揺らぐ思いと決断
もうダメだ。私のせいで魔王の侵略は食い止められない。私があの時わがままなことなんて考えないで隊長さんに協力してもらっていたら、こんなことにはならなかった。私がもっとしっかり魔王の動きを観察していれば、見失わずに済んだかもしれなかった。すべてが、私のせい。
お父様を守ろうとして、お父様の仇討ちがしたくて、そんなわがままを通していたら、いつの間にかお父様を失い、お父様の愛した民をも失ってしまう。
もう私の頭の中は、後悔と贖罪と懺悔しかなかった。まともにものを考えられず、ただただ泣き喚いて走っていた。
そんな時、もう何年も人に会っていないかのような気分の時に、目の前に人影が見えた。
最初は涙でボヤけて、幻覚かなにかだと思った。でも違った。
だって、声が聞こえてきたから。
「お姫様ァッ!?」
もう泣くしかなかった。泣いているけど、泣くしかなかった。
魔王が化けているかもしれないのに、そんなわけないと心がそう言っていた。脳がそう告げていた。体がそう叫んでいた。
私が何も考えずにその腕の中に飛び込んだとき、もし鋭利な爪で喉元をかき切られていたら、私の人生はどうしようもなくついていなかったんだとそう納得できるくらいに安心して私は跳びついた。そして私は喉元をかき切られることもなく、首の骨を折られる事もなく、はたまた高エネルギー弾を浴びることもなく、抱きしめてもらえたのだった。
「隊長さあぁああぁあああぁああああんんんッ!!」
「お姫様、どうしてここに!?」
「あのっ、あの、私のせいで、ひぐっ、みんなが、えぐっ、魔王ッ、に、うっ」
「お、落ち着いて!! 大丈夫ですから」
なんだか今日初めてまともに話したはずなのに、その腕の中はとても暖かくて、その言葉の一つ一つがすごく心に染みていった。
「私、ずっと魔王を追っていて、でも、見失っちゃって、ホントは隊長さんに協力してもらおうと思ったんだけど、勝手なわがままで自分ひとりで解決しようとして、もうどうしたらいいかわからなくなって、このままじゃあみんなが……」
「お姫様……」
私の思った言葉の数々をただ書きなぐったような文章を聞いて、隊長さんはすこし困っていた。もの悲しげな表情で、何かを悩んでいた。そして、
「お姫様、もう魔王はこの世界にはいません。殺されたのです。だからそんなに悲しまなくてもいいのですよ」
「え、そ、そうなのですか!? どうして、そんなこと……まさか、隊長さんが?」
「いえ、私ではありません。ですが、もうこの世界にいないのは事実です。変えようのない事実なのです……だから、もう大丈夫ですよ」
その言葉は、どこか悲しげだった。私は半信半疑な気持ちの片隅で、隊長さんのその表情に何か引っ掛かりを感じた。
魔王はもうこの世界にはいないということ、それはなんとなく理解が追いついて事実を受け止められてきていた。
でも隊長さんの物憂げな表情に、私は戸惑いを隠せなかった。どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?
やがて、少し時が経って、隊長さんは私のことをしっかりと見つめて告げた。
「あの、お姫様……落ち着いたところに申し訳ないのですが、私はあなたに言わなければいけないことがあるのです」
■ □ ■
それが良いことなのか悪いことなのか、俺にはよく分からなかった。
このお姫様に対して、優しい態度で接していいのか。
普通はダメだ。ダメに決まっている。なにせ、彼女らは魔王を討たんとしている者たちなのだから。俺は魔王様と共に戦うためにここに来たのだ、魔王様の力になるためにここに来たのだ。
でも、今俺は分からなくなってしまっている。
魔王様無き今、俺はどうあるべきなのか。
きっと、何事もなく魔界の者として振る舞うのが正解なのだろう。だけど、俺にはもうできなかった。
目の前で泣く女性の涙が、まともにお別れを告げられずに二度と会えなくなってしまった【ある女性】と重なってしまったんだ。
彼女の涙を止められるのなら、もう俺はなんだってしてやろうと、そんなことを思ってしまったのだ。
それは完全なる反逆行為でもある。それは理解の上でもあった。
だから、彼女の涙を止めて、彼女の笑顔を見て、それを最後の宝物にさせてもらって、この命を捧げようと思ったのだ。
最後まで嘘をつき続けることもできるだろう、だが俺はそんなことをしてまでこの命を魔界に持ち帰りたいとは思わなかった。
彼女の笑顔を見て、彼女に真実を告げて、俺は命を絶つ。相当卑怯な勝ち逃げになるが、もうそれでいいと思った。
魔界のみんなには申し訳ないと思っている。魔界を見捨てるに等しい行為、到底許されることではないだろう。
「それでも」
そうまでしても、俺は彼女の笑顔が見たかった。
だから俺は彼女に言ったのだ。
「あの、お姫様……落ち着いたところに申し訳ないのですが、私はあなたに言わなければいけないことがあるのです」
「言わなければ……いけないこと?」
「はい、今まで黙っていて済みません。実は私は、隊長ではな――」
俺が一世一代、最後の言葉を言おうという時に、城が揺れた。見計らったかのようなタイミングに俺はふざけるなと、怒鳴りそうになった。
でもそこで何度も見て憧れた何かがこちらに近づいてきていると悟った。このままでまお姫様も俺もその何かに飲み込まれてしまう。
俺はお姫様の前に出て、咄嗟にデュアルフォークを構える。何が来てもいいようにその衝撃に備える。
そして見えたのは、魔界で何度も見て、聞いて、学んで、憧れた禍々しき闇の衝撃だった。
魔王様だけが使える、唯一無二の一撃。
「――ッ、どうして」
考える暇はなかった。その一撃を完全に御しきることはできず、デュアルフォークを盾にして受け流すのが精一杯だった。間近で何度も見たその一撃が命をも飲み込む勢いで雪崩込んでくる。
ここでやられてしまっては、お姫様も守りきれない。だから俺は死んでも死なずに守りきらなければいけなかった。
そのあとに静寂がやってきたのは、直ぐだったような気もするし、かなりの時間が経った後のような気もした。
結局、お姫様は気を失って、そこで真実を告げることはできなった。
全ては、終わったようだった。
魔王様、最後の一撃は、
「今言うべきではないんじゃないか?」
なんて、そんなことを伝える一撃だったりするんでしょうか?
そんなわけ、ないですよね。




