失恋
ハジメ・サイトの朝は早い。ギルドが開くとすぐに入る。
三年前の、十二歳の誕生日。冒険者ギルドへの所属が認められる年齢になると、すぐに冒険者登録をした。それ自体は珍しくないが、多くは実力不足で武道場や魔法学校、冒険者養成校へ入って鍛えなおすか、冒険者自体を諦める。
三年でそのままBランクまで昇格するのは、異例だった。十五歳になって初めて《鑑定》を受けると《天才(武)》や《剣才》等の上級剣技スキルが判明し、みなが納得することになった。
――A級昇格は、もう少し時間がかかるな。
ギルドへの道を歩きながら、一人思う。B級ともなれば、誰からも下にも置かない扱いを受ける。実質一人でB級クエストをこなし続けるハジメは、自他共にA級冒険者並みの実力と認められている。
実際、A級冒険者でも一対一の戦闘でハジメに勝てる者は少ないだろう。
通りを歩けば道を譲られ、冒険者からは挨拶を受けるが無視して通る。人嫌いであるとも有名だ。
それでなくとも、物理防御と魔法防御の双方が高い《武双黒衣》と右腰の日本刀《鬼神丸》を装備した、凛とした姿勢の高身長オールバックの三白眼を見れば、誰もが道を譲る。
毎日クエストを続け、装備とクエストの準備だけに全ての報酬を費やすハジメだからこそ、A級さえも羨む装備を着こなしている。
身なりに気を遣い、背筋を伸ばした堂々たる伊達男のハジメに色目を使う女も多いが、
「失せろ」
と糸目を若干開けて睨まれれば、二度と近寄れない。少なくない数の女性がそれでさらに夢中になり、遠巻きに見ているのだが。
ギルドの前へと早々と到着した。そのハジメの正面から、目立つ四人が歩いてきている。
身長三メートル近い巨体のゴリラ亜人。
その半分ちょっとの身長の金糸の狐耳美少年。
それより小さい褐色肌で白髪の、あどけない顔立ちの少年。
その褐色の少年の腕を抱き、歩きにくくさせている銀髪の爆乳眼鏡美人。
というかヒナと、昨日見た亜人の勇者とその一行だった。
「あら? ハジメくん、いつも早いわねぇ」
「……あぁ」
いつもより段違いに気さくなヒナに、いつも通りハジメはそっけなく返す。
「昨日はどうも」
亜人の勇者が、ヒナに腕を抱かれて動きにくそうに頭を下げる。
「あ、あぁ」
巨大な亜人と小さな亜人は、不思議そうな目でハジメを見ている。
「今日もクエストを受注に?」
「お、あぁ。準備してからギルドに向かう。よろしく頼む」
嘘だった。今日の準備はすでに、昨日終えている。
こちらこそーと返してギルドに入ろうとするヒナ達の背に、
「待て」
と声をかけてしまう。
振り向かれて、逆に戸惑った。今まで受けたどんなクエストよりも緊張し、どんな苦境よりも絶望した心境で、何とか声を振り絞った。
「ずいぶん……、勇者と仲が良いんだな」
ヒナはきょとんとした顔をした。やはり、美人なのにかわいらしさがある。そう思いながら口が開くのを待った。
「あたし、ヒジカの女になったの」
かわいい口から告げられた言葉に、絶句した。生来の無表情と無口で、何とか取り繕おうとする。
「そうか……。幸せに」
そう言って、背を向けることで精一杯だった。ヒナや勇者、その仲間がどんな顔をしていたかも見ることは出来ない。
足早に細い路地裏を目指し、人目から離れると、ハジメは膝から崩れ落ちた。苦み走った男前の顔が情けなく、思いっきり歪んでいる。
「ふぐっ、ぐっ、うぅ……! ぅううう!」
立っていられなかった。四つん這いになって、拳を握って地を叩いた。涙が止めどなく溢れ、地を濡らす。何度も叩いた右手からは、血が出ていた。
「ぅう! ぅううううううう、好ぎだっだどにぃ……!」
ハジメがギルドに登録した頃、ヒナはギルド職員の新人だった。人嫌いで有名ではあるが、実際はただのコミュ障のハジメが唯一話せる女性が、ヒナだった。
事務的に話すヒナが、昇格の度に笑顔で、おめでとうございますと言ってくれた。怪我した時には気遣ってくれた。その繰り返しで、事務的な内容から徐々に世間話も少しずつ出来るようになった。
口説かれることが多く、そういう手合いにうんざりしているヒナにとって、淡白な世間話と端的な話の優秀な冒険者ハジメは、悪くない印象のはずだった。
常に手入れして折り目正しい《武装黒衣》の膝が汚れるのも気にせず、声を押し殺して泣いた。
「Aぎゅうに、昇がくじだら……、告白しよぐどおぼっで! だのに……!」
涙も後悔も止めどなく、石畳には涙で出来たシミが大きくなっていく。鼻水まで垂れ流したまま、顔はさらに情けなく歪む。
ヒナとのやり取り、ヒナの笑顔、ヒナのおっぱい。それらを一つ一つ思い出して、涙が溢れ続ける。
完璧な身なりでいつも凛とした姿勢、鋭い眼光のハジメが情けなくうずくまっている姿は、しばらく続いた。熟練の《隠密》の効果もあり、幸いにも誰にも見られることはなかった。
十五歳の老け顔童貞少年の三年をかけた恋が、思い人には知られず終わった。




