空から飛んできた少年③
てれれってってってー!
レベルが上がった!
各基礎能力が向上した!
《ひとごろし》の称号を獲得した!
今さら聞こえてきた天の声の軽快な声とは裏腹に、振り出しに戻されたような気になって落ち込んでうつむく。
罰を受けるまでが戦闘ってか? 冗談じゃない。
けれど、立ち止まってもいられない。今の僕は全裸なのだ。
ピンク髪の少女はなにやら目を閉じて祈っているようだけど、全裸で待ち受けるのも変態的だ。
「うぇ、こっちは駄目だね」
踏み潰した男の衣服は、血肉やら臓物でぐちゃぐちゃになっていて、着れたもんじゃない。モザイクでもかけたいくらいだ。
剣だけでももらっておこうかな、と思って死体と衣服がごちゃ混ぜになった物体の横に落ちた剣を手に取った。鞘から放ってみる。
――――っ!
安物っぽい鞘から抜くと、陽の光が反射してギラリと刃が輝いた。荒野の陽は、じりじりと肌を焼くように刺さる。
良い剣ではないはずだ。前世の知識にある、日本刀のような精巧さはない。幅広の剣で、峰より徐々に薄くしました、程度の剣だった。
RPGで、いかにも下っ端の山賊がドロップします、みたいな雑な剣。ところどころ刃こぼれもしている。
それでも僕はその剣を見て、正直ビビった。剣なんて、前世でも手に取って見たことはなかっただろう。人が人を――この世界では魔物もだろうか――殺そうとしてつくったモノだ。人の殺意が具現化したモノだ。
「……怖いね」
そう言いながらも、自然に口角が上がっていることに気付いた。
怖い。確かに恐ろしい。恐るべきモノと世界だ。記憶はなくたって、知識から僕が住んでいた世界の常識はわかる。僕の生きていた世界は令和の日本。銃はおろか、こんな粗末な剣だって普通に生きていれば、目にすることもない平和な国だったはずだ。
ステータスが下がっているからだろうか。こんな剣でも僕の命を脅かすのだと考えると、さらに肩から身体が震えた。
山賊が集団で剣を持っている世界だ。勇者を目指すにしろ、魔王を目指すにしろ、この殺意と無関係でいることは有り得ない。僕はこの悪意を振るわれ、振るうことになるのだろう。
山賊がいるのだ。正当防衛にせよ、人を殺すこともあるだろう。
記憶はなくともわかることがある。きっと僕は、前世から人を殺したかった。
僕を見下す人間を、僕を憐れむ人間を、気に入らない目を向ける人間を、片っ端から怯えた目に変えさせたかった。
そう考えると、僕の前世はなかなかに駄目なヤツだったのかもしれない。何も覚えていないのに、見下される怒りと哀れみへの憎悪と、嫌な目を許せない気持ちが、僕の心に根付いている。
僕は、見下され憐れまれる人間だったのだろうか? 勇者に向いてて復讐したがる、神を騙して深い闇にいる与えられて奪われた、スポンジのような吸収力を持った戦闘民族のエッチなヤツとは、かなりイメージが違う。
悲しいような悔しいような気持ちになる。
剣を鞘に納めると、かちゃりと剣が鞘の底で音を立てた。
「ま、そんなことを考えてても仕方ないよね」
喫緊の課題は、下がり切ったステータスと全裸に首輪の現状だ。全裸に靴下は紳士だが、全裸に首輪は極まったドMでしかない。
顔を握り潰した山賊の服は、臭かった。パンツは病気がうつりそうだったので、山賊チックな上衣を腰に巻いた。股間さえ隠せればいいでしょ。
ピンク髪の少女は整った顔を伏せて、まだ祈っている。祈りの長い宗派なのかもしれない。
この世界について教えてもらいたいけれど、僕はどう振る舞うべきだろうか?
そう考えていると、少女は目を開き見上げてきた。ちょっと驚くくらいにその顔はかわいらしく、目には強い意志があった。
「あなたは、神の使途様ですか?」
少女は口を開くと、かなり驚く言葉を発した。
〇
「神の使途? どうだろ? 会ったことはあるけどー」
いつの間にか腰に布を巻いていた男の子は、驚くようなことを言った。
「あるんですか!?」
「うん、さっき」
「さっき!!!?」
「うん。言葉を教えてくれて、投げられた」
「投げられたんですか!?!?!?」
言葉を教えらえたって?
男の子は質問に、こともなげに驚くような答えを返し続ける。
ぱちぱちと瞬きをしてよく見れば、首には奴隷の首輪が着けられていた。
「あなた――、奴隷なのですか?」
「……わかんない。僕は産まれてこの方ずっとこの森にいて、今初めて森の外に出たんだ」
頭がついていかなかった。奴隷となった赤ん坊が、何か事情があって森の中に捨てられたの?
「その首輪、生きてますよね。ずっとその首についていたんですか?」
「首輪が生きてる? 気付いた時にはあったけど……」
考え込む。物心つく頃には、首輪はもう体の一部のようにあったということなのかな。だとすれば、やはり年端もいかない頃から奴隷にされ、野生児として森の中で生きていたのかな?
「奴隷の首輪は、所有者が権利を放棄するか死亡した時には、効力を失って外れるんです。外れてないということは、首輪は効力を持っています。つまりは、生きているんです」
「なるほどねぇ。首輪には、奴隷が罪を犯したら罰を与える機能なんかもあったり?」
男の子は初めて、子どもらしからぬ忌々しいとでも言いそうな表情を浮かべた。その表情に少したじろいじゃう。
「え、えぇ。首を絞めたりの肉体的な罰や、動きや能力を制限するものもありますが、――もしかして!」
「うん。さっきの太っちょを殺した時に、かけられちゃったみたい。制限」
神の使途の男の子に、わたしのせいで制限をかけさせてしまった。
「ごめんなさい! 使途様にとてつもないご迷惑を! わ、わたし、どうすれば!!」
取り乱してしまう。なんと謝るべきかもわからない。どう償っていいかもわからない。
「あー、いいですよ。会ったことはあっても、神の使いなんて意識はないし」
男の子は気にしていないと言うように、ひらひらと手を振った。
「そう、なんですか? 何か、神託のようなものを受け取ったりは?」
「ないないー。なーんにも言われてないんですよ僕」
何でもないことのように言ってくれる。その気軽さが、いっそ信じがたいくらいだった。
「どこか、嘘のような話ですね」
「これが、本当なんですよねー。嘘ついて首輪絞まるのが怖くて、嘘も吐けません」
男の子は笑う。
嘘を言う程度では罪にはならず、首輪は締まらないはずだった。それでも、なんとなくそのことは黙っていようと思った。




