4‐28
「……ん……」
ルクスが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
直前までいた森の中の集落ではなく、木製の天井のある一室。
身体を起こすと、全身が鈍く痛む。見れば腕にも胴体にも痛々しく包帯が巻かれているが、それらは真新しいもので、何度か交換してくれた誰かがいるようだった。
「ここは……?」
ルクスが声を出すのと同時に、偶然への扉が開いて白い服を着た女性が入ってくる。格好や佇まいからして、癒し手と呼ばれる役職の人だろう。
「お加減は如何ですか? 随分深い傷だったので、わたしの魔法じゃ治しきれなかったんですが」
「……えっと、多分大丈夫です……」
「そうですか、ならよかったです。大きな出血や化膿は止めてあるので、後は薬を塗っておけばすぐに動けるようになりますよ」
そう言って癒し手の女性は少し慌てた様子で部屋を出ていく。
未だ状況を飲み込めないでいるルクスの前に少ししてやってきたのは、一人の老婆だった。
顔には深い皺が刻まれているが腰は真っ直ぐに伸び、何よりもその目にはギラギラとした野心が宿っている。
彼女は老いているとは思えないぐらいにしっかりとした足取りでルクスの傍までやってくる。
「直接会うのは初めてだね、マスター・ルクス」
「貴方は……?」
「アタシはギルド・フェンリスのギルドマスター。エレノア・スカーレットさ」
「フェンリスの!」
驚きのあまり声を上げて、全身の傷が痛む。
その様子を見てエレノアは愉快そうに笑った。
「会うのは初めてだが、あんたことはよく知ってる。アディ・ルーは元気かい?」
「た、多分……」
ルクスとしては多少の気まずさがある。何せ、アディを彼女のギルドから本人の意思があったとはいえ強制的に移籍させたようなものなのだ。
それ以前の問題に、大抵の人物がエレノア・スカーレットを目の前にすれば何らかの圧を感じるものなのだが、その辺りはルクスにとっては問題ではなかった。
「別にアディのことで責めやしないよ。物は試しで拾ってみたが、あたし達としちゃあんまり使い道もなかったもんでね。世話をしながら有効利用してくれるならそれが一番さ」
誤解を招くような言葉だが、口調からしてエレノアは彼女なりにアディの幸福を考えてくれているようだった。
「ここは何処ですか? 僕は……」
「ここはあの森からそれほど離れていない街、フェンリスの支部の一つさ。しかしあんたも無茶をするね。亜人と王子様を逃がすために英雄の前に立ちはだかるなんて」
「みんなは無事なんですか?」
「こっちでちゃんと保護してあるよ。亜人達の立場は色々と複雑だが、まぁ危害が及ばないように配慮はしてる。もっとも、何をしたとしても万全にはなりゃしないがね。王子様も保護してる。あたし達としちゃあんな坊ちゃんどうでもいいが、利用価値があるみたいなんでね」
「……利用価値……」
「言い方が気に障ったかい? 王族に生まれた以上、誰だってそうさ。あんたがそうであるようにね」
「僕は利用されていたとしても、自分の意志で生きるつもりです」
「はっはっはっ! 確かに! 英雄に剣を向ける胆力がある奴が言うと説得力が違う!」
上機嫌に大笑いをしながら、エレノアは自分の膝を叩いた。
「確かにこれは傑物だ。フィンリーが飼い慣らせないわけだよ」
「彼女は元気にしてますか? アディが会いたがってるって伝えてください」
「ああ、伝えとくよ。表面上は嫌な顔するだろうけどね。――で、本題なんだが。あんた、あたし達の傘下に入らないかい? 勿論あんた一人じゃなくて、ギルドごとだ」
「お気持ちはありがたいんですが、遠慮しておきます」
即答だった。エレノア自身も断られることを見越してのことだったようで、彼女の愉快そうな態度に変化はない。
「はっきり言うね」
「まだ僕ができることを全部やりきったわけじゃないと思うので」
「そうかい、残念だ」
用件はそれだけ、と言わんばかりにエレノアが立ち上がる。
同時に部屋の扉がノックされて、先程の癒し手の女性が入ってきた。
「あの、マスター・エレノア」
女性はエレノアに何やら耳打ちをする。
それを聞いたエレノアは小さく笑い、彼女に何か指示を出した。
数分後、どたばたと大きな音を立てて一人の男性が部屋に飛び込んでくる。
「エリアス!」
エリアスの姿はぼろぼろで、血が固まったような跡もある。まるで何処かの戦場から逃げだしてきたような有り様だった。
ルクスはそれを見て、自分達に何かが起きていることを即座に悟る。
「ルクス、すまねぇ……!」
床に伏して、エリアスは謝罪の言葉を口にする。
その姿勢のまま彼が語ったことで、ルクスはベオ達に何が起きたかを知ることになった。もっとも、オーウェンがウィルフリードに交渉を持ちかけたところまでは知ることではなかったが。
「……わかった」
「すまねぇ、ルクス。俺も一緒に残って戦うべきかと思ってたんだが……!」
「大丈夫。エリアスは自分の役割をちゃんと果たしてくれた」
できるだけ安心させるように、柔らかな口調でそう言う。それはルクス自身を落ち着かせるためでもあった。
「しかしあんた、よくここがわかったね」
「え、ああ……。最初はルクス達が消息を絶った森まで行って、そこでギルド・フェンリスの団員に会ったから話を聞いて……マスター・エレノア!」
エリアスはここにきてやっとエレノアの存在に気が付いたようで、驚きと疲れのあまり立ち上がろうとしてそのまま尻餅を付く。
「相当な距離を走ってきたんだろう、団員のために必死になって。いい部下じゃないか、ルクス」
「はい」
エレノアの言葉にはっきりと頷き返す。
「……ウィルの小僧がねぇ。怪しい動きをしてるとは思ってたが、まさか古代文字を解読できる人材を探してたとは」
「その、古代文字っていうのは……?」
「アタシも学者じゃないから詳しくは知らないよ。ただ、その名の通り大昔に使われてた言語ってことぐらいしかね。便宜上はそう呼ばれてるが、長生きのエルフ共にも伝わってないもんだから本当に昔の言語かも怪しいもんさ」
ベオが読めて、ウィルフリードはそれを必要とした。
それが意味するところは、今のルクスの中で繋がることはない。
「お前さんのお仲間は多分大丈夫だろう。ウィルの小僧が使える奴を殺すことはないし、アディに関しても寝た子を起こすようなことはしない。後はオーウェンだが……あいつなら易々殺されることはないだろうよ」
「だといいんですけど」
「しかしね。獣人共の反乱、奴等が目指す場所は古の夢、ノール・オーヴァ……。ウィルの小僧も動き出すとみてよさそうだ。アタシ達はどうやら出し抜かれたみたいだね」
若干の悔しさを込めて、エレノアが呟く。
「あんたらは当然、行くんだろ?」
エリアスがルクスを見ると、強く頷く。
「だったらここで傷を癒しな。ぼろぼろのまま行っても殺されるだけだ。病室は貸してやる」
「でも……」
「その間にウィルの小僧も動く。恐らくあいつはこの機会をずっと見計らってただろうからね。その時に奴がいる場所に行くのが、一番手っ取り早いだろ?」
エレノアの言うことは正しい。
傷だらけの今、闇雲に探し回ってもいい結果が得られることはないだろう。
ルクス個人としては今すぐにでも動きたいところだが、少しでも全員で無事に帰れる確率を上げるためにはそうするしかなかった。
「マスター・エレノア……なんで俺達にそんなに親切にしてくれるんです?」
ルクスの疑問を代わりにエリアスが尋ねる。
「理由なんてないさ。若者が必死になってるのを見るのが好きなんだよ、年寄りってのは」
果たしてそれが本心なのか何か裏があるのか、今のルクス達に探る術はなかった。




