ロイツ公爵の夜
ロイツ公爵は、自室の寝具で震えていた。傍らには、透き通るほど白い肌の女の乳房がある。
被害が、増えている。
亜人の売買の重要な役人、亜人を売り物とする商人で、特に亜人の扱いがひどい者たち。その者達が、無惨な姿で生かされていた。
両腕や両脚が文字通り潰された者、両腕両脚が刻まれた者、全身が火傷で見る影もない者。すべて、生きているだけだ。結局は、各々が部下に四肢の無い身振り手振りで命じて、自身を殺させている。
仕方ない。生きているとはいっても、全員が共通して、呆れるほど徹底して話すことも意思表示することも出来ないほどに痛めつけられている。
息をしているだけだ。生の喜びもない状態なら、生き続けよというのも無理な話だ。
『天誅ゆえ不殺』などという、ふざけた血文字が残されていることも、すべてにおいて共通している。
本当にふざけた話である。死ぬしかないような状況に追い込んでおきながら、慈悲ででもあるかのような言い方をしている。
「……いずれ、儂の元にもたどり着くであろうな」
柔らかな女体の腹に頬をすりつけながら、独り呟く。
全員が、護衛の者をすり抜けられて被害にあっている。役人は官位が高いだけ、商人は儲けているだけ十分な護衛を付けているにも関わらずだ。
しかし、儂ほどではない。そこが、どこかロイツ公爵を安心させている。
冒険者であればA級相当の戦力に、不満どころか感謝しか出ないように十分過ぎる報酬を与えている。そして、それぞれに人質を取ってもいる。身柄こそ拘束していないが、いつでも殺せるようになっている。
自分に何かあれば、いつでも護衛の人質の首が飛ぶ。その後に、護衛の首も飛ぶ。失職ではなく、物理的に飛ぶ。
それに不満を持たせないほどの、十分な給金だ。だからこそ、護衛は必死に儂を守ろうとする。日々己の武を研鑽し、耐魔防具も揃える。他の護衛との話し合いも欠かさない。
血文字の書き置きは『天誅ゆえ不殺』だけではない。その者の犯した罪も書き連ねてある。大々的に公表出来ていないのは、それが理由だ。
国の法では、亜人を奴隷にしてはならない法律はない。人族の奴隷を禁止する法律も、またない。しかし、奴隷の待遇に関しては法に明記してある。
ただ、習慣として見ない振りが為されているだけだ。売る側にも買う側にも、面倒な待遇の処罰がない方が売りやすく使いやすい。
亜人の身体能力は人族よりも優れている。労働力として見込めぬ人族の奴隷など、見向きもされないのだ。その状況も、亜人の地位を低めている理由にもなっている。
ヒジカ・トージス、又はその一味がやっていることは明らかだ。
しかし、王に報告することは出来ない。王の調査もザルではない。先の王ソン=サックはただの戦の天才の脳筋だったが、今の王は戦の役に立たぬ代わりに、しっかりと国政を見ている。
被害はすでに二十を越えている。これだけあれば、報告を鵜呑みにせず独自に調査を進めるだろう。そして、被害者たちの法への違反を知る。
「……自身も、知っておられるだろうにのぅ」
傍らの物言わぬ体、太股の間で自身の頭を挟む。まだ、柔らかさは残っている。
今、亜人奴隷の売買による利益で国は潤っている。だからこそ、知っていても知らない振りをしている。
しかし、亜人の勇者ヒジカ・トージスの価値を今の利益よりも高く評価したとすれば。
「切り捨てられるのは、こちらであろうな」
酔っていない時のソン=ケイン王は、冷静で冷徹だ。尊敬する兄のつくった国を守り、盛り立てていくためにはどんな手でも使う。
それこそ、今までの経済を支えてきた儂や奴隷制度も、すぐに切られるであろう。
もう少し、愚かな王であればよかった。三年前に《智》の勇者シュウ・コウタンが王の側についたのも厄介である。あの女は、亜人を奴隷とすることで出る不利益を大きなものと見ているフシがある。
《智》の勇者と盛んに議論を重ねているようだ。もはや、上等な酒を与えてさえいれば何とでもできた、扱いやすい王ではなくなってしまった。
「今、どちらかじゃ。どの段階にいるのかじゃ」
股の間を舐める。きれいに洗われたそれは、何の味もしない。
リョ一族の者も、数人やられていた。実際に自身が指示したことでも、書類にロイツの名が載ることはない。すべては、一族の他の者の指示になっている。
昔から、復讐は恐れていたのだ。証拠が残る物では、自身が何かを為した形跡はないはずだ。しかし、皆知っている。ロイツがすべての元にいることは。
あの『天誅』が拷問も兼ねているのであれば、ロイツの名前も当然出ているだろう。一族とも商人とも、利益で繋がった関係だ。忠義などはない。
自身の命が懸かっているなら、ロイツの名前はいくらでも出されるだろう。
「のぅ。お主はどうすればよいと思う?」
女体は話さない。秘密の漏洩を防ぐため、命はすでに奪ってあるのだ。元々宦官だったロイツには、男根がない。
それでも、柔らかな女体に愚痴をこぼし、悩み事を『相談』するのが、若い頃からの習慣であり楽しみであった。
この異様な思考方法で、今までも乗り切ってきた。夜が明ける頃には、妙案も浮かんでいるであろうと思いながら、枯れ枝のように細い手で、死体の乳房を思いっきり掴んだ。
痣が残るほど強くしても、死体は息一つ漏らしはしない。




