4‐25
半壊したギルド・グシオンの支部。
槍を構え、その場しのぎの陣形を四人で維持しながら、その最前線で次々とギルド団員達を打ち倒すオーウェンは考える。
「どうしたもんかね」
ベオの怒りの炎によって既にギルドの出入り口は破壊され、倒れているギルド団員は数十名に及ぶ。
しかしそれでも次々と増援が現れ、オーウェン達に対する包囲は解けそうになかった。
最前線を武装した兵士達が取り囲み、その後ろから魔導師が結界のようなものを張り巡らせる。
それはどうやらアディに対して有効らしく、彼女は得意のウーズを上手く操れない様子だった。
「ご、ごめんなさい、アディあんまり役に立てなくて……」
「そんなことねえよ、充分だ。普通の兵士一人以上の働きは確実にしてる」
彼女が操るウーズは普段のものよりも小さく動きも鈍いが、それでも遠距離攻撃から味方を護ったり、相手の足を取ったりするなど大分活躍している。
実際、相手がアディの対策をしていなければ包囲を抜けるだけならば容易かっただろう。今目の前でベオと魔法の打ち合いをしているギルドマスターを倒すことはできそうにはないだろうが。
「ちっ、それなりに練兵を続けてきたつもりだったが、四人程度に手こずるもんだな」
忌々しげにウィルフリードが零す。
「そう思うならさっさと私達を解放するんだな」
「残念だがそれはできそうにねえな」
ウィルフリードが放つ氷を、ベオの炎が相殺する。戦いが始まってからこの二人がずっとお互いを抑え続けていた。
しかしそれも永遠ではない。既に身体が小さいベオの方には疲れが見え始めてきている。いや、ベオだけではなくアディやエリアスにもだった。
「オーウェン覚悟!」
迫ってくる敵兵数人を、まとめて槍で薙ぎ払う。
個人の戦力では相手にならないが、彼等の練度は侮れるものではない。倒されるやすぐに補充されて、次々とこちらを責めたててくる。
「あの女を狙え!」
「そいつはちょっと性格が悪すぎるんじゃないか!」
アディの方へと殺到する兵士達を、その前に立ち塞がって迎撃する。
アディを背中に庇いながら、オーウェンは周りを牽制しつつ視線をベオの方へと向けた。
ウィルフリードと向かい合っているベオは息が上がっている。相手もそれに気付いているから、焦らずにじわじわと攻めている様子だった。
背後のエリアスを見ると、こちらも同様だった。敵の波状攻撃の前に、アディの援護を受けたうえで相手を押し留めるのが精一杯と言うありさまだ。
(無理もないか……。エリアスの本業は攪乱や偵察だからな)
その二人庇いながらでは、とてもではないがウィルフリードと戦うだけの余裕はない。
とは言えいつまでもこの状況を続けていても、いい未来が訪れるとは思えなかった。
ウィルフリードが周囲に発生させた氷の槍を、ベオがすぐさま対応し火球をぶつけて消滅させていく。
氷が一瞬で溶解し、炸裂した火球から生まれた煙が辺りを満たしていく。
魔法を殆ど使わないオーウェンにはわからないことだが、この二人の攻防は単純な魔法の打ち合いに見えて、非常に高度なものであった。
ギルド・グシオンの魔導師達は全く魔力を収束させる時間なしに次々と魔法を繰り出す二人の技術に舌を巻いている。
「やはりただの獣人じゃねえな。そもそも、魔法を使う獣人なんざ滅多にいない」
「そうなのか? とは言え私が何者か尋ねられても回答に困るぞ、何せ自分でもよくわかっていないのだからな」
「……なるほど。古代文字が読めるのは伊達じゃねえってことか。こりゃ意地でも一緒に来てもらわねえとな」
「あんなものを読んで何になる? ギルドの長が欲しがるような知識は、ここにはなかったぞ」
「そりゃそうさ。あれは学者連中に法則を見つけ出させ、解読を進めるために運び込んだものだからな。俺が本当に読みたいのは、別のところにある」
「だったらその学者連中とやらにさせておけ。私の給料は高いぞ?」
「そいつらが一向に読み取れねえからこうしてるんだよ」
ウィルフリードが大技を繰り出す。
足元から辺り一面に広がっていく氷を、それまでと同じようにベオが炎を放出して食い止めた。
違うのは、彼女がそれをした直後に僅かに態勢を崩したことだった。
オーウェンはすぐに自分の周囲を片付けて、ウィルフリードに向けて槍を投擲する。
ウィルフリードはそれを空中で難なく凍結させるが、その隙にエリアスへと視線を送る。
一瞬、エリアスは何のことかわからなかったようだが、オーウェンの表情と小さな頷きを見て察したようだった。
倒れているギルドの団員から剣を奪い取り、ウィルフリードに斬りかかる。
ベオに追撃しようとしていたウィルフリードは氷の剣を生み出して、オーウェンの斬撃を受け止める。
「英雄の成り損ないが、なんでここにいる?」
「最近世の中がキナ臭くなってきたんでね。信頼できる職場ってのを求めてのことさ」
「だったら俺のギルドに来たらどうだ?」
パキパキと音を立てて、氷が浸蝕してくる。
瞬く間に持っていた剣は氷漬けになり、オーウェンがそれを手放すのが僅かにでも遅れていたらそのまま身体ごと凍結されていたことだろう。
「ウィルフリード様!」
ギルド団員が叫ぶ。
彼が指さした先には、魔法によって総力を強化し、建物の屋根を飛び移って逃亡するエリアスの姿があった。
「あいつ!」
ベオが声を上げる。
「俺の指示だ」
冷静にオーウェンが言うと、ベオは察したのかそれ以上は何も言わなかった。彼女はオーウェン以上に頭が切れる、恐らくこの状況を続けていることの無意味さには気付いていただろう。
「降参だ、マスター・ウィルフリード」
「なんだと?」
「このまま戦っても俺達に勝ち目はない。だろ、嬢ちゃん達?」
「……さてな」
ベオはぶっきらぼうに答え、アディはオーウェンの後ろに隠れるように様子を窺っている。
「そこで提案がある。俺達の無事を保証するなら、これ以上の抵抗はしない」
「……ふん、敗者が偉そうに。別に力尽くでてめぇらは排除してもいいんだぞ、こっちは」
「それをやったら嬢ちゃんは一生協力しねえよ。死ぬ前に俺が介錯してやるだけだ。今逃がした奴が増援を連れて、全面戦争になる」
「てめぇら如きの弱小ギルドが俺達に勝てるとでも?」
「さあねえ。だが悪い話じゃないだろ? どうやら戦力を失いたくないみたいだしな」
恐らくウィルフリードがここで全力で魔法を使えば、味方を巻き込む恐れがある。それはベオも同様で、彼女に大きな被害を出されることを恐れたからこそ、抑え込み続けていたのだろう。
これから彼が何をするつもりなのか、オーウェンには見当もつかないが、少なくとも大きな被害を出してまで自分達の命を奪わなくてはならないようなことではないと、予想していた。
「交渉に乗らないならそれはそれで話が早い。俺達は全力で暴れて、死ぬだけだ」
ベオもアディも同様に頷く。
「嬢ちゃんが重要なんだろ? だったら相応の待遇を約束しろ。絶対に危害は加えるな。余計なことをするなら俺達は死ぬだろうが、あんたの計画は絶対に破綻させてやる」
これはオーウェンにとっても賭けだった。
ウィルフリードが行おうとしている何かが、彼にとってどの程度重要なものであるかどうか、それ次第だ。
何が何でも成功させなければならないほどのことならば、ここで無用な争いは避けるはず。
ウィルフリードは黙ったまま、オーウェン達を睨む。
「……確かにお前等は厄介だな」
ウィルフリードとしてもここでオーウェン達を蹴散らすことは不可能ではないが、得策とは言えなかった。
英雄ではないとはいえ、それに準ずる力を持つオーウェンにはまだ余力がある。死ぬ気になればベオもグシオンに大打撃を与えるだけの力を持っている。
何よりも得体が知れないのはアディだった。ウィルフリード自身は直接見てはいないが、魔王再誕の時にアディが尋常ならざる力を発揮し、魔王を押し留めたという情報は部下から聞いている。
倒すことはできるが、ウィルフリードも無傷では済まない。死ぬ気で襲い掛かってくる敵の強さを、彼はよく知っていた。
「仕方ねえ」
ウィルフリードが手を上げて合図すると、グシオンの団員達は一斉に武装を解除する。
「身の安全は保障し、お前等は客人として扱ってやる。心配しなくても俺は約束は守る」
「賢明な判断を感謝する」
「その代わり俺の部下達に古代文字の解読方法を教えろ。お前等の無事の条件がそれだ」
「……ああ、わかった」
これで一先ず、オーウェン達は身の安全を確保することができた。
後は生きてさえいれば、エリアスがルクスの元へと辿り付いてくれるだろう。
しかしこれで全てが安心と言うわけではない。このウィルフリードと言う男は何か大きなことをやらかそうとしている、そんな予感がしていた。




