4‐27
数日後、ティヴィルより南にある街にて。
その街での見張りを担当しているのは、そこを縄張りとしている大規模ギルドの男だった。彼は同じギルドの団員と談笑しながら、城壁の上から外を見ている。
「なあ、聞いたか?」
そう同僚が問いかけてくる。
時刻は夜。篝火の灯りだけを頼りに、真面目な男は遠くに怪しい影でもないかとジッと見つめながら言葉だけで対応する。
「何がだ?」
「獣人達が反乱を始めたって話だ」
「ああ、噂じゃ聞いてるけど……大袈裟だろ? ここ最近亜人の野盗が増えてるからな、そうやってギルドを煽ってぶつけようって話じゃないのか?」
数日前にこれまで散発的だった獣人達による盗賊行為が一斉に増えた。同時に彼等が人間の住む村を襲うような事案も起こったらしい。
しかしそれは男にとっては所詮、食うに困った獣人達が自棄を起こしているようにしか思えなかった。事実、ある程度の規模を持つ街が襲われることはなかったためだ。
「昨日も行商のオットーさんが愚痴ってたよ。護衛代が高くつくってな」
「こっちとしてはありがたいけどな。仕事が増えて万々歳だ」
「そうは言うが、亜人とはやりあいたくないよ。奴等は強いし、特に奇襲に掛けては相当に優秀だからな」
「装備の質で勝ってるから何とかなってる感じたもんなぁ」
騎士団の上層部やグシオン、フェンリスを覗く大規模ギルドのお偉い方は獣人達を大した敵とは見なしていないが、現場の声としては彼等の言葉の方が正しい。種族単位では人間が圧倒的に支配しているとしても、決して楽な相手ではない。
「それになぁ」
「なんだよ?」
「いや、敵である以上は仕方がないけど、やっぱりいい気分はしないよ」
彼等がどんな暮らしをしているか、ある程度の話は聞いている。
街の中にも獣人はいるが、大半が誰かの使用人であったり護衛とは名ばかりの所有物とされているような状態であったりと、同情に値するような境遇のものも多い。
「うちも獣人を雇えばいいのにな」
「騎士団から睨まれるのが嫌なんだろ。連中は獣人を労働力として扱いたいみたいだからな」
「あーあ、フェンリスやグシオンじゃ亜人も普通の兵士として募集してるってのにな。いい加減時代遅れなんじゃないかとも思えるよ」
「……どうだろうな」
挙げられた二つのギルドでは亜人は戦士として武器を振るってはいる。彼等は戦力としては上等だが、その心まで支配することはできはしない。
結局上層部の人間は亜人達に力を与えすぎて反乱を起こされるのが怖いから、ギルドで正式な兵士として雇い入れることは滅多にしない。
「相当しっかり教育してるんじゃないのか」
「なかなか思想は変わらないって」
人間達が亜人達を恐れるように、亜人達の中には人間達を見下す者達もいる。
特に自分達の祖先の言葉をよく聞き伝えるという風習を持つ亜人達は、それに従い実利よりも教えを取る者達も少なくはない。
「何にせよさっさと片付いて欲しいな。この間の魔王再誕じゃ、相当死んだって噂だし」
「俺達のギルドも大打撃を受けたしな。おかげで上司が死んで、出世できた部分もあるが、その分仕事は忙しくなる」
「給料はたいして上がらないしな」
同僚が笑いながらそう言って、会話が打ち切られる。
それと同時に、男は少し離れたところ、闇の中に揺らめく炎を見た。
「……何だあれ?」
「逸れた魔物か?」
「いや、それにしちゃ……明るい」
「炎を吐く奴かもな」
男の緊張した声とは裏腹に、同僚はそれほど危機感を抱いてはいない様子だった。
「……聞こえないか?」
「何が?」
「地響きだ! あれを見ろ!」
幾つもの炎が、街道の向こうからやってくる。
その進軍速度はまるで夜とは思えないほどに素早く、数も単なる野盗の襲撃とは思えないほどに多い。
「おい! 門を閉じろ! 固く閉ざせ!」
下の見張りに向けて声を張り上げる。
焦って口にしたためか、意味が伝わってはないようだった。聞き返すためにこちらを見上げたその瞬間、遠くから聞こえてきた銃声と、ほぼ同時に着弾した弾丸によって鎧を貫通され下の見張りは崩れ落ちる。
「おい! ギルドマスターに連絡だ!」
同僚が城壁を駆け下りようとするが、それも既に遅い。
魔法のきらめきが一団の中にあった。
エルフの唱えた風の魔法によって生み出された巨大な空気の塊が、同僚がいた場所を城壁ごと吹き飛ばした。
「一人であの威力……!」
異常事態はすぐに街に広がっていく。
彼等のギルドマスターの対応は決して遅くはなかった。合法的に獣人達を捕らえられれば、罪人として売り渡すことだできるからだ。
魔導鎧や武器で武装した兵士達が、次々と城壁へと殺到する。
それだけでなく魔導師達も、城壁へと昇り上から援護のために集団で魔法を収束させ敵の一団に打ち込む。
だが、様子がおかしかった。
必死で抵抗しても、相手を押し留めることができない。
その理由は最前線にいる兵士達はすぐに気づく。彼等の装備が、自分達のものと同じがそれよりも上質なものだった。
魔導鎧を着込んだ獣人は全てにおいて人間を上回る。一人を倒すのに、こちらの魔導鎧を着込んだ人間複数人が必要になるほどの差があった。
彼等は戦士だ。
生まれた時から戦う術を学び、その恵まれた身体能力は通常の人間を凌駕する。
そしてエルフが魔法を打ち込み、城壁を崩す。
次の一撃の魔力を収束させる間を、複数の銃撃によって稼いでいた。反撃するために顔を出したこちらの魔導師達は、銃弾によって額を撃ち抜かれて命を落としていた。
「こいつら……!」
瞬く間に城壁が突破される。
亜人達は街の中に入り込み、次々と集まった兵士達を倒して道を開いていった。
城壁の上で震えていた男の傍に、影が舞い降りる。
城壁を飛び上がってきた一人の獣人が、武器を構えてこちらを睨みつけていた。
「た、助け」
男の言葉はそこで終わった。
獣人の鋭い剣捌きによって、首を刎ねられたからだ。
「同胞の仇だ。こんなものでは足りん」
それは獣人達による復讐でもあった。
男も、女も、子供も老人も、彼等はそれらを区別なく殺していく。
彼等に人間を捕らえて利用するという感覚はない。排除し、少しでも数を減らすだけ。
「容赦をするな! 女を残せば奴等はすぐに増える! 特に念入りに殺せ!」
「労働力などいらん! 俺達は人間のように欲望に溺れるようなことはせんからな!」
そう叫び、次々と殺していく。
数時間前までは平和だったその街は、瞬く間に血生臭い匂いが漂う死の街へと変貌していった。
そして彼等は必要な物資の略奪を終えると、逃げ出した街人を追うこともせずに目的地へと向かっていく。
次々と途中の街を蹂躙し、破壊しつくしてから、彼等の目標としていた場所、ノール・オーヴァへと。




