには全くそぐわないぐらいに殺風景な、テーブルと椅子などの最低限の家具しかない部屋ではあったが、そこに連れてこられたカーティスが文句を言うことはなかった。
エレノア達に助けられて数日、彼は暫くの間ここで寝泊まりをさせられていた。当然王宮にいたころに比べればこの生活は質素極まりないものではあったが、定期的に温かい食事が貰えるだけでも満足だった。
ここでカーティスは、料理を持って来た給仕の女性に無意識にお礼を言ったことを、自分でも驚いている。
部屋の扉が二度、穏やかな調子でノックされる。
「誰だ?」
「わしですよ」
久しぶりに聞く老人の声は、カーティスに以前までとは異なる感想を覚えさせた。
「入ってくれ」
中に入ってきたのは、小太りの老人だった。
「ハミルトンか」
ハミルトン大公。
以前は王宮に出入りし、カーティスのことを可愛がってくれていた。そうは言っても、ある程度の年齢になって贅沢を覚えてからは、彼を疎ましがっていたものだが。
「僕を殺すのか?」
カーティスの質問にハミルトンは意外な表情をしていた。
「どうしてそう思います?」
「お前達は……父上も一緒になって僕を見捨てただろう。それだけじゃない、アレクシスまで使って、確実に僕を消しに……!」
握る拳に力が籠る。目の前の老人の惚けた態度が許せなかった。
「ですが貴方は生き残った」
「それは僕の力じゃない」
「ふむ」
ハミルトンは顎に手を当てて考え込む。
「ではお尋ねしますが、今まで一度でも貴方自身の力で何かを成したことがおありか? 今日まで生きてきた日々の中で、ご自身の力が関与したことが一度でもありましたかな?」
答えられず視線を下ろす。
そうか、この老人は――彼だけではなく、恐らく王族以外に世界中のあらゆる人が、カーティス達をそう言う目で見ていたのだ。
「恥じることでも、責任を感じることでもございません。王とはそう言うものです、少なくともこの国では」
「……それは」
思わず口にした。
それを言葉にすれば、カーティスは今度こそ後戻りはできないかも知れない。
「それは正しいことなのか?」
「いい質問ですな」
人質にされた僅かな間でも、そこにいた誰もが考えて行動していた。過去があり、そこから学び、怨念を捨てきれなかった者もいれば同じことを繰り返したくないからと違う道を選ぶ者もいた。
事実、カーティスはそんな彼等によって命を救われている。
「質問を返すようで申し訳ないが、カーティス様はどうお考えで? 本当に今この国が正しい方向に進んでいると、そう言えますかな?」
積もり、淀み、もう取り返しがつかなくなった恩讐を見た。
亜人と呼ばれる種の人間に対する憎しみ、そして彼等を必要以上に痛めつけ、それだけの怒りを抱かせるに至った人間の罪を見た。
――一人の少年を見た。
「このままじゃいけない。この国は歪み切っている」
「ではどうします?」
「……僕の力は余りにも弱い」
今カーティスが声を上げたところで、何もできることはない。
ギルド・フェンリスは王権に興味はない。であれば彼等がカーティスの言うことを聞くとは思えなかった。
「僕が理解していないことを知る必要がある」
カーティスの回答に対してハミルトンは何も答えなかった。
ただ小さく笑って、頭を下げた。
「お前は僕を利用するつもりなのか?」
実際問題、カーティスは自分自身に利用価値があるとは思えなかった。何せ家族にすら捨てられているのだから。
「わしにそんな大それたことはできませんよ。今回もカーティス様を偶然保護できたからと、知らせを受けて飛んできた次第ですので」
「じゃあやっぱりお前は」
「はい。カーティス様を薪にして、今一度亜人達に対する敵対心を燃やす計画に賛成しました」
最早怒りもない。或いは、仮にここでカーティスがハミルトンに対して恫喝しても、もう何の力もないことはお互いにわかっているからだろうか。
「お前の目的はなんだ?」
「大望を抱けるほどの才値はこの老人はありませぬよ。ただ成り行きを見守っているだけです。今回の件も、頭の切れるモーリスが提案したからそれに乗っただけのことでして」
「……そうか」
はぐらかしているのか本心なのか、ここで見るハミルトンはカーティスが知る王宮の惚けた老人とは全く違う人物に見える。
「そう言えば、僕と一緒に逃げていた亜人達はどうなった?」
エルマ達とは保護されてからずっと離されている。その時のギルド団員の対応からして手荒な扱いをされているとは思えないが、一応確認しておきたかった。
「フェンリスの方で当面は保護するようですな。勿論最低限の仕事はしてもらうでしょうが、今彼女等を外に出すのは危険ですので」
「だったらよかった」
ほっと胸をなでおろす。彼女達はカーティスを許しはしないだろうが、カーティスからすれば命の恩人でもある。
「変わりましたな」
「……そうであってほしいよ」
色々なことを知り、もうカーティスは王宮には戻れない。
それは計らずしもあの少年が人造兵として、一人人間達の社会に投げ出されたのと同じような状況だった。




