4‐20
そこは決して広くはないながらも、様々な豪華な調度品が並ぶ一室だった。
小太りの老人、ハミルトン・クロウリーは両手で杖を突いて、革張りの椅子に腰かける。
テーブルを挟んだ彼の正面には同じぐらいの年齢の、しかしハミルトンに比べると迫力があり厳めしい顔の老人が座っている。
「本当にいいのか、モーリス?」
のんびりとした口調で尋ねられて、モーリスと呼ばれた強面の老人は深く息を吐くようにしながら回答する。
「……ああ、予定に変更はない。カーティス王子には掃除のための犠牲になってしまう」
「いやぁ、わしはカーティス王子とは仲良くしていたんだがな」
状況をわかっているのかいないのか、ハミルトンはそんなことを言い出す。それを聞いたモーリスは、若干機嫌を損ねた様子を見せた。
「今がどんな状況かわからないわけではあるまい。我等大公家とて、以前のような権威を保ててはおれぬのだ」
「彼等がカーティス王子を殺さずに利用するとしたらどうする?」
「問題ない。既に奴等の拠点の場所は洗い出してある」
「だが戦力としては侮れん。時間を掛けるわけにも行かないのだろう?」
「既に『奴』を手配済みだ」
「なるほど。もうそこまで手を打ってあればわしが言うことは何もないな。今回ものんびりと、隠居生活を楽しむとしよう」
現状のクロウリー家は、ハミルトンの子供達によって成り立っている。ハミルトンが日がなやっていることと言えば、適当なところに顔を出して関係者を困らせることぐらいだ。
それでも彼がこうしてモーリスと会話をしていることには理由がある。
「お抱えの騎士団の数も随分減った。本当に志ある者は野に下っている。残っているのは貴族の威光を笠に着る者達だけだ」
「そう言うものか」
ハミルトンの全く危機感を感じさせない回答にモーリスが表立って苛立ちを現さないのは、彼等が長い付き合いであることに証拠でもある。
公爵家の中でもとびっきりの無能。その烙印を押されていたハミルトンは、若いころからこんな様子だった。
「今の我等に必要なのは権威回復だ。そのためにはもう少しギルドの力を削ぐ必要があるだろう」
「カーティス王子はその種火かい?」
モーリスが首肯する。
「王子が殺されれば、アルテウルは亜人共に対して復讐する理由を得る。そしてそのような事態であれば、再度勅命を発令できるというものだ」
「治安の悪化が心配だね」
「……ふん、知ったことか」
ハミルトンの言葉を、モーリスは一言で切り捨てる。
「思えばこの五十年、我等は甘やかしすぎたのだ。少しは数を整理してもいいころだろう」
「魔王戦役は予想外だったからね」
「ああ、忌々しいことにな。あれにより国内の反抗勢力の帰順が伸び、結果として我々は十年遅れを取った」
「……民衆の声もあったからね。特に人造兵を廃棄させられたのが痛かった」
「兵として使えればとも思い傍観していたが、やはり獣は獣だ。奴等が過去の恩讐とやらに囚われている限り共栄の道はない。時間がないのだ、我々には」
モーリスは決意を込めて立ち上がる。
「これは狼煙だ。来たるべき日、その時に我等が万全の備えをしておくための戦いに過ぎん」
「あまり気合を入れすぎると、息切れしてしまうよ。わしも君ももう若くはないのだから」
部屋から出て行こうとするモーリスの背に、ハミルトンが再度声を掛ける。
「そう言えばモーリス」
「なんだ?」
「亜人達が目指している場所は聞いているだろう? 君は何か知っているかい?」
「ティヴィルだろう? 人間の王と亜人が共存していた地と聞くが……。大方、くだらん幻想に惑わされているのだろう。そこに行けば何かが変わると、そう縋らなければ組織を維持することすらできん連中だ」
「ああ、そう言うことか」
モーリスの答えでハミルトンは納得した様子だった。
「次回の賢人会議までにはあらかたの事情が片付いていることだろう。その際に決定するのは本来の目的のための舵取りだ」
自信満々にモーリスはそう語り、部屋から出ていく。
大きな両開きの扉が閉まるのを見届けてから、老人は一人ぼうっとその様子を眺めていた。
「統一後に魔王が現れた、英雄計画は失敗した、そして魔王再誕は想像よりも早く収束した。……どうして今回もそうだと思わない、モーリス?」




