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蛇に転生しました。勇者か魔王になろうと思います。  作者: 松明ノ音
【駆け出し編】少年は冒険者になった。
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《豪雨ノ時憎悪デ凍結スソージ》




「……悪いが、売れねぇ。他の客が離れちまうってのは、目に見えてるからな」


 二軒目の店は、門前払いではあるもののきちんと対応してくれた。現実、亜人嫌いの人間はいて、亜人に物を売る店を敵視する人間もその中には多いのだ。


 それでも『ガネーシャ』のクソ店員に比べれば敬意を払ってくれただけ、状況が変われば世話になりたいとは思う。


「ぎゃははは! まぁた断られたみたいだぜぇ!」


 一軒目を追い出されたのを見てついてきた、亜人嫌いなのだろう三人が分かりやすく後ろ指を指している。一軒目を出た後からずっと聞くに堪えない罵倒を後ろから上げているのだ。


 こんな奴が後ろで騒いで目立っているようでは、どこも売ってはくれないだろう。この店の主人の対応も、致し方ないことだと思うのは、それも理由だ。


「ヒジカ。あいつら叩き潰していいか?」


 イッサが怒りに震えている。僕は聞き流していたので内容は耳に入っていなかったのだが、心に刺さってしまった言葉もあったのだろう。ソージに至っては涙で目が潤んでいる。


「……騒ぎになるのは避けたいけど、ソージにやってもらおうか」


 ソージを見ると、驚いたように顔を上げた。


「イイんデスか?」


 顔と声を上げた反動で、涙が少し零れ落ちた。耐えきれなかったのだろう。


「もう半分出てるじゃん。我慢させて悪かったね」


「アイツにやらせるのか。目立たないように出来るか?」


 イッサが心配そうに見る。


「何とかするよ。袋小路の路地裏まで行って、僕がその道へ人が行かないようにする」


 ため息を吐きながら、方向をそのままに歩き続ける。どのみち、後ろの奴らを消さなければ買い物なんて出来はしない。


「……奴らが罵倒だけしているのは、俺やヒジカに敵わないとわかっているからだろ? 俺も離れるってことか?」


「心配だろうから――、ていうか僕も心配だから、イッサはソージが見える範囲にいて」


「わかった」


「……コロス、コロス! コロしまスコロしまス、こ、ろ、スぅぅう」


 もうソージの《並列意思》は限界を迎えていた。舌を出して空間を把握。ちょうど、次を右に曲がれば袋小路のようだ。


「しょうがない! もう手分けして買わせてくれる店を探そう! 僕はあっち! イッサはこっち! ソージはここで待ってて!」


 わざとらしく大声を上げて、イッサに指示を出した。ソージもまだ辛うじて理解できるようで、袋小路の入り口で立ち止まりたどたどしく肯いた。


 騒ぎ立てていた三人の馬鹿どもの方へ、睨みながら歩く。いざ近寄られれば目を逸らして後ずさる。正当防衛でなければこちらが手を出せないと理解していながら、恐れる。結局その程度の奴だから、後ろから罵倒するしか出来ないのだ。


「みっともないと思わないのかな?」


 横目で見ながら蔑んで通り過ぎるが、三人とも悔しそうな顔で呻くだけだった。三人ともう一人の視線を感じながら、一旦離れて身を隠す。


 巨体のイッサも離れれば、馬鹿どもの悔しさは小さなソージに向かうだろう。





 僕たちは、タマソン村が殲滅された時に、みんなどこか壊れかけた。


 さらに道中。差別されていた亜人を救った後日。その村の亜人が皆殺しにされたことを知った。亜人や人族の孤児を養っていた《聖女》の顛末(てんまつ)を知った。そして本格的に、どこか壊れてしまった。



 耐えきれなかった精神は憎悪を受け止めるため《並列意思》による二重人格を生み出した。《鑑定》すると、それぞれ名前も表記されていた。


 ソージの《並列意思》は《豪雨ノ時憎悪デ凍結スソージ》というものだった。


《豪雨ノ時憎悪デ凍結スソージ》から殺される者は、不幸だ。


 戻って来て袋小路の入り口を見れば、イッサが入り口で背を向けていた。


「……ジェリア、キフト、ヌーカ、フツラ……、トウサン、カアサン、ネエサン、ヒジカサン、ダリクオバサン、ゲンサン、ユマル、ラレオ、……」


 聞こえるのは、呪詛のようにタマソン村の人々の名を呼ぶソージの声。いや、ソージの《並列意思》である《豪雨ノ時憎悪デ凍結セシソージ》の声だ。


「ヒジカガ何ヲシマシタカ? ミンナガ何ヲシマシタカ? ヒジカ二何ヲシマシタカ? ミンナニ何ヲシマシタカ? 善良デイルコトガ罪デスカ? 生キルコトガ、罪デスカ?」


 ソージの呪詛は続く。三人の叫び声は聞こえない。鼻と手足以外は、氷漬けにされているのだ。辛うじて息ができ、むき出しにされた手足を細かく切られていく。タマソン村に兵を差し向けた貴族と、同じ末路だった。あの貴族を殺したのも、このソージだ。


 氷漬けにされたまま、苦しんでいるのに目も表情も動かせない。残る二人は、次に細切れにされるのを待つ。


 イッサの後ろ姿は、震えている。かわいがっていた村の子どもが、人を細かく刻みながら死んだ村の人の名前を呼ぶのはどれほど辛いものか。


「……代わろうか?」


 イッサからは短く、否定の言葉が返ってくる。自分が見届けるべきとでも、思っているのだろう。


「なぁ。俺も《並列意思》の時は、あんななのか?」


 イッサも僕も、ソージと同じように憎悪を受け持つ《並列意思》を持っている。あの兄のようなヒジカ・トージスとタマソン村の人々が殺された憎しみは、子どもの僕たちはまともに受け止められなかった。


 その結果、その《並列意思》が表に出ると、憎悪を晴らすためだけに行動してしまう。僕は《我》で慣れているから、自分である程度切り替えられるが、二人は恨みを晴らすか気絶させなければ戻れない。そして、ストレスが溜まり過ぎれば勝手に表に出てしまう。


 それぞれの《並列意思》には遠慮もなければブレーキも無い。だから戦闘力は跳ね上がるし、ソージも普段使えないはずの氷結魔法のようなものを使えるようになる。しかし、加減も調整も出来ない。相手を苦しめるためだけに、部位を限定して凍らせたりはするようだが。


「イッサは、一瞬で爆発するから違うよ。ただ僕と同じように、周りを巻き込んじゃうから気を付けて」


《豪雨ノ時憎悪デ凍結セシソージ》は、あの時と同じように泣きながら笑っている。幸か不幸か、二人とも別の意志で行動している時の記憶はない。イッサはともかく、ソージには一生言うことはないだろう。


「……そうか」


 短く応えて、またイッサはソージと三人を見る。長く続くことでイッサが苦しむのなら、早く終わってほしいと思いながら、僕はイッサに背を預けて周囲に《威圧LV3》を発する。


 悲しみなのか、怒りなのかわからない。歯を噛みしめて力が入ってしまい、唇が切れて血が顎を流れた。


 感情が入ったまま続けていたからか、《威圧LV4》に上がった。



    ―善悪の天秤が揺れています―



 正直、面倒になってきた。


 クズの相手をこれからも続けるのだろうか。それならいっそ、見せしめに虐殺でもしていく方が手っ取り早いかもしれない。


 僕より強い人族もいるだろう。ただ、山中にでも隠れて時折王都で人族を時折虐殺し、亜人の待遇を変える要求を出し続けてまた山に隠れることぐらい、出来そうだ。


 それぐらいなら出来るだろうし、自分が殺されるかもしれないと思えばクズといえど、愚かで暇な真似はしないだろう。




ツキノヨルオロチノチニクルフイオリ的なことがしたかったのです。

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