リリアン公国
エルフィの爆弾発言から数日後。
俺は執務室のデスクに向かい、山積みになった羊皮紙と格闘していた。
エルフの特使エルフィは、リリアたちによる三日がかりの「物理的・魔法的な説得(という名の防衛戦)」の末、最終的に「アイン様の側室になれるその日まで、この国で特使として働きます!」と謎のポジティブさを発揮し、獣人連邦との連絡役として領地に居座ることになった。
また一人、俺の周りに厄介な女性が増えてしまったが、獣人連邦との強固なパイプができたことは国造りにおいて大きなプラスである。
「アイン様、第一区画の居住エリアの拡張が完了いたしました。これでさらに三千人の受け入れが可能です」
「ああ、ご苦労様ゴルド。次は農業区画への水路の整備だな。エルフィが森のエルフの知恵を貸してくれると言っていたから、設計図の確認を頼む」
「承知いたしました。それから、魔法研究施設の基礎も固まりました。エレイン様が連日、嬉々として魔法障壁の術式を刻んでおります」
ゴルドの報告を聞きながら、俺は公国が着実に形になっていくのを感じていた。
俺の『領民録』で強化された兵士たちは、通常の国とは比べ物にならないほどの作業効率を誇る。
ヴァルガスの大修練場では、毎日怒号と共に精鋭たちが鍛え上げられ、街の防衛力は日増しに高まっていた。
また、セリアの空間隔離スキルのおかげで、他国からの厄介な間者や暗殺者は、街に入る前に「お掃除」されてしまうため、治安も極めて良好だ。
辺境の温泉街だったこの場所は、今や大陸有数の防衛力と生活水準を誇る『国家』へと急成長を遂げつつあった。
「よし、これで今日の書類は終わりか……」
俺が伸びをしようとした、その時だった。
「……終わったの?」
不意に、俺の背後からスッと伸びてきた白い腕が、俺の首に回された。
振り返ると、少しだけ不満げな、それでいてどこか甘えるような表情をしたリリアが立っていた。
「あ、ああ。リリアも特務遊撃隊の訓練、お疲れ様」
「疲れたわ。最近、アインはエルフィやセリアとばかり話してて、私の相手をしてくれないから」
リリアはそう言うと、俺が座っている椅子の隙間に無理やり入り込み、コロンと俺の膝の上に座り込んだ。
彼女の銀髪から、微かに甘く冷たい香りが漂う。
「リ、リリアさん? ちょっと、執務室でそれは……」
「ダメ? 私はアインの正妃なのに?」
彼女は上目遣いで俺を見つめ、俺の胸元に顔をすりすりとおしつけてくる。
おとぎ話の伝説上の【神話クラス】に至った彼女の強大な力とは裏腹に、俺の腕の中に収まるその体は、驚くほど華奢で柔らかかった。
「……ダメじゃないけどさ。誰か来たらどうするんだよ」
「その時は、部屋ごと凍らせて誰も入れないようにするわ。ねえアイン、少しだけ、こうしてていい?」
リリアの瞳に、ほんの少しだけ不安の色が見えた。
彼女はきっと、次から次へと現れる俺の過去の知り合いや、国造りに奔走する俺の姿を見て、どこか置いてけぼりにされるような寂しさを感じていたのだろう。
「……ああ。俺も、リリアの顔をゆっくり見られて嬉しいよ」
俺は彼女の細い腰に手を回し、その銀色の髪を優しく撫でた。
「えへへ……。ねえアイン、私ね、最近魔法のコントロールがすごく上手になったのよ」
リリアは膝の上で嬉しそうに微笑むと、指先に小さな魔力を集めた。
すると、彼女の指先から、キラキラと輝く氷の結晶が舞い散り、執務室の中に小さな星空のような幻想的な空間が生まれた。
「すごいな……。これなら、街の広場に氷のオブジェを作って、夜のライトアップに使えるんじゃないか?」
「本当!? アインがそう言うなら、私、頑張って最高のオブジェを作ってみせるわ! アインへの愛を表現した、すっごく大きくて立派なのを!」
「……いや、大きすぎるのはちょっと恥ずかしいから、程々で頼むよ」
俺が苦笑すると、リリアは「えー、なんでよ」と口を尖らせながらも、嬉しそうに俺の首筋にキスを落とした。
強大な力と、それに見合わないほど純粋で重い愛情。
俺はこの先、国造りの重圧や外敵の脅威よりも、この愛しき正妃の機嫌取りに最も頭を悩ませることになるのかもしれない。
だが、それも悪くない。
俺は彼女の温もりを感じながら、窓の外に広がる、自分たちが築き上げた新しい国――リリアス公国の街並みを、穏やかな気持ちで見下ろしていた。
そんな甘い時間を遮るように、ガチャリと執務室のドアが開いた。
「お兄さん! 一緒に遊ぼ……って、あー! お姉ちゃんズルイ! ワタシもワタシも!」
「……ちょっとシリウス、空気を読みなさいよ。今、夫婦の大事な時間なのよ」
ドタドタと駆け込んできた神話級の幼女シリウスが、俺のもう片方の膝に飛び乗ってくる。
それを引き剥がそうとするリリアと、意地でもしがみつくシリウス。
「あはは……。まあ、賑やかなのは良いことだ」
俺は二人の頭を撫でながら、改めてこの騒がしくも愛おしい日常を守り抜くことを、心に誓うのだった。




