荒野
「待たせたね」
二人を見送って、別方向へとしばらく歩いた。ようやく気配を露わにしたのは、人目につかない林に差し掛かった頃だった。
「……北門は草原だったけど、西門から出ると荒野ってのがすごいね。さすがに王都は大きいや」
どうでもいい話題を振ったが、それには応えない。ただ、糸のように細いツリ目は僕だけを向いている。
「ヒジカ・トージス」
黒衣の冒険者は僕の名を呼んだ。真剣な面持ちだ。僕は無言で視線を合わせ、言葉の先を促す。
「……俺と戦え」
ハジメ――だったか、老け顔の少年冒険者は右腰の刀を鞘ごと外し、地に置いた。
「どうして? って訊くのは野暮だね」
わかってはいる。理由はヒナだ。同じ男なら、あの様子を見てわからないわけがない。
応える代わりに、ハジメは黒衣を脱いで放った。着痩せするタイプらしい。鍛えられた体には筋肉が盛り上がっている。逆三角形の身体の胸は厚く、肩は大きく腕は太い。
バサという音で服が荒野に落ちる。何かと思ったが、装備の優れた防御力を気にしたのだろう。上半身裸になり、腕を下ろした両拳を握っている。
「お前が勝てば、これから《ポーション》や装備は俺が都合しよう」
途中から見ていたのだろう。そんな条件がなくても受けたが、その気持ちは受け取る。
「アンタが勝ったら?」
「……何も要らない」
ぞく、と背に電流が流れた。オールバックのおっかない顔だが、それを恐れたわけじゃない。
今日は本当に不愉快な奴らにしか会わなかった。そんな中、男に会えたことが、ただただ嬉しかった。
「……わかったよ」
僕の衣服には大した防御力はないが、合わせて上衣を脱ぎ捨てた。ハジメに比べればずいぶん、筋肉はなく細い。
武器も無し。要求も無し。ただ自分の感情の置き所のため、僕に喧嘩を売ってきた。応えないわけにはいかない。
荒野には風が吹く。すぐ近くの林を撫でるように風は揺らす。
僕はハジメを見上げながら、ハジメは僕を見下ろしながら。ゆったりとお互いへ歩き出した。
急ぐともなく、自然に。認め合った証として、握手でもしようかというように。
当然、握手はしない。
「しっ!」
「フン!」
ガゴ、という音が重なる。
僕の右拳がハジメの頬を、ハジメの左拳が僕の頬を殴る。さすがに重い。
が、僕が速く踏み込んだ。ハジメの拳は伸び切らず、ダメージはハジメの方が深い。
スキル《上段突きLV1》を獲得した!
「ヌゥ!」
「ぐ! 」
ハジメは呻きながらも右膝を僕の腹へめり込ませた。
「しっ!」
お返しとばかりに、再び右拳を腹に入れるが、
――硬っ! 鉄板かよ!?
見れば、腹筋は割れているだけでなく太い。余分な肉がついておらず、胸と背が厚い分細く見えた。
スキル《中段突きLV1》を獲得した!
「ハ!」
ダメージはないようで、すぐに肘が頭に振り下ろされた。上からの攻撃が来るとは読んでいたので、右に避けた。
「しゃぁ!」
空振って空いた左の脇腹を、右脚で蹴る。
スキル《中段廻し蹴りLV1》を獲得した!
「ぬ」
鍛えているだけあって横腹も硬い。そのまま脚を捕まれそうになるが、素早く脚を抜いて膝から下だけ動かし爪先で鳩尾を蹴る。
「……!」
さすがに表情は変わり、一瞬動きが止まったので、下ろした右足でそのまま踏み込み右拳で殴る。
《上段突きLV1》は《上段突きLV2》に上がった!
スキル《順突きLV1》を獲得した!
「「チッ!」」
また相打ち。すでにハジメは右拳をフック気味に出していた。
互いにたたらを踏むが、後ろに逸れた重心をすぐに前に動かしそのまま殴る。
「「がっ」」
さらに深く踏み込んで顔面に左右二発入れたが、左拳をこめかみに入れられる。
「ヂぃぃ!」
「グ!」
僕の方が腕が短く、この至近距離では小回りが利く。しかし、ハジメは一発一発を体重を乗せて打ち下ろして来る。
「ぐぉ」
「が」
「しっ!」
「ヌン!」
「ラ!」
「フン!」
「しゃ!」
「ク!」
互いに顔面を殴り合い、時折意識が上に向きすぎていると思った時、腹に蹴りや膝が入った。
天の声も、もう聞こえない。
「おラ!」
「しぃ! ぐ」
「が。ヌン!」
「く! ら!」
「ぐ! ヂぃ!」
「いぃ!」
「ぎ!」
「しぃ!」
口の中が血だらけになり、歯はお互いに何本か飛んでいった。拳の皮も破れている。
数十発も腹にもらえば、どれだけ鍛えた腹筋でも効いてくる。僕の腹もハジメと同じように青痣になっているだろう。
顔も腫れて、見れたものではなくなっているだろう。渋いハジメの顔が台無しになっているように。
「ぐ、く! ふ」
「くぅ! が、は!」
「くくく、ぐ!」
「はは! が、ハハハ!」
糸目を見開いて、三白眼のツリ目は凶暴に笑っている。
いつしか二人とも、腫れた顔から血を流して笑いながら殴り合っていた。




