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4‐21

 翌日の早朝。

 ルクスはレンツォによって黒の剣を返却され、そのままカーティスと共に交渉場所へと赴くことになった。

 交渉がまとまったとしても、カーティスはまだ解放されることはないが、恐らく彼が無事であることを王国側に見せるために連れて行くのだろう。

 ルクスに関しては、レンツォが今日の交渉が終わり次第解放することを約束してくれた。既に武器を返却しているのは、例えここでルクスが暴れてもすぐに取り押さえられるという彼の自負故にだろうか。

 交渉に向かうのはレンツォと彼の部下二人。そしてルクスとカーティスの合計五人。

 交渉場所は森の出入り口を指定し、そこに向かうと既にアルテウルの騎士団らしき人影が待ち構えていた。

 中央に立つのは貴族服を着た細身の中年男で、周囲には鎧を着た兵士達が十名直立している。

 その様子を見て、ルクスはまず違和感を覚えた。

 レンツォも同様のことを感じたようで、部下二人に小声で何かを話しかける。耳を立て周囲の音や気配を伺わせたようだった。

 用心しながらその一団に近付き、レンツォは縛られたカーティスを最後尾に置きながら、会話を始める。


「アルテウル騎士団のシモーネ伯爵でよろしいか?」


 その質問に、中年男が答えた。


「如何にも。今回の交渉の責任者である」

「見ての通り、カーティス殿下は無事だ。我々の要求を飲むかどうか、答えを聞かせてほしい」

「ティヴィルの独立、住民と軍の退去に最低十年のお互いの武力衝突の禁止。そちらが出す条件はカーティス殿下の引き渡しと、各地で武力蜂起した亜人達の武力行為の停止か」

「そうだ。既に書状を渡してあるはずだ」

「……まったく、大きく出たものだな」


 シモーネはそう言って、懐から一枚の用紙を取り出した。


「こちらの回答は全てここに書いてある。見ての通り、大公閣下の印もある王国の総意だ」

「拝見しよう」


 上から下まで文字を呼んだレンツォの表情が、変わっていく。

 口元を強く結び、小さく震える手からはそこに書かれている内容が彼の思惑通りには進んでいないことが見て取れた。


「これはどういうつもりだ?」

「見ての通りだ。我等はお前達に譲歩しない」

「たった一地方、小国を明け渡すだけで平和と安寧が訪れるというのにか」

「それを信じた結果が、魔王戦役の裏切りだ。我等は一度、お前達を許している」

「あれは一部の者達の行いだ、全体の意志ではない!」

「ならば何故今、各地で亜人共が反乱している? それがお前達の総意なのだろうが」

「こうでもしなければ交渉のテーブルにすらつかなかっただろう、お前達は!」


 レンツォは激昂するが、シモーネはあくまでも冷徹に事を運ぶつもりだった。

 ふとルクスが横を見ると、カーティスの顔色が青く染まっている。レンツォの怒りによるものとは比べ物にならないぐらいにその身体は震えていた。


「ならばカーティス王子はどうなる! この者を無事に返してほしければせめての譲歩を……!」

「全てはそこに書いてある通りだ。国王陛下も大公閣下も、カーティス殿下の命は諦められた。亜人共に隙を見せるぐらいなら、その命は国のために消えてもらうと」

「……正気か……!」

「王族には他にやることなどないのだ。子供など、適当な女を宛がえば幾らでも増えるし、もう既に持て余すほどの数なのだよ」

「う、そだ……」


 カーティスの口から零れた声が、一瞬の静寂の隙にその場の全員の耳へと届く。

 シモーネは余りにも冷たい、大凡臣下が主に向けるとは思えないほどに視線をカーティスへと向けた。


「そう言うことです、カーティス殿下」

「ぼ、僕は……僕は父上に見捨てられたのか? ハミルトンやモーリス……兄様たちにも……」

「ええ、ですが……王宮と言う名の箱庭で何の危険も苦しみもなくのうのうと生きてこれたのです、上等な最期でしょう」

「嘘だ! 僕は信じない、信じないぞ! お前、アルテウルに仕える貴族ならば僕の言葉を聞け! 今すぐこの場から助け出して父上の下に連れていけ!」


 シモーネが溜息をつく。

 我が儘な子供に呆れるように、惨めな者を蔑むように。


「その父上の命令を実行しましょう。やれ」

「避けろ!」


 鎧を着た騎士達が、一斉に襲い掛かる。


 ルクスは慌ててカーティスを庇い、振りかぶられた剣を受け止める。

「おい、やめろ! 僕は王族だぞ! お前、死刑になりたいのか!」

「ルクス君、この場は!」


 レンツォが叫ぶ。

 ルクスのこの場での立場は危うい。

 今いる位置からならばカーティスを容易く殺すことができる。そうしてから自分の身分を明かせば、そのまま騎士団と合流してミリオーラに帰ることも可能だった。

 しかしルクスは、それをしなかった。騎士の剣を受け止めたまま、レンツォに叫び返す。


「カーティス様の無事を約束するのなら、僕は味方です!」

「……わかった。お前達!」


 部下に命令を下すと、二人はすぐにカーティスを抱えてその場から退散していく。

 追いすがろうとする騎士をレンツォが背後から殴り倒し、その剣を奪い瞬く間に二人を殺害した。


「刃向かうか、貴様!」

「交渉が決裂した以上、そうするしかあるまい!」


 レンツォは凄まじい強さで、次々と騎士達を薙ぎ倒していく。

 ルクスは後退しながら時間を稼ぎ、何とか三人を引き付けるので精一杯だった。

 そうしている間に彼は他の騎士達を全滅させ、ルクスを追い回す三人へと背後から襲い掛かる。


「ぬおおおぉぉぉぉ!」


 鎧ごと肉を断ち切り、もう一人を蹴り倒す。起き上がる前に鎧の隙間から首を一突きにして殺し、そのまま剣を捨てて最後の一人は殴打により動けなくしてから体重をかけて押し潰した。


「い、一瞬で……私の精兵達が……! 化け物め!」


 逃げようとするシモーネだったが、一瞬にしてレンツォは距離を詰める。

 彼が剣を抜くよりも早く、レンツォの大きな手がその首を鷲掴みにした。


「あ、がぁ……!」

「人間共……! 我等の堪忍袋の緒は切れた……! 貴様等に我等の怒りを思い知らせてやる!」


 鈍い音がした後に、シモーネは全身をだらりと弛緩させて動かなくなった。

 レンツォはその身体をその辺りに放り投げると、ルクスの方へと向き直る。


「助力、感謝する。だが君はこれからどうする?」

「……見過ごすことはできません。脱出の手伝いだけでも」

「そうしてもらえると助かるな。女子供などの非戦闘員を逃がそう。一応、こうなった時のことも考えてある。万全とは言えんが」

「レンツォさん達はどうするんですか?」

「戦うさ、命尽きるまで」

「無駄死にになります」

「はっきり言う」


 言葉とは裏腹に、レンツォは笑っていた。

 ルクスの頭を軽く撫でてから、背中をぽんと叩く。


「集落に戻り、エルマと協力して脱出の指揮を執ってくれ。後のことは君に任せるが、可能ならば安全地帯まで一緒に居てやってもらえると助かる」

「脱出まではお手伝いします。その後のことは……保証はできません。僕にも帰らなくちゃならない場所があるので」

「構わないさ。自分の意志を大切にするのは、いい戦士の証だ。私はこれから周辺の仲間と協力して防衛線を敷く。時間を稼ぐためにな」

「死ぬつもりですか?」

「……もうとっくに死んでいるよ、私は。妻と子を人間に殺されたその時から」


 そう語るレンツォの表情は寂しげで、何処か晴れ晴れとしているようにも見えた。


「これが最後の希望だった。多くの同胞を救えるのならと己を殺し、人間達との交渉のテーブルにつく方法を、可能な限り血が流れないやり方を模索した。だが、限界だ」


 この男はずっと、耐えていた。

 復讐心に身を焦がし、感情がままに戦って死にたいという己の願いを殺し続けてきた。

 全ては同胞を生かすため、そして憎き人間にすらも家族がいることを知っているから。

 だが、もうその時は終わってしまった。

 それは本来ならばとってはいけない行動だった。ルクスはそれを止めるべきだった。

 しかし彼の力と心を知ってしまったからこそ、邪魔をすることができない。どうやって止めればいいのかがわからなかった。


「軽蔑するかい?」

「……はい」

「いい返事だ、なかなかに堪える。……息子が生きていれば、君ぐらいの年齢だった。立派な戦士にしてあげたかったがそれも叶わなかった。……勝手なことだが、君を見れてよかったよ。己の意志を曲げない、立派な戦士だ」


 肩に手を乗せる。

 まるで何かを託すような、そんな重みがあった。

 ルクスは存在しない父親と言うものが、少しだけ理解できた気がした。

 彼等の言葉や行動を肯定することはできない。

 でもせめて、受け取った意志は完遂する。エルマ達を無事なところ逃がすことが、今ルクスがここでやるべきこととなった。

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