第3話 枯れた心
「ねぇ、あなた。もうあの子を出してあげてもいいんじゃない?」
眩しいくらいに光が溢れるリビングで浅野明美が、何回目か分からないほど聞いた質問をする。
「それはダメだ」
短く、静かに浅野拓也は言う。
「……あれから、何年経ったと思ってるのよ。もう限界でしよ?」
「君は美空と空のことを忘れたのか?それに、今更後戻りなんてできないんだぞ。」
明美は眩しい空に視線を向けて、昔の賑やかだった頃を思い出す。
「ねぇ、やっぱり──」
「ダメだっ!君も共犯だろう!もしこんなことが公になれば、今度は私たちがアイツと同じ目に遭うんだぞ!」
「私はあいつらの分まで空を見て、伝えなきゃならない。それが、私に残された最後の仕事なんだ。」
拓也は空を見上げて、誰かを思い浮かべていた。
雲ひとつない空がまるで自分の心の中を表している気がして、私は小さくため息をつく。
最近の会話はこんな話ばかりだ。もう、この話も限界に近いところまで来ていると雪子は感じていた。
結婚当時はよく日課の家庭菜園をしていたが、最近はまったく手につかない。ビニールハウスだって数年前から一度も手入れされていない。
以前は賑やかだった畑も、すっかり寂しくなってしまった。
枯れた畑が自分の心と重なる
──「雨」が降っても何も生まれない
あの時、あの子に一声でも声をかけられていたなら、何かが違っていたのかもしれない。
明美は昔の選択は間違っていたと後悔した。
◆◆◆
「おい、あそこにあるボール取ってこいよ」
「痛いよっ!足で蹴らないで!」
「何やってるのソラ?リクをそんなにいじめたら可哀想じゃない?」
「外でやったらこっちが目をつけられるんだ。家の中でくらいたっぷりいじめてやらないと退屈で仕方ないだろ。」
「リクに何を期待したって無駄なんだから、ほっとけばいいのに。相手にやり返すことさえできない木偶の坊をいじめて楽しい?」
こんな記憶はない
誰も僕を蹴ったりしないはずだ
「ミクが言えたことじゃないだろ、裏でリクの顔叩いて遊んでるクセに」
「なんのこと?リクが勝手に転んだだけでしょ」
頬が痛い
赤く腫れてかゆい
「ミク、ソラ、何してるんだ?」
「あ、お父さん。今リクと遊んでたところ」
「そうか、もう少しで夕食の時間だから日が沈む前に家の中に入るんだぞ」
「うん」
「わかってる」
地面に倒れた僕と、僕を囲んでいるミクとソラ
父さんは僕を見て──何も言わずに家の中に帰って行った。
自分の子供に向けるような視線ではない、落胆した目をしていた。
「ミク、俺たちもそろそろ帰ろう」
「そうね」
「待って、足が痛くて歩けないんだ」
「何言ってんのお前?」
「本当の兄弟でもないくせに、家族ヅラしないで気持ち悪い。」
遊んだら片付けないでそこら辺に転がっている僕。足が痛くて背中が痛くて頬が痛くても誰にも気にされず、傷だらけでもひどく扱われる僕。
──おもちゃの人形みたい
誰が言った? 誰がそうした?
僕はただの子供で、ただ、一心に愛されたかっただけだけなんだ。
自分で考えても仕方ない、みんながそう言うなら、そうなんだろう。
僕は……人形だ
人形が一つしかないなんて寂しいじゃないか?
僕は人形だった。
ただ一つの欠点を除いて。
その人形は異様なほど、人間によく似ていた。




