お買い物
「……切ないね」
何か言いました? と聞くソージに、
「うるさいムッツリ思春期狐」
と冷たく言い返す。
「ひどくないです!?」
騒ぐ思春期狐を無視して、クエストを眺める。
酒場と併設されたギルドの雰囲気は、好きだ。昨日冒険者が減ったこともあり、不快な騒がしさがない。無事だった冒険者たちも、僕らを避けている。
簡単な造りの木のテーブルや階段、壁にいたるまで味がある。
掲示板に《荒野狼》の討伐クエストがある。ちょうどE級のようだ。
「イッサ。これ、どう思う?」
いいんじゃないか? と同意したのを聞いて、すでに受付業務に就いているヒナに相談した。
「……ま、いいと思うわ。《ポーション》を持っていくのをお勧めするけど」
「《魔狼》や《森狼》と、あまり変わらないでしょ?」
「行動パターンはね。ただステータスは高いから、気を付けて」
「わかった? ソージ」
ソージは頭をガシガシとかく。
「わかりましたよ。さっさとアンタに並べるよう、精々頑張るとします」
僕は微笑んで、ヒナからメモを受け取って三人でギルドを出た。
「それが、朝飯の時言ってた店のリストか?」
後ろから顔を出すイッサに、そうだよと応える。とりあえず時間が惜しいし、今は一番近い『ガネーシャ』に向かっている。
「しっかし、相変わらず周りの奴らの目は気に入りませんね」
ソージが周囲を睨む。軽蔑の目を向けたりニヤニヤと嫌な笑いをしたり、勝手に怯えたりと様々だが、どれも悪意に満ちている。
「無視しなよ? どうせどれも僕が片手で潰せるような雑魚ばっかりだから」
周りに聞こえるように僕が言うと、怒鳴り声を上げる奴もいる。それもイッサが睨めば目を逸らす。
「この程度の奴らだ。気にかける価値もない」
イッサは荒立てないように、小声でソージだけに話しかける。
「……わかっちゃいるんですけど」
冒険者を十数人潰したことが知られている僕や、巨体のイッサと違い、舐められることも気に入らないのだろう。ソージが不安定にならないよう気にかけるが、いっそ発散させてやりたい気持ちにもなる。
「あの《聖女》みたいな人間もいる。人族全員が、悪い奴らってわけじゃない」
「わかってますよ、それも」
タマソン村から王都への道中で出会ったあの《聖女》の記憶は、辛い記憶も付いてくる。出来るだけ思い出したくはないが、それでも確かに僕達の歯止めになっている。
「着いたよ。ここみたいだ」
大きい店だった。さすがは王都、というような。前世の知識の、百貨店の一階を思い出す。
立派な扉をくぐると、威圧するような堅苦しさだった。従業員たちは制服を一片も乱さず、きびきびと働いている。
――あんまり印象よくないなぁ。
さっさと《ポーション》を買って出ようかと思ったが、田舎者のイッサとソージははしゃいでいた。大きいお店が珍しいのだろう。
「イッサさん! ヒジカ! 色んなものがいっぱい置いてますよ!」
普段僕をアンタと呼んでいるのに『ヒジカ』と呼んでしまうほど、我を忘れているようだ。
子どもらしい思いをさせていないので、たまにはいいかと思って商品を眺めていたが、
「……ちょっと! 何なんですか!」
目を離してすぐ、ソージが店員と言い合いになっていた。イッサが側にいくが、収集はつかないようだ。
やれやれと思いながら僕も近寄ると、きっちりと黒髪を七三に分けた若い男が僕に向き直る。
「亜人の勇者様ですね。どうか、あなたのお連れに言い聞かせてくださいまし」
褐色と白髪の特徴で、僕はもう知られているのだろう。厭なわきまえ方をしているようだった。
亜人、にイントネーションを置いた店員は、慇懃無礼な態度で頭をわずかに下げる。
「……状況が読めないんだけど?」
「失礼。当店では、薄汚い亜人には、商品から2メートル以上距離を置いていただいています。それが知能の低いお連れの方には理解できないようでして」
失礼と言いながら、失礼な物言いを続ける従業員の目は、完全に侮蔑の色を湛えている。顎を上げて見下し、とっとと出ていけという副音声さえ聞こえてきそうだ。
「ふぅん? それは君個人の判断なの? 店の方針? 君がそこまでの立場には見えないんだけど?」
腸が煮えくり返るが、笑顔で応対する。立場を低く見られたからか、若い男には苛立ちが混じる。
「チッ。私は今の時間帯の従業員リーダーだ! 今は私の意見が当ツールショップの方針となる!」
何だ。ただのバイトリーダーか。ツールショップって、道具屋でいいじゃん。
「ふぅん? 僕はギルドの紹介でここに来ているんだけど、君の浅慮な言動で店の看板を汚すとは考えられないほど、知能が低いわけ?」
「ハッ! 笑わせる。亜人に物を売ることこそ、当店の評判を落とす! あそこは薄汚い亜人にさえ物を売る必死な店となぁ!」
ソージが悔しさで震えている。何だかんだ大人のイッサは、悔しさを表情に出さずただ拳を握っている。
「そうなんだぁ。じゃあ亜人の僕たちに、物を売る気はないってことね?」
「流石は亜人! 理解が遅い! わかったならさっさと出て行くがいい!」
大きく腕を振って、高笑いしている。七三分けの男は心から楽しそうだ。周囲の従業員を見ると、反応は半々といったところだ。
「そっかそっかぁ。ちなみに、君は何でそこまで亜人のことを嫌うの? 親でも殺された?」
「ふん! 亜人などに殺されるものか! 貴様らの先祖は動物とまぐわったのだろう? そんな薄汚い種族の近くで空気を吸うことすら汚らわしいわ!」
そういう説があることは、聞いていた。馬鹿げた上に下卑た妄想だ。前世の知識でも染色体の関係でなりようはないし、この世界でさえ否定されている説だ。
ソージの方から冷気が漂ってきた。イッサからも怒気を感じる。先祖のことを悪く言われれば、誰だってそうだろう。
「……なるほどねぇ。ちなみに、君が一番嫌いな動物ってなぁに?」
男は面倒くさそうに豚と答えてくれた。見下す目に、一瞬開いた第三の目を向ける。
《夢幻の邪眼LV4》《魅了の邪眼LV6》
《身体操作》《感情操作》
「ありがとう。参考になったよ」
最後の笑顔を見せて、男から離れる。
「……ぁ、あぁ、あ!」
男は虚空を見上げている。もう現実は見えていないだろう。
「下卑た妄想が好きなら、存分に見ればいいよ」
背を向ける。背後から戸惑ったような声の後、気、きボじぃぃいい♡ と、情けない声が上がる。
喘ぐ男を放置して、店の豪華な扉から退店した。
「はぁ……。先が思いやられるよ」
店を出ると、無駄にどっと疲れた。
「痛い目くらい、見せてやってもよかったんじゃないですか?」
ソージは不満気に、下を向いている。
「《邪眼》使ってただろ? どんな夢を見せたんだ?」
気持ち悪い声を出していたが、と聞いてきたイッサに教える。
「あぁいう思想の人だったから、豚に迫られて犯される夢を見てもらってるよ。雌の豚に前で気持ちよくなりながら、雄の豚にも後ろから気持ちよくさせてもらってる素敵な夢」
《身体操作》で勝手に体は反応し《感情操作》で豚に強く欲情する。豚の瞳から《魅了の邪眼LV6》をかけられ、どうしようもなく惹かれる。よほど強靭な精神でなければ、抗えない快感を味わっているだろう。
「「Oh……」」
二人は絶句して、ソージは想像したのか吐きそうな表情をした。
「視覚的な気持ち悪さはともかく、下半身は全力で快感を感じさせる夢にしといた。今頃ドバドバ夢精して、これからは豚しか抱けずに豚に抱かれたがるんじゃないかな?」
「……地獄じゃないですか」
ソージはいよいよ気持ち悪くなって、路地裏に入って吐いた。思春期の想像力は諸刃の剣だ。
「《ポーション》は要るだろうし、気持ちよく買わせてくれる店を探すのは必要だ。いつかやらなきゃなら、今やろうぜ」
そう言ってくれるイッサの言葉に従い、三人で肩を落とし、重い足取りの中二軒目に向かった。




