メッキの剥がれた勇者
王都の近郊にある、中級指定の『緑鬼の迷宮』。
ここ数日、下級ゴブリンにすら苦戦を強いられ、冒険者ギルドで笑い者にされていた勇者パーティー『暁の剣』は、名誉挽回のためにこの迷宮へと足を運んでいた。
「見てろよ……! 今日の俺は絶好調だ。あのゴブリンの時の不調は、完全に抜け去ったぜ!」
勇者ガイルは、新調したばかりの銀の剣を構えながら吠えた。
その後ろでは、聖女マリアと武闘家バウク、そしてアインの代わりに新しく加入した天才賢者ロンドが続いている。
「ええ、その意気よガイル! 私たちをバカにした奴らを見返してやりましょう!」
「俺も今日は体が軽いッス! オークの群れなんて、俺の拳で一蹴ッスよ!」
三人はすっかり自信を取り戻していた。
彼らは本気で、先日の大敗は「たまたま体調が悪かっただけ」だと信じ込んでいるのだ。
「……おいおい、本当に大丈夫なのかよ、あんた等」
賢者ロンドが、呆れたように眼鏡を押し上げる。
「俺は高額な報酬と引き換えに『後衛の火力支援』として雇われたんだ。前衛で壁になる役目は、ちゃんと果たしてくれよ」
「フン、天才だか何だか知らないが、俺たちを舐めるなよ」
ガイルが鼻で笑ったその時。
ドス、ドス、ドス……!
通路の奥から、身の丈2メートルを超える巨大なオークが三体、重低音を響かせながら姿を現した。
分厚い筋肉と、丸太のような棍棒を持った中級魔物だ。
「出たな! ロンド、お前は後ろで見てな! 俺の百発百中の必殺剣で、一撃で沈めてやる!」
ガイルは自信満々に地を蹴り、オークの懐へと飛び込んだ。
「喰らえ! 『シャイニング・スラッシュ』!!」
大上段から振り下ろされた必殺の剣撃。
かつてなら、アインの書き換えた『命中率100%』の補正によって、どんなに体勢が崩れていようと必ず敵の急所に吸い込まれていた一撃だ。
しかし。
ブォンッ!
「……あ?」
ガイルの剣は、オークが少し身をねじっただけで、いとも容易く空を切った。
勢い余って地面の硬い石畳を叩き斬り、ガイルの手からビーン! と剣が弾け飛ぶ。
「な、避けられた!? 嘘だろ、俺の剣は絶対に当たるはず……ブベァッ!?」
無防備になったガイルの顔面に、オークの丸太のような裏拳が直撃した。
ガイルは鼻血を撒き散らしながら、ボールのように後方へと吹き飛んでいく。
「ガイルさん!? チィッ、やっぱり俺がやるしかないッスね!」
バウクが両腕をクロスさせ、前に躍り出る。
「来い、オーク! 俺の肉体は鋼より硬い! どんな攻撃もノーダメで弾き返して……」
ドゴォォォォンッ!!
「ギャアアアアァァァァッ!?」
オークの棍棒が直撃した瞬間、バウクの腕の骨が嫌な音を立てて折れ曲がった。
アインが付与していた『致命傷無効』の恩恵を失った彼の肉体は、ただの鍛えただけの人間そのもの。中級魔物のフルスイングを耐えられるはずもない。
「い、痛いッス! 腕が! 肋骨も折れたッス!!」
床を転げ回って号泣するバウク。
「ちょっと、あんた達なにやってるのよ! 全く、私が治してあげるわ!」
マリアが慌てて杖を掲げる。
「大いなる光よ、彼らに癒やしを……『ハイ・ヒール』!!」
温かな光がバウクを包み、折れた腕が繋がっていく。
だが、その直後だった。
「あ、れ……? 息が、苦し……っ」
マリアはバタッと膝をつき、激しい眩暈に襲われてその場に倒れ伏した。
魔力枯渇である。
『魔力消費ゼロ』の設定が解除された今、彼女の本来の魔力容量では、高度な回復魔法を一度使っただけで限界だったのだ。
開始わずか数十秒。
前衛はボコボコにされ、回復役は泡を吹いて気絶している。
「…………は?」
後ろで魔法の詠唱を準備していた賢者ロンドは、あまりの惨状に開いた口が塞がらなかった。
「お前ら、ふざけてるのか!? 中級のオーク相手に、攻撃は外すわ、防御はできないわ、ヒール一回で魔力切れ!? Dランクの素人でももう少しまともに戦うぞ!」
ロンドは舌打ちをすると、即座に強力な炎魔法を放ってオークたちの目を眩ませた。
「俺は降りる! 違約金はしっかり払ってもらうからな、この自称勇者どもが!」
ロンドは倒れた三人を引きずりながら、一目散に迷宮から逃げ出したのだった。
・・・
数時間後。王都の冒険者ギルド、ギルドマスター室。
包帯だらけのガイルたちは、ギルドマスターの屈強な男から、冷酷な宣告を受けていた。
「勇者パーティー『暁の剣』。お前たちの冒険者ランクを、本日付で『S』から『F(最下級)』へと降格する。同時に、国からの特別支援金も打ち切りだ」
「な、納得できねぇ!」
ガイルが血走った目で机を叩く。
「俺たちは呪われてるんだ! じゃなきゃ、あんな素人みたいなミスをするはずがない! 腕利きの神官を呼んで、呪いを解いてくれ!」
「見苦しいぞ、ガイル」
ギルドマスターは冷ややかな目で彼らを見下ろした。
「お前たちが迷宮から逃げ帰った後、すぐに最高位の神官にお前たちの身体を査定させた。結果は『呪いなど一切ない』だ」
「そ、そんなはずは……!」
「神官はこうも言っていたぞ。『この者たちのステータスは、その辺の村人と大差ない』とな」
その言葉に、ガイル、マリア、バウクの三人は息を呑んだ。
信じられない。自分たちは選ばれた天才で、最強の力を天から授かっていたはずだ。
「お前たちがどうやって今まで高難易度の依頼をこなしてきたのかは知らんが……メッキが剥がれた以上、もうギルドの看板は背負わせられん。地道に薬草でも集め直すんだな」
ギルドマスター室から追い出され、三人は夕暮れの裏路地でへたり込んだ。
金もない。名誉もない。新しい仲間にも見捨てられた。
これまで散々他の冒険者を見下してきたせいで、誰一人として助けてくれる者はいない。
「……どうして、急にこんなことに」
マリアがボロボロと涙をこぼす。
「……俺たちの力が落ちたのって……あの時くらいからじゃねぇッスか……?」
バウクが、ふと震える声で呟いた。
「あの時……?」
ガイルの脳裏に、数日前の記憶がフラッシュバックする。
宿屋のスイートルーム。自分たちが、あの無口で地味な【書記官】を追放した、あの夜。
まさか。
いや、そんなはずはない。あいつはただ後ろで帳簿をつけていただけだ。戦闘には一切参加していなかった。
だが、あいつがいなくなってから、魔法のように自分たちの攻撃が当たらなくなり、敵の攻撃が致命傷になり始めたのだとしたら……?
『お前は無能だ。ただの荷物持ち以下の寄生虫なんだよ』
自分が放った言葉が、ブーメランのようにガイルの胸に深く突き刺さる。
「アイン……まさか、お前が……っ!?」
取り返しのつかない大失態を犯したのだという疑念が、遅まきながらついにガイルの心をどす黒く蝕み始めていた。




