ハジメ・サイト
おかしい。何なのだ。
「ぐぁ! ふふ!」
目の前の褐色の少年の額に左拳を打つと、少年はのけぞる。のけぞったかと思えばすぐに足をこちらに踏み出して、殴りかかって来る。
「ぐヌ……、フン!」
波立った白い髪が揺れ、鼻に右拳を入れられた。今日何度目かの鼻血が出る。痛みで前傾になるが、上半身を上げながら左膝を少年の、流血しながら笑っている顔へ。
「し!」
「ハハ!」
さすがに顔への蹴りは腕で防がれるが、右肘を曲げたまま右拳でこめかみを殴り抜ける。
「ぐ……、ふしゃ!」
勇者の身体は左にズレる。ズレたまま、左の足が腹を突き刺してくる。
「ぐふ! ふ」
さすがに最初は効かなかった腹も、何度も殴られ蹴られれば効くようになってくる。その脚が降りる前に掴み、拳を顔に打ち込む。序盤では逃げられたが、お互い動きは精彩を欠いてきている。
「が!?」
掴んでいない右脚も上げて宙に浮き、その右足で顔を蹴られた。ぐぬ、ふふふ、器用な真似をする。
掴んだ左脚を離してのけぞるが、すぐに前へ。未だバランスを崩している亜人の勇者を、腕を伸び切らせて殴る。
「はははは!」
ガゴ、と音と拳が殴った感触を伝える。
腕の長い俺だけが殴れたが、ヒジカも俺に拳を伸ばしていた。相手の根性にも、笑いが込み上げてくる。
可笑しい。そもそも俺たちは、何故殴り合っているのだろうか。俺は剣士で殴り合いは専門じゃない。ヒジカは素手のスキルも持っているようだが、それを使わない。
「ふ、はは!」
「ぐ、くく」
何故殴るのか。こいつを憎もうと思ったが、憎むのは筋違いだとわかったのに。
「ン! しゃ! はは」
「ふふ! ハ!」
「が、ははは!」
何故笑うのか。お互いに傷つけ合って、認め合い、笑い合い、それでも殴り、蹴り、殴る。
「ぬぉ……! らぁ!」
「しゃ、ふぉ!」
もう何もわからない。痛みは重なるが、認めた相手を打つ拳には快感が走る。殴られれば、この野郎と思いながら相手をさらに認める。
そしてまた殴り、殴る。あどけない顔からは鼻血が流れ、腫れ、男にしては長めの波立った白髪にも血が付いている。笑みは凶暴で心から愉しそうだ。
「グぅ、ふ、ふ!」
「だ、は、はぁ!」
俺もそんな笑顔なのだろう。考えることさえ必要ないのだ。ただ、今はコレを楽しめばいい。
「ぐ、ふは!」
「ふふ、ふ!」
褐色の少年が笑いながら距離をまた詰めたかと思えば、突然身体を右回転させた。俺の出していた左拳が空を打つ。
「なぐっ!?」
背を向けて振り返ったかと思えば、腹に蹴りが突き刺さった。予想の外から、回転した勢いを味方にした蹴りが内臓にめり込む。
「しゃ!」
息を吐く音が聞こえた時には、頭を横から蹴り抜かれた。
あぁ、愉しい時間が終わるのだ。
その蹴りは鋭く――、意識さえ刈り取られた。