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4‐19

 ルクスが扉を開けて外に出ると、そこにいたのはジェスだった。


「訓練の時間だ。俺達には無駄飯を食わせている余裕なんてないんだからな」


 そう言って、ジェスは子供達を睨みつける。

 すっかり怯えてしまった子供達を庇うように、エルマがその間に立って言葉を返していた。


「勝手は許さないよ。この子達は、ここのリーダーであるレンツォが許可して暮らしているんだから」

「そんなものは建前に過ぎない。これから始まる長い戦いに備えて、戦力が必要なことはお前にもわかるだろう? お前だって貴重な戦力なんだぞ。武器を持ち訓練をしろ。幼いころからそうやって叩き込まれた技術と身体が、一人でも多くの人間の首を刈り取る武器になるんだぞ」

「物騒なこと言うな! レンツォの目的はそんなことじゃないだろ」

「今はな。まずは彼の地を奪還し、俺達が中心となる強い国を作る。その上で再度人間達をこの大地から駆逐するには、多くの兵が必要だ。俺達は人間よりも強い種だ、女も子供も全員が兵となれば、瞬く間に国を滅ぼすこともできる」

「誰もそんなこと望んじゃいないだろ」

「望んでいるさ。今でも多くの仲間が、あちこちで人間達に対して反撃の狼煙を上げている。一人でも多くの人間を誅殺するために」


 ジェスの剣幕に、子供達はすっかり怯え切っている。

 エルマもまた、何とか口では対抗しているが彼の横暴を止める方法を迷っているように見えた。


「女共はまだいい。後方支援をすることで戦いの役に立てるからな。だが、子供は別だ。奴等は今は何の役にも立たん、それが悪いというわけじゃないが、だからこそ今の内から厳しい訓練を積ませる必要がある」

「戦士になるかどうかなんてのは、一人一人が決めればいいことだろ!」

「いいや、違う。俺達は全員が戦士でなければならないのだ。強く、気高い種であれと祖先も語っている。クラーラは何処だ?」

「……クラーラ? なんで?」

「あいつの両親は確か、優れた魔法を使うエルフだった。自分の子供を逃がすために愚かにも自らを犠牲にしたが……ならば、あいつにも優れた才能が備わっている可能性がある。それを開花させてやろうっていうんだ」


 エルマの視線がルクスの方を向く。

 いつの間にか、ルクスの足元に隠れるようにしてクラーラが立っていた。


「そこにいたか。来い、役立たずのエルフを俺が一人前にしてやる。そもそも、ここは俺達の集落だ、エルフ如きがのうのうと何もせず暮らせると思うこと自体が驕りなんだよ。事実、他のエルフ達は最前線で戦っているんだからな」

「クラーラは両親を亡くしてるんだぞ! そんな子供を無理矢理戦わせる馬鹿がいるか!」

「そんな言い訳が通用するか? 俺も親兄弟を人間に殺されたし、お前だって家族を亡くしてる。誰だった同じなんだよ、だからこそ平等に武器を持ち、人間に復讐するんだ!」

「ジェス!」


 声を掛けてもジェスは止まらない。エルマが力で自分に敵わないことをわかっているからだろう。

 ジェスはルクスの方へと歩みより、不機嫌そうな表情を隠すこともなく、声を上げる。


「退け、人造兵。お前の後ろには、ガラクタなんかよりもよほど役に立つものがある」


 ルクスを突き飛ばしてクラーラに伸ばした手を、掴む。


「……何のつもりだ、人造兵?」

「僕は貴方達の決断、これからやろうとしていること、それらに異を唱えるつもりはありませんでした」

「当たり前だ。ガラクタ如きが俺達の行動に口を挟める立場のわけがないだろう」

「でも、貴方のやろうとしていることは間違ってる。子供に自分から武器を持たせるなんて、まともな奴のやることじゃない」

「生意気を言うな! 人間擬きが!」


 拳がルクスの顔を打つ。


「ルクス!」「いやっ!」


 エルマの声と、クラーラの悲鳴が同時に耳に届いた。

 廊下に倒れ込んだルクスは、口元から流れる血を拭いながらゆっくりと立ち上がる。


「なんだその目は……?」


 鈍い記憶が鈍痛と共に蘇る。

 あの日、ミリオーラで戦った魔獣。

 他者の恨みや怒りを喰わされ、魔獣とされた誰か。

 この男は、それと同じことを子供にしようとしているのだ。

 誰ともわからない、誰にもなれなかった『彼女』を救えなかったルクスにとって、それは許しがたいことだった。


「この子達を奥にお願いします」


 様子を見に来て立ちすくんでいた女性にそう声を掛ける。

 それからルクスは、間髪入れず踏み込み、ジェスの顔面に握った拳を叩き込んだ。


「がっ……!」


 入り口から外へと吹き飛び、庭に倒れ込むジェス。


「き、さま……! ゴミの分際で俺に逆らうのか! 人間に従うだけの人形が!」


 跳ねるように立ち上がり、ジェスは獣の耳や尻尾を逆立てながら、垂れてくる鼻血を拭わずに腰に差していた二振りの剣を抜き払う。


「ジェス、あんた幾ら何でも……!」

「黙れ。役に立たないゴミを始末するだけだ! 俺達の役にも、人間の役にも立たなかった正真正銘の廃棄物をな!」


 飛びかかってくるジェスを、ルクスは器用に避けながら、少しずつ戦いの場を建物から遠くに離していく。

 子供達に流血を見せるわけにはないかない、そう思っての行動を汲み取ってくれたのか、エルマ達はすぐに子供達を建物の中に隠して扉を閉じてくれた。

 一先ずは目標を達成したが、問題はここからだ。

 ルクスとジェスは戦えばルクスの方が実力として有利だが、それはあくまでも双方武器を持っていての場合だ。

 丸腰では流石にその懐に飛び込むことも、一撃で動きを止めることもできない。

 激情に駆られた獣人の身体能力は凄まじく、ジェスの剣は少しずつルクスの服を切り裂きその内側に赤い線を走らせていく。


「ははははっ、どうした! 威勢がいいのは最初だけか、ゴミめ!」


 勝ちを確信したのか、ジェスの剣が次第に大降りになっていく。

 ルクスの狙いはそこにあった。

 彼の一撃を躱しカウンターを叩き込むため、その身体を沈めて拳を固く握る。正直素手の戦いの経験は殆どなく、成功するかは賭けになるが、現状で生き延びる方法はそれしかなかった。

 二人が同時に踏み込む。

 拳と剣の交差を止めたのは、離れたところか聞こえてきた低い声だった。


「何をしている?」


 静かに、しかし怒気を孕んだ声で、いつの間にかそこにやってきていたレンツォが尋ねる。

 見れば彼の足元には、エルマと遊んでいた少年が隠れるようにして立っている。どうやら、気付かれないうちに抜け出してレンツォを呼びに行っていたらしい。


「れ、レンツォ……これは」

「まずは武器を収めろ」


 言われるままに、ジェスは剣をしまう。

 レンツォはまずルクスの方を向き、深々と頭を下げた。


「すまなかったな、ルクス君。こちらの若輩が迷惑を掛けた。後で治療を受けさせよう」

「……子供達を戦わせるというのは、貴方の考えですか?」


 ルクスは怖じず、そう質問をぶつける。


「いいや。ジェスの独断だ。もし武器を持つ時が来たとしても、それは彼等が自らの意志でそうするべきだ」

「レンツォ!」


 その背後で、ジェスが声を上げる。


「あんたは甘い! 今回のことで無事に戦いが終わるだなんて考えてないだろ? 俺達はこれからも戦い続ける、その為の戦力は幾らあっても足りないんだ!」

「それはまず、目の前の難題を解決してからの議題だ。私がここで成すべきことは一つ、無事に皆をノール・オーヴァへと導くことだ」

「そ、そんなわけがない! レンツォ、あんたは俺達の中で一番強い。そのあんたが号令を掛ければ、俺達の火は強く燃え盛り人間達の国を焼き尽くすことだってできるんだ! 俺があんたに求めているのは、先頭に立って人間達と戦うことだ!」


 そう語るジェスの姿は、まるでレンツォに縋りついているようにも見えた。


「俺達は祖先の怒りを解き放ち、偉大な者達の大地を取り戻す必要がある! あんただってそうだろう! あんたの妻も子も人間に……!」


 ジェスの言葉は途中で途切れた。

 振り返りざまに放たれたレンツォの拳がジェスの顔面を討ち、今度は彼はルクスに殴られた時とは比べ物にならないほどの勢いで吹き飛び、仰向けに地面に転がった。


「黙れ」

「あ、が……」


 気絶こそしなかったが、痛みでジェスは動くことができなくなっていた。


「……動けるようになったら準備をしろ。明朝、人質についての交渉を行う手筈が整った。ルクス君もその際に開放する、それでいいかな?」

「は、はい……」


 ルクスが頷くのを見届けてから、レンツォはその場を去っていった。

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