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4‐16

 カーティスに食料を渡して、彼の囚われている小屋を出たルクスは、何故か周りに監視がいなくなってることに気が付いた。

 なんの理由があるのかはわからないが、今のルクスにとってはまたとない機会だった。

 数日エルマと共に穏やかに過ごしてはきたが、別にここにずっと滞在するつもりはない。戦争を止めたいのも、エルマ達に無駄死にをして欲しくないのも本心だが、今のルクスには何より護るべきものがある。

 ギルドの、自分の仲間達の下に帰ることがルクスにとって最も重要な任務だからだ。

 周りを確認しながら、足音を忍ばせる。

 今まで一度も入ったことのない倉庫のような、少し大きめの建物へと足を運んだ。

 このまま逃げ出してもよかったのだが、土地勘のない森の中で獣人から逃げられる保証はない。いざという時に丸腰では、逃げても意味がないと判断してのことだ。

 勿論ここにルクスの剣が隠されている保証はないが、可能性として一番高いのも確かだ。

 意外にも扉に鍵は掛かっておらず、簡単に中に入り込むことができた。

 暗闇の中を、窓から差し込む月と星の灯りを頼りに探していく。せめて剣の一本でもあれば脱出に使えるだろう。

 食料や雑貨が積まれている倉庫の奥に、武器がしまわれているのを発見する。

 それを見て、ルクスは違和感を覚えた。そこに並んでいる品々を、目を凝らしてよく観察する。


「これって」


 背後に人の気配を感じる。

 ルクスとて気を抜いていたわけではない。もしこの倉庫に誰かが近付けば、すぐに外に出て適当に誤魔化すつもりでいた。

 その人物は、すぐ傍に近付くまでルクスにその気配を全く感付かせなかったことになる。


「見てしまったようだね、ルクス君」


 振り返った先に立っていたのは、大男の獣人。

 この集落のリーダーであるレンツォが、鋭い目でルクスを見つめていた。


「……僕は詳しいことはわかりませんけど、ここにある武器は古いものや質の悪いものじゃない」

「ふむ」


 レンツォは言葉の先を促す。

 止めるわけでもなく、否定することもなく。

 傍にあった槍を手に取る。

 軽く硬いそれは、かなり質のいい金属によるものを、しっかりと鍛え上げた業物だ。

 ルクスの視線の先には僅かではあるが、並のギルドでは揃えることのできない最新鋭の武器である『銃』までもが並んでいる。


「既に我々が戦争の準備をしていることは君も知っているだろう」


 武器だけではない。

 そこにある食料も、当然これから戦いが続くことに備えてか相当量が保存されている。

 別にそれ自体はおかしなことではない。ルクスがどう思っているかは別として、今レンツォが言った通り彼等はこれから戦争をするつもりなのだから。


「質が良すぎる、食料も多すぎる。大凡、この集落の中だけで集めたとは思えないほどに。あの鎧なんか、魔法刻印が施されてるんじゃないですか」


 魔法刻印が施された鎧は、騎士団や大規模ギルドで主に使われている。その理由は単純で、高級品だからだ。ある程度の数が工房によって生産されているものの、未だ中堅程度のギルドなら二、三着あるかどうか。ルクス達のような小規模ギルドならない方が多数だ。

 以前エリアスに購入を進められたが、予算の問題で断っている。

 ではここ最近増えている獣人の野盗達が集めたものだろうか。

 当然それも一部は含まれているだろうが、ルクス達がそうしたように、その大半は失敗に終わっているのだ。仮に成功していても、これだけの量を定期的に運び込んでいてはこの集落の場所がばれないはずがない。


「この戦いを裏で動かしている誰かがいる。そしてそれは、王国側に強い繋がりを持った誰かが」


 恐らくだが、ここにあるのは全体量のほんの一部に過ぎないだろう。装備の数はこの集落にいる男達の人数よりも少し少ない程度でしかない。


「これだけの装備が他の集落にも?」

「我々獣人が人間に敗北し、ここまで勢力を失った理由は英雄と、装備の質によるものだ。それさえ何とかできれば、勝機は充分にあると言うことだよ」


 恐らくはここ以外にも同じような拠点は幾つもある。そしてそこに何者かから武器供与を受け、急速な武装化を進めていると言うことだろうか。


「君は思っていたよりも行動力があるようだな。エルマに見張りを交代してもらった僅かな間に、ここを探しに来るとは」


 レンツォは呆れたような口ぶりでそう言った。


「まあいい。見られたところで支障はない、このことは私の胸に留めておく。君と話がしたい」

「戦争に加担はできません」

「頑なだな。だが別に、私の話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。あの時はお互いに不信感もあったから、あまり突っ込んだ話はできなかったからな」


 黙ったまま、ルクスは彼の言葉を待った。


「君は勘違いしているかも知れないが、私達の目的は命を捨てる特攻ではない。その目的が果たされれば、殆ど血を流すこともなく終わる戦いなのだ。……君はこのアルテウルをどう思う?」

「どうって……」

「正直な気持ちで構わん。人造兵として生まれた君ならば、より純粋な目でこの国を見てきたはずだ」

「全てが完璧な国だとは思っていません」


 ルクスにとっては生きづらい国であるのは事実だ。そしてベオもまた、彼女自身は気にしていないが何度も獣人であることに対して蔑みを受けている。


「でも、戦いで何かが変わるとも思えないんです」

「ある意味では正しい意見だ。君はこの国の成り立

ちを知っているか?」

「……それは、まぁ」

 この国の歴史は、英雄に憧れたものならば誰もが知っていることだろう。

 かつてこの大陸は、今では亜人と呼ばれる者達が隆盛し、人間は不毛の地へと追いやられていた。個々の力で勝る彼等にとって、人間とは脆弱な種族であったからだ。

 そこで立ち上がったのは、今のアルテウル王族だった。彼等は神の仔を自称し、その力を分け与え英雄を生み出し、この大陸を瞬く間に平定して王国を築いた。

 その後に長い統治を続け、何度も起こった災厄の際には王家の剣であり盾として人々を護る、『英雄』の姿があった。


「君達が亜人種と呼ぶ我々、特に長きを生きるエルフ達などからすれば、人間は簒奪者であると語る者もいる。だが私はね、それがそこまでの罪であるとは思っていないのだよ。歴史の流れの中でそれは当然のことで、ひょっとしたら我等の隆盛は人間から奪い取ったものである可能性もあるからだ」


 穏やかにそう語ってから、レンツォは急に語気を強める。


「だが、人間達は我等から奪い過ぎた。魔王戦役を発端として、一部の同胞が魔王側に付いた。しかしそれは本当に極一部、全体の一割程度にしか過ぎなかったはずなのだ」


 それは人造兵だって同じことだ。少なくともルクスはそう聞いていた。

 魔王戦役の際に人間の敵に回った亜人や人造兵の数は決して多くはない。とは言え、それまで身分の差があれと良好な関係を気付いてた者達に内側から攻撃されたアルテウルは、大きな被害を被った。


「一部の者達はそれを幸いとした。我等に対する憎悪を肥大化させ、差別を助長し、合法的に使い捨ての労働力とすることを推し進めた。その結果が今だ」


 レンツォの拳が強く握られ、震えている。

 それは怒りを見せていると言うよりは、抑えていると言った方が正しいように思えた。


「……少し話が逸れたな。私は、別に我々の戦いの正当性を説こうというわけではないのだ。君は『ノール・オーヴァ』の地を知っているかな?」


 ルクスは静かに首を横に振る。


「そうか。しかし無理もない話だ。ノール・オーヴァはかつてこの大陸に存在していた小国であり、世界樹の根元に作られた古き者の大地。無論、世界樹などというものは存在せず、大昔にそこにあったという伝承が残るのみだが」


 ルクスは黙って話を聞き、レンツォの真意を見極めようとしていた。


「今から数十年前まで、その地は人間が支配し、様々な種族が共に暮らす楽園だったと言われている。だが、その国がどうなったのかは言わなくてもわかるな?」

「……アルテウルによって滅びた?」


 レンツォは目を閉じて首肯する。


「そしてノール・オーヴァの名は失われ、ティヴィルと言う都市になって王国の支配下にある。我等が欲するのはその土地だ」

「それはつまり、カーティス様と引き換えにしてその国を手に入れると言うことですか?」

「その通りだ。ティヴィルを手に入れそこを我等の国とする。多少の血は流れるだろうが、それは必要最低限の犠牲で済む」


 そのためのカーティスであり、多発する野盗による略奪と言うことなのだろう。

 それら全てを抑え込む力は、今の王国にはない。魔王再誕によって出た被害は、この国の力を大きく落としているのだから。


「魔王再誕は我等にとっては僥倖だった。もしあれがなければ、この機会が訪れることはなかっただろう。それ故に失敗することはできない」

「でも、幾ら何でも都市を一つと言うのは……」

「叶えてもらわねばならぬ。そのための王族だ。これは私にとっても最大の譲歩なのだ。さあ、私達の計画を全て語ったうえで再度問おう。同志として、共に戦っては貰えないだろうか?」

「……それはできません」


 ルクスの回答は変わらない。

 彼が何より今優先すべきは、ギルドに帰ることだ。それを無理矢理拘束して問いかけることに、誠実さを感じられなかった。


「僕には帰る場所があります」

「だから帰る地なき我等には従えぬと?」

「そんな言い方をするからです」


 レンツォから発する空気が明らかに変わる。

 ルクスも、横目で立てかけてある槍を睨んだ。ひょっとしたらここで殺されるかも知れなかったからだ。

 武器があったとしても、ルクスとレンツォでは彼の方は実力的には上回っている。だとしても、何とか隙を作って脱出しなければならない。

 生きてみんなのところに帰る。それがルクスの一番の任務だ。

 意外なことに、レンツォの次の行動は深い溜息を吐くだけだった。


「まあ仕方がないか。私が君の立場でも、なかなか首を立てには振れないだろうからな」

「僕を殺さないんですか?」

「ああ。殺さぬよ、不要な殺生をするつもりはない。だが、アルテウルとの話し合いが終わりこの地を引き払うまでは滞在してもらう」

「それが終わったら、僕を自由にしてくれると?」

「その通りだ。お互いに私達は出会わななかったことになる」


 何故だかその言葉は、信用できるような気がした。

 それはルクスを見るレンツォの表情が、何処か懐かしく、優しかったからだろう。

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