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4‐17

 ルクスが任務に就いてから約半月。

 獣人達による反乱が勃発したことを各ギルドが知ってからの、ベオの行動は早かった。

 彼女は誰が止めるよりも早くミリオーラを飛び出して、最寄りの街のギルド・グシオンの支部を半ば襲撃する勢いで尋ねた。


「いきなり燃やすのは拙いっすよ!」


 そう言いながら、必死でエリアスがベオを羽交い絞めにして止める。

 その後ろにはオーウェンとアディも一緒だった。

 近くの街にあるグシオンの支部に、偶然ウィルフリードが滞在しているとの話を聞いて、ベオは即座にそちらに向かう。

 道中、ベオの頭を過ぎるのは後悔ばかりだった。やはりルクスを一人にするべきではなかったと。

 迷う間もなく大金を払って魔石を購入し、ポータルを使ってその街にやってくる。

 例え支部とは言え、ギルド・グシオンの建物はルクス達のギルドよりも遥かに大きく、中には大勢の兵士が詰めていた。

 彼等は獣人であるベオを見て警戒している。

 両開きの扉を蹴破らん勢いで開けて、ベオがギルドの中へと突入していき、何事かと注目する大勢の前で、ベオは叫んだ。


「あの氷の奴を出せ!」


 耳と尻尾の毛が逆立った彼女は、誰がどう見ても怒りに染まっている。急な襲撃者にグシオンの精兵がすぐ動けなかったのは、その周囲に渦巻く魔力が彼等の常識を超えていたからだった。


「ベオさん、落ち着いてくださいって!」


 武器を構えて包囲するグシオンの兵士達に向かって、オーウェンが背負った槍に手を掛けながら語り掛ける。


「物騒な挨拶になってすまんね。俺達はミリオーラで活動している小さなギルドだが、うちのギルドマスターがあんたらの大将であるウィルフリードからの紹介でちょっと面倒に巻き込まれてるみたいなんだ」


 あくまでもその声は穏やかだが、オーウェンの目は笑っていない。

 その後ろで彼に隠れるように、アディもまた臨戦態勢を整えている。もし何か間違いが起これば、このギルドが血の海になることだろう。とは言っても、それは両者の血によるものだろうが。

 お互いが動けない状況の中、前に歩み出てきたのは受付の女性だった。

 彼女は怯えながらも、この場を収めるには武器を持たない自分が一番いいと判断したのだろう。


「ギルドマスターは現在支部長と会議中です。それが終わってからでしたら、お伺いを立てることもできますが」

「あ、ああ……じゃあそうしてください、お願いします! ほらベオさん、ちゃんと話してくれるらしいんで、その手の中の炎を消しましょうよ」


 エリアスの努力の甲斐あってか、ベオの手の中で燃え盛っていた炎は何とか消えてくれた。


「ベオさん。ほら、立ってたら疲れるし、座ろ」


 アディがベオの服を引っ張り、ロビーに備え付けてある椅子に座らせる。それで何とか、彼女も落ち着いた様子だった。


「よしよし」


 ついでに頭を撫で始める。普段なら噛みつかれるところなのだが、ベオはされるがままになっていた。


「騒がせてすまんね。だが、ギルドマスターの一大事となったらこのぐらい必死になるだろ? 俺達のことはどうぞ、気にせずいてくれ」


 オーウェンがそう言って、ベオ達を護るように前に立つ。

 それによって急な襲撃に警戒していたグシオンの兵士達も、いつもの仕事へと戻っていった。

 このギルド支部は広大で、出入りする人の数もルクス達のギルドとは比べ物にならない。

 団員達は十数人規模でグループを組んで、依頼に出かける者や結果を報告しに戻ってくる者達が行き来している。


「ベオさん、アイス食べる? アディ、買ってこようか?」

「いらん」


 頭を撫でられて、なんとか平静を保ちながらベオが答える。一応は落ち着きを取り戻した今、アディに宥められていることの申し訳なさと恥ずかしさで一杯になっていた。

 彼女は待っている間気を紛らわすために、ギルドの中を観察することにした。他の、しかも自分達よりも遥かに格上のギルドだからと言って遠慮するような性格ではない。

 椅子に深く腰掛けて辺りを見ていると、ロビーのテーブルの上に置かれた幾つかの古めかしいガラクタが目に入る。


「なんだあれは?」

「な、何だろうね……?」


 ベオとアディは立ち上がって、それを見に行く。


「近くの遺跡から発見されたものですよ。グシオンは遺跡の発掘調査なども行っていますから」


 そう丁寧に説明してくれたのは、先程の受付の女性だった。


「今度はこれを本部に持ち帰って、色々と調査をするらしいですよ」


 朽ちた剣や装飾品、それにぼろぼろになった石板などがある。


「こんな日記に価値があるとは思えんがな」


 石板に書かれた文字をみて、ベオはそう言った。

 アディはそれを聞き流していたが、受付の彼女にとってはそれは驚くべきことだった。


「べ、ベオさんってこれ、読めるんですか? 博識……!」


 きらきらした目でアディがベオを見つめる。


「この時代の文字の方がわかりやすい。どうして近代の文字と言うのはああも数が多いのだ」

「い、色んな表現をするため……とか? アディも昔は絵本とか好きだったですよ?」


 それがどれだけ凄いことか理解せず、二人は雑談を続けており、受付の女性の姿が消えていたことには気が付かなかった。

 それからしばらくして、彼女が戻ってきてベオ達をロビーの中央に集める。


「マスターがお会いになるようです」


 そう言って彼女が目線を向けると、二階へ上がる階段から長身の男が下りてくる。

 髪の毛を後ろに撫で付けた男は、相変わらず不機嫌そうな表情でベオ達の前までやってくる。

 ベオの背後でエリアスが息を呑んだ。


「ったく。獣人達の反乱が起こった直後にこれじゃ、殺されても文句は言えねえぞ」


 呆れたように、ウィルフリードはそう言った。


「だがまぁ、その忠誠心は大したもんだ」

「ルクスは何処に行った?」

「何でそれを俺に聞く?」

「使者の男が、ルクスを推薦したのは貴様だと言っていたからだ。何処に行ったかぐらいはわかってるんだろう?」

「……まぁ、別に隠すことでもねえな。奴等は王都からそれほど離れていない、『ズィルハ』の森に行ってるはずだ。もっともこの情勢じゃどうなってるかはわからんがな」

「貴様……!」

「おいおい、俺に怒りをぶつけるんじゃねえよ。俺だってこの事態は予想してなかったんだぜ? 獣人達の反乱が起きて、焦ってるのはこっちだって同じさ」


 とてもそうとは思えない口調で、ウィルフリードが告げる。

 実際、大規模ギルドであるグシオンに反乱軍の討伐が命じられる可能性は非常に高い。


「俺の読みが甘かったのは詫びるが、ギルドの人間として仕事を受けた以上、その安全まで保障してやる義理はねえよ」


 冷たいようだがそれは事実だ。ルクスは自分の意志であの仕事を受けたのだから。


「……そのズィルハと言うところに奴等がいる確率が高いんだな?」

「そうだな。音沙汰ないところを見ると討伐隊は負けて、その辺りに潜伏してるか捕虜になっているか……」


 最後の可能性をウィルフリードが口にする前に、ベオは彼に背を向ける。


「それが知れれば充分だ。邪魔をしたな」


 立ち去ろうとするその背中に、ウィルフリードが声を掛ける。


「お前、あの石板が読めたのか?」

「……うん? ああ、それがどうかしたか?」


 それはベオにとっては当然のことで、何気ない答えでしかない。だからこそ隠す必要があるとも思えず、素直に頷いた。


「そう言うことなら、ここから出てってもらうわけにはいかんな」


 ウィルフリードの言葉に呼応するように、周りの団員達が一斉に武器を構え、ベオ達を包囲する。


「お、おい! どういうことだよ!」


 エリアスが叫んでいる間にも、他の三人は戦闘態勢を整えていた。


「何のつもりだ?」

「奇妙な獣人だとは思っていたが、古代文字が読めるとは想像していなかったな」


 周囲の気温が下がり、ウィルフリードの足元からパキパキと音を立てて床が凍り付いていく。


「お前にやってもらいたいことがある。俺達のギルドに協力しろ」

「ふんっ、知ったことか。それを決めるのはここにいないあいつだ」

「そりゃ残念だ」


 口元に笑みを浮かべ、ウィルフリードが続ける。


「あの小僧は死ぬだろうからな」


 瞬間、振り返ったベオの放った炎とウィルフリードの氷が激突する。

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