日雇いの勇者たち
ゴルド商会との専属契約を結んでから、わずか数週間。
辺境領の風景は、劇的な変化を遂げていた。
ゴルドの迅速な手配により、帝都から大量の建築資材や食料、そして日用品を積んだ馬車が次々と運び込まれてきたのだ。
「アイン様! ご注文いただいた最高級の木材と石材、確かに納品いたしましたぜ!」
もみ手をしてすり寄ってくるゴルドに、俺は頷いた。
「ああ、ご苦労だったな。さて……これだけあれば十分か」
俺は広場に山積みされた資材の前に立ち、分厚い本を開いた。
現在、この領地が抱えている最大の問題は『宿泊施設』だ。奇跡の魔力温泉の噂を聞きつけて観光客や商人が押し寄せているが、彼らを泊める場所がない。
普通なら、腕のいい大工を集めて数ヶ月がかりで建設するところだが、俺の【世界編纂】ならそのプロセスを大幅にショートカットできる。
「一から物質を創り出すのはインク(魔力)の無駄遣いだが……すでに存在する『素材』の形を書き換えるだけなら、消費はごくわずかで済むからな」
俺は本に記された『資材の山』の項目を開き、羽ペンを走らせた。
【対象:山積みの木材と石材】
・状態:『加工前の素材』を取消し、『三階建ての大型温泉宿(見取り図準拠)』に変更。
書き換えが終わった瞬間。
広場に積まれていた大量の資材が、淡い光に包まれてふわりと宙に浮き上がった。
木材が自動で裁断され、石材が基礎を組み上げ、まるで早送りされた映像のように、釘一本使わずに巨大な建築物が組み上がっていく。
ズズズンッ……!
わずか十数秒後。
そこには、帝都の高級宿すらも霞むような、荘厳で美しい和風建築の『温泉宿』が完成していた。
「ひぃぃっ!? な、なんという神の御業……っ!」
ゴルドが腰を抜かして地面にへたり込む。
「すごいわ、アイン! こんなに立派なお宿が一瞬で建っちゃうなんて!」
リリアが目をキラキラと輝かせながら、俺の腕に抱きついてきた。
「これで観光客をいくらでも呼べるわね! 私、このお宿の『女将』っていうのをやってみたいわ! アインはお客様をおもてなしする私の姿、見たい?」
「いや、次期皇位継承者になんてことさせる気だ。接客はゴルド商会が手配した従業員に任せる」
「え〜っ、アインの意地悪。私の特製おにぎり、メニューに出したかったのに」
頬を膨らませるリリアの頭を軽く撫でながら、俺は完成した宿を見上げた。
これで、領地の経済基盤は盤石なものになる。あとはこの地を狙う野盗や魔物を警戒するだけだ。
・・・
一方その頃。
アインたちがいる辺境領から遠く離れた、北へ向かう街道。
「おい、そこのFランクども! 足が止まってるぞ! さっさと荷車を押さねぇか!」
「ひっ、す、すまねぇッス……!」
商会の現場監督が振り下ろしたムチの音に怯え、泥だらけのバウクが慌てて重い荷車を押し始める。
勇者ガイル、聖女マリア、武闘家バウクの三人は今、ゴルド商会が手配した『辺境行きの輸送隊』の下働き――つまり、日雇い労働者として雇われていた。
迷宮での失態によりFランクに降格され、借金だけが残った彼らは、もはやまともな冒険者の依頼を受けることができなかった。
路頭に迷っていたところ、ガイルが拾ったのが『北の辺境領・急募! 高給保証の荷運び&護衛』というチラシだったのだ。
「クソッ……! なんで勇者である俺様が、こんなドカタ仕事を……っ!」
ガイルは擦り切れた靴でぬかるみを歩きながら、ギリッと歯を食いしばった。
「我慢して、ガイル……。この依頼の報酬さえ貰えれば、また良い装備を買って、迷宮に再挑戦できるわ……」
マリアも、かつての純白の法衣は泥と汗で汚れ、見る影もない。
「しかし、北の辺境って極寒の地ッスよね……? 凍え死なないか心配ッスよ……」
「馬鹿野郎、奇跡の温泉が湧いたとかいう噂があるらしいじゃねぇか。仕事を終えたら、俺たちもその温泉にタダで浸からせてもらおうぜ」
ガイルは荷車の取っ手を握りしめながら、自分たちを追放したアインへの憎悪を燃やしていた。
(アイン……! お前がいなくなったせいで、俺たちはこんな目に遭ってるんだ! 今頃どこかで野垂れ死んでるだろうが、もし生きてたら絶対に許さねぇ……!)
自分の無能さを棚に上げ、すべての責任をアインに押し付けるガイルたち。
過酷な道中を何日も歩き続け、ついに彼らの輸送隊は『北の辺境領』の境界線へと足を踏み入れた。
「……は?」
「なんだこれ……? 極寒の地じゃなかったのかよ……?」
境界の森を抜けた瞬間、ガイルたちは言葉を失った。
そこには、桜舞う常春の陽気と、帝都顔負けの活気に満ちた美しい温泉街が広がっていたのだ。
そして、街の中心にそびえ立つ、巨大で真新しい温泉宿。
その最上階の広々としたバルコニーに、見覚えのある人影があった。
領民たちからの歓声に、穏やかな顔で手を振って応える、黒髪の青年。
その隣には、彼に寄り添うように微笑む、絶世の美しさを持つ銀髪の少女の姿。
「あ……アイン……?」
泥だらけのガイルは、手に持っていた荷物をドサリと落とした。
自分たちがゴミのように捨てた、無能な【書記官】。
彼がなぜ、こんな奇跡のような街の頂点に立っているのか。
「なんであいつが……あんな所に……っ!?」
ガイルの血を吐くような絶叫が、賑やかな温泉街の喧騒にかき消されていった。




