これにて終幕?
「あー、今日もなんだか平和な一日になりそうだ」
あの一件以来、王国は実に平和だった。
結局、魔王は僕の一撃によって倒れて、そのまま起き上がることはなかった。ホールの中は大歓声、歌えや踊れやの大騒ぎとなった。
魔王討伐のギャランティはとんでもなかった。僕がこれまでせっせと働いて稼いだお金がバカみたいな金額だった。
もうこんなにもらえるのなら、定期的に魔王に来て欲しいぐらいだ。いや、ホントに。
そのへんの地味に凶暴なモンスターを倒すより、魔王と戦ったほうがコストパフォーマンスがいい。
なんてことをこの国で一番高いところに建てられた豪邸のテラスで考える。降り注ぐ光が眩しい。
眼下に見える街並みは至って平和そのもの、この間の事件なんてなかったかのようだ。
「そういえば……なーんか忘れている気がするんだけど。うーん、気のせいかな」
ここ最近、あの魔王襲来事件に関係したことで何かを忘れているような気がするのだ。でもそれがなんだったのか、未だに思い出せない。
「まぁ、僕が思い出せないってことは大したことではないってことだな。それならいいや、今日も遊びに行こーっと」
お金もあるし、やることもないので今日もお城に行くことにする。お城のメイドの中から選び抜いて、僕のとこに就いてもらったお気に入りのメイドに声をかける。
「ちょっとお城に行ってくる。暗くなる前には帰ってくるよ」
「わかりました、いってらっしゃいませ」
「ちょっと、ここではメイドもかしこまらない約束でしょ? もっとフランクに頼むよ、僕もその方がやりやすいし」
「……そ、そうでしたね。えっと、いってらっしゃい」
この家でたった一人のメイド。未だにボタンをかけ間違えているそのメイドは笑って手を振っていた。
「今日は何して遊ぼうかなー?」
■ □ ■
結局、俺は本当のことを告げられないままあの国を出てきてしまった。でもきっとお姫様が気付くであろう形で真実を置いてきた。
気付いたときどういう反応をするのか、それはすごく気になるが、それ以上にとても怖かった。
だから真実は告げるけど、その反応を目の当たりにしないでいられる方法をとってしまったのだ。我ながら最後まで本当に狡い。
でも正直なところ、俺の心は満ち足りていた。最後はお姫様の笑顔を見納めて、あの地を出ることができたから。
もうこれで過去とは決別できただろう。二度と幻聴のようなものも聞くことはないはずだ。
ところで、今俺は魔界へ帰っている真っ最中なのだが、どういう顔をして帰ればいいのかわからない。
魔王様が死に、私だけがのうのうと帰ってきた事実をどう伝えればいいのか、見当もつかない。どう転んでも処罰は免れないだろう。
「まぁ、もともと死ぬつもりだったんだし、どこで死ぬかが変わるだけだ」
そのくらいに考えていても問題ないだろう。そのくらいに今の俺の心は晴れ晴れとしているのだ。
そういえば、あの国も最後は晴れ晴れとしていたな。雲一つない空が青く澄み渡っていたのを覚えている。
魔界ではそうもいかない。いつだってどんよりとした黒い雲が世界全体を覆っている。俺はそれが嫌いではなかったが、あの青空を見てしまったから気が変わってしまったかもしれない。
振り返ると、そこにはここからでも青く色付いているのが分かる、俺がついさっきまでいた国が見える。
本当に、美しい国だと思う。
「青の国の民よ、本当に申し訳ないことをしたな。もう二度と襲撃することはない、安心してくれ」
さぁ、帰ろう。俺の世界へ。考えていたってどうしようもない。なるようにしかならないのだ。
ではお姫様、どうかお元気で――。
■ □ ■
「お父様、どうか安らかにお眠りください」
お父様のお墓に祈りを捧げて、私はその場を後にする。洋服の胸元に挟んでいた、一枚の紙切れを取り出してまた読む。これで何度目だろうか。何度も何度も読んではしまって、読んではしまってを繰り返している。
そこには丁寧な字で【黙っていて申し訳ない。私は隊長ではなく、魔界の者なのだ。お父上の死をどうか悲しまないで欲しい。あなたにはいつまでも、笑っていて欲しい】と書かれていた。
その隊長さんは、気が付くといなくなってしまっていた。私の目が覚めたのはメイドの腕の中で、城の廊下で倒れているところに駆けつけてくれたらしい。目が覚めて、だんだんと記憶の整理が追いついてきた時に、私を突然現れた黒い衝撃から守ってくれた存在を思い出した。
思い出せたことが嬉しくて、笑顔で辺りを見回した。でももう彼の姿はどこにも見当たらなかった。必死で彼の説明をしたけど、メイド達は酷くショックを受けたのだろうなどと言って、話を聞いてくれなかった。
「魔界の者……」
私はその一文が気になっていた。魔王はホールにいて、勇者が倒したのだから彼が魔王でないのは明らかだった。では彼は一体誰なのか。
お父様の死を知っていることから、この手紙が嘘や偽のものだとは考えにくい。お父様の死が公になったのは城の整理を始めてからだ。
魔界の者だったのなら、どうして私を殺めなかったのでしょうか? どうしてあんなに暖かい腕の中で包んでくれたのでしょうか? どうしてあんなにもの悲しげな表情をしていたのでしょうか?
疑問は尽きなかった。
何を隠そう、最後の一撃から身を挺して守ってくれたのはあの隊長さん本人なのです。誰がなんと言おうとそれは事実で、私がこの目で見た真実です。
「いつかまた、会えるのでしょうか?」
私は空を見上げていた。空は青く澄み渡っていた。降り注ぐ光が眩しくて、思わず手で光を遮ろうとした。でも必死に我慢して、それでも空を見続けていた。
――目を焼くような光の中に、彼の姿が見えるような気がして。
■ □ ■
城の中は大混乱だった。騒ぎの後片付けや、唯一の死者となってしまった王様の後継なんかも急いで取り決めなければいけなかった。
ところで、お姫様は王様の死を勇者に化けた魔王の仕業と信じており、そこに疑いの余地は持っていない。
でも城のホールにいた面々は魔王のこんな言葉を聞いているのだ。
「目的外の殺人はしないつもりだったし、現にこの国に入ってから誰一人殺さなかった」
あんな切迫した場面で、こんな大嘘をつくなんて誰も思わない。ということは、あの魔王の言葉は真実だったということになる。
魔王は誰も殺していない、でも王様は死んでしまっている。ここでホールにいた面々は事態が落ち着いた今こんなことを思う。
「あれ、じゃあ王様を殺したのは一体誰?」
お姫様は、自分が見た一部始終をまだ誰にも言っていない。
悲惨な事実の理解者を一人でも増やすために公開するのか。はたまた無残な死を態々明らかにする気はなく、自分だけの秘密にするのか。
この国の勇者がこのまま極楽に暮らせるのか、はたまた一転、国民から殺意の対象と見られるのか。
それはまだ分からない、もうすこし先のお話――。
勇者の僕が魔王と間違えて王様を殺っちゃったお話
は、これにて完結です。
この話が発端となり、物語が動き出します。
シリーズの方もよろしくお願いします。




