4‐24
胸の中にあるそれが何なのか、ルクスは知らない。
ただ何となくわかっているのは、この心臓が幾人もの人造兵の少年達の胸に埋め込まれ、そして適合しなかった彼等は全員死んでいった。
或いは、英雄に近い力を手に入れた者もいた。
或いは、暴走し周りに危害を加え処分された者もいた。
彼等に唯一例外なく訪れたのは、何者にもなれず惨めな死を迎えたという事実だけ。
呪いが溢れる。
その恨みが、怨嗟がルクスを通して流れだそうとしている。
奴を殺せと。
あんな奴等がいるから我等は生み出され、まるで使い捨ての道具のように死んでいくことになったのだと。
偽物の自分達が、『本物』に牙を剥くことができる機会であると。
挑め。
頭の中に声がする。
挑め。
内側から力が沸き上がる。
挑め。
自分の精神が何かと混じりあい、混濁していく。
「英雄……!」
剣を握る手に、黒い火花が散る。
それはまるで呪いを凝縮したかのような、黒い雷。
ルクスの腕から伝わるそれを纏った黒の剣は、これまでにないほどに、まるで鮮血が滴るように紅く輝いていた。
剣を構える。
前進する。
アレクシスが放った風の塊を、一太刀で薙ぎ払い吹き散らした。
そのまま彼の目の前まで近付くと、全霊を込めて剣を叩きつける。
(拮抗した……!)
風を纏った剣にも、ルクスの剣が弾かれることはない。
黒い稲妻がアレクシスの剣から鎧へと伝番し、彼の身体を焦がす。
だがそれでも、目の前の英雄が揺らぐことはない。そんな痛みはもう、彼にとっては涼風にも等しいのだろう。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
湧き上がる力を、雄叫びと共に叩きつける。
それはアレクシスの剣を逸らし、ルクスをその懐へと飛び込ませた。
大きく振り上げた一撃が、鎧を傷つけ食い込んでいく。
僅かに触れた傷口から、ルクスの黒い雷が、黒の剣に纏った英雄殺しの毒がアレクシスの身体へと注ぎ込まれていく。
この剣は、ルクスの黒い心臓と同調した。
それが今理解できた。英雄を殺したい、彼等に対する敵意が重なって、ルクスの力を引き出していたのだ。
「ぐううぅっ!」
アレクシスが初めて表情を歪めた。
だが、彼は英雄だ。
その一撃で倒せるのならば苦労はしない。
開いている手でルクスの頭を抑え付けると、そのまま押し返し、剣から手が離れたところで一点に集中させた風の塊がゼロ距離で顔面を討ち、ルクスを再度ダウンさせた。
相当な痛みのはずが、英雄は倒れない。
突き刺さった剣を抜いて、遠くの地面に放り投げる。
「君は」
英雄がルクスを見る。
憧れていた、いや今も変わらず憧れる英雄の中の英雄が、一人の少年としてではなく敵としてルクスを見ていた。
それがたまらなく嬉しい。
英雄に認められたのだ、共に戦う仲間としてではなくとも、同じ舞台に立つ者として。
「英雄に憧れたのではないのか?」
ふらつく膝を支えながら、最後の力を振り絞って立つ。
手元に剣はなく、あるのは内側から湧き上がる黒い力のみ。
雷が幾度も弾け、やがてルクスの両手に黒い剣を形作る。
闇を束ねて生み出されたその刃は、周囲に黒い火花を撒き散らしながら、両手剣の大きさへと成長していった。
「だから戦っているんです。力なく死んでいくだけだった僕を助けてくれた、本物の英雄に憧れたから」
「……いい答えだ」
ぼやけた視界では、アレクシスがどんな表情をしているのかはわからなかった。
だが、恐らくだがその声色から彼は笑っていたのだと、ルクスはそう思う。
「来い、ルクス。英雄になれない君の力を俺にぶつけて見せろ」
剣を構え、アレクシスがそう言った。
ルクスは笑みを浮かべ、同じ構えを取る。今までのように片手で剣を握るのではなく、その黒い力を両手で支える。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
全身全霊を込めた一撃が、アレクシスの黎明の剣と激突する。
光と闇がお互いを喰いあい、周囲に撒き散らされた余波が集落の建物に罅を入れ、倒壊させていく。
英雄を殺す。
そのために鍛え上げられた呪詛、それによって生み出された黒い刃を、ルクスは利用していた。自分の中にある彼等の声を聞き、それを持って罪なき者達を護るために。
果たしてどちらが英雄と呼べるだろうか。
神の仔である王の意志を受け、争いの元凶を根源から焼き尽くそうとする英雄と、それを護るために道理を無視し、呪いを持って彼に挑む何者でもない少年。
お互いにその信念に口を挟むことはない。
説得の必要はなかった。両者は自分達がしていることの、しなければならないことの重みを理解しているから。
永遠かと思った時間にも終わりがくる。
「君を尊敬する」
アレクシスが残念そうにそう言った。
ルクスの持つ黒い刃に罅が入っていく。
「だが、勝負は俺の勝ちだ」
鈍い音がして、闇によって編まれた剣が硝子のように砕けていった。
「……あ」
ルクスの両手は虚空を掴み、最早アレクシスとの間に距離はない。
体力は尽きた、避けることもできそうにない。
その姿を見て英雄は瞠目する。そこに込められた感情が如何なるものであるか、それは当人にすら理解しがたいものだった。
「終わりだ」
せめて苦しまぬようにと、その長剣がルクスの首を寸分違わぬ精度で狙い、降りてくる。
ルクスもまた敗北を悟る。
「ぬううおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
集落中に響き渡るほどの雄叫びと共に、何かがアレクシスを背中から強襲する。
ルクスの目にはそれは一瞬、赤い塊のように見えた。
「レンツォ……さん……!」
獣人の大男が、その手に先程吹き飛ばされたルクスの黒の剣を持ち、それをアレクシスの背に突き立てた。
「ぐ、おおおぉぉ!」
背中に突き刺さった黒の剣から、アレクシスの中へと英雄を殺す毒が入り込む。
その尋常ならざる苦痛を受けてなお、彼は動きを止めることはなかった。
レンツォを振り払い、黒の剣を引き抜いて地面に捨てる。
アレクシス越しに見えるレンツォの姿は見るも無残なものだった。
全身は血で真っ赤に染まり、今もなお塞がらない傷口からは鮮血が滴り落ちている。頭部の耳は片方が切り取られ、左腕は垂れ下がってレンツォの動きに合わせてぶらぶらと揺れるだけ。
どうやって彼が動いているのか、ルクスには理解できなかった。最早死人にも等しいその身体で、彼はここにやってきていた。
「君とは先程戦ったな。まさか生きていたとは、驚くべき生命力だ」
「お前達が……! お前達が全てを奪って行った! 俺の家族も、何もかも!」
血反吐を吐きながら、レンツォは叫ぶ。
「貴様はそれが正しいと思っているのか! 貴様達がいるから人間達は増長し、他者を蔑み奪うことを当然のように考える者達が現れる」
「――そうだな」
全てを諦めたように、アレクシスは答えた。
そして両手で剣を構え、レンツォを睨みつける。
それを止めるだけの力は、ルクスには残されてはいない。
「例え間違っていようといまいと、与えられた役割を果たす。『英雄』が与えられた力の代償だ」
「心を持たぬ兵器に成り下がったのが貴様達だとでも言うのか」
「そう見えることも否定はしない」
「信念もなく、志もなく、ただ殺すだけの存在……俺にはお前達英雄が、哀れにすら見える」
「言いたいことはそれだけか?」
淡々と、余りにも冷徹にアレクシスは会話を打ち切った。
レンツォは武器を持たず、それどころかもうまともに動くこともできそうにないような状態だった。
彼を突き動かしているのは、恐らく英雄を通してみる人間達に対する怨念のような感情だけだ。
「お前達も、俺達も道を誤った」
「そうだな」
レンツォが首を動かす。
その視線は、一瞬だけルクスを見ていた。
「全てが歪んだまま進んでいる。何処かで破綻するぞ、何もかも」
「俺はそれを受け入れる。それが英雄になると言うことだ」
「馬鹿め」
その悪態がレンツォの最期の言葉となった。
大きく踏み込んだアレクシスが一閃し、レンツォの心臓を袈裟懸けに斬りつける。
声の一つも上げずに、レンツォは崩れ落ちていく。
その巨体が倒れるのを確認してから、アレクシスは改めてルクスに向き直る。
立ち尽くすだけのルクスにはもう、逃げる力もない。手に力を込めても、先程の力が発動するだけの体力も残っていないようだった。
「ぐっ……!」
一歩前に出たアレクシスが、目を見開き口元を抑える。
「かはっ」
口から大量の血が溢れ、その手を汚していく。
黒の剣によってつけられた傷が、今頃になったアレクシスを内部から破壊し始めていたようだった。
僅かな抵抗の様子を見せながら、英雄は膝を付いた。




