<幕間:黒衣の巨神伝説 序章>
かつて、前人未到の偉業である世界制覇を成し遂げ……続く世界の礎と成った国が有った。
その名は“グランドリア帝国”
数多の伝説を残した初代皇帝であり……巨神の姫巫女と称された女帝“ドリアテッサ”
彼女と巨神の出会いは波乱に満ちていた。
ドリア姫。
当時から、彼の女性は……姫と、そう呼ばれていた。
何故ならば、すでに名すら記録に残されていない亡国の姫だったからだ。
かつて栄えていたであろう彼の国で政変が有り。
政敵によって王が討たれ、ドリア姫もまた、その凶刃に掛かろうとしていた……。
だが、その時である。
追い詰められ……民を迎望するテラスから身を投げた瞬間。文字通り……救いの手が伸べられた。
死を覚悟した姫を、優しく受け止めたのは“巨神”であった。
巨神と巨人を混同するものも多いが、明らかに“格”が違うので勘違いしてはならない。
巨人は知能も低く。良くて人並であり……大きさもせいぜい10m程度である。
王種と呼ばれる特に大きな種でさえも100mも無い。
だが、巨神は山の様に大きいのだ……まさに巨大なる神としか称せない身の丈なのである。
ドリア姫によれば、当時、巨神の手により国が作られる前。
土台と成る土地を切り開くに当たって、不可侵と言われる程に恐れられた、エスト火山に済む火竜を……意図もたやすく一蹴したに留まらず。
ガルトラン海峡を支配し、海を介した貿易を阻害していた白の悪魔……クラーケンを撃破したのだ。
そうやって……当時、魔獣が跋扈する僻地。
“深魔の樹海”と呼ばれていた未開地を切り開いて、後の首都となる土地をもたらしたのもまた、巨神であった。
いかなる神通力であるか? その仔細は不明だが……彼の巨神は岩山を砕き。難攻不落の壁を創り。
1700年を超える時を経て、過酷な戦火に晒されながらもなお。その輝きを失わない白亜の煌城を築き上げたのだ……。
だが、巨神の偉業はそれだけではない。
今でも各地に、その御業によって築かれたとされる痕跡が残っている。
ライラリス大陸とリケイド大陸を繋ぐ……超・巨大な吊り橋である“海峡大長橋”
リケイド大陸の南北を隔てる大障壁とも呼ばれる山脈……それを一直線に貫いた“大洞窟回廊”
それだけではない。
帝国の繁栄を裏付けた帝都を中心に今も広がる……大規模な塩田や荘園。
大障壁すら利用した治水と、それに伴い作られた水妖の楽園と呼ばれる……真円を描く神造湖。
魔王城跡地とも、瘴気溜まりである魔穴とも呼ばれる呪われた地に……世界樹を植樹して浄化された森妖聖地。
果ては―――
ライラリス大陸を二分する砂海と渓谷の主である……地の神霊獣をねじ伏せ、大陸間鉄道を通し。
大海原である大洋を統べる……海の神霊獣を屈服させ、大航海時代の幕を開き。
遍く天空と星海の覇者である……天の神霊獣を地に落とし、大空を征く空路という可能性を生み出す。
―――などなどが挙げられる。
永い時と戦乱によって、いくつかは遺跡となり果てたが……驚嘆すべきことに、これらのモノの大半は現役なのである。
惜しむらくは、巨神が神の国寄り持ち込んだとされる聖遺物のほぼ全てが、グランドリア帝国崩壊と共に失われた事であろう……。
此度の繁栄の礎として、大いに役立てられた書物は、かろうじて写本の写本といった形で残されているのがせめてもの救いだろうか?
また、上記した神の奇跡は、巨神の御業であると確認されたものを羅列したにすぎない。
記録が無くて未確認のモノや……天に浮かぶ欠けた月は、背伸びした巨人の手がうっかり当たった結果である! ……などと言った眉唾ものの話を含めるならば、神話は1000件を超えるであろう。
如何様に、巨神にまつわる逸話は推挙に事欠かないのである。
それ故に本書に置いては、今と成っては数少ない記録や証言を便りに、限りなく真実に近い巨神の伝説のみを取り扱いたいと思う。
だが、コレはあくまでも限りなく真相に近い姿であって、そのものではない。
巨神の正体は、未だに不明のままである事を留意してもらいたい。
-古典研究卿“アラルド=シュタイン”-