森の記憶
応接室に通された獣人連邦の代表団は、屈強な獣人たちを従えた、深くフードを被った一人の代表者だった。
「リリアス公国・大公アイン殿。急な訪問をお許しいただきたい」
フードの奥から響く声は、不思議な響きを持つ中性的なものだった。
「構わない。魔王討伐後、多くの人間国家が接触してきたが、亜人の代表団は君たちが初めてだ。獣人連邦の目的を聞かせてもらおうか」
俺がそう切り出すと、代表者はフードをゆっくりと脱ぎ捨てた。
現れたのは、鋭い耳と透き通るような緑の髪を持つ、エルフの『青年』だった。その美貌と、彼から放たれる圧倒的な魔力圧に、護衛のクオンが柄に手をかける。
「私の名はエルフィ。獣人連邦の『特使』として参った。……単刀直入に言おう。大公アイン、貴殿に『決闘』を申し込む」
「決闘、だと?」
「そうだ。我ら亜人は、口先だけの外交など信じない。力こそが全て。貴殿が我らと対等に語り合うに足る『強者』であるか、私の魔法で確かめさせてもらう」
エルフィの言葉に、隣にいたリリアが立ち上がりかけたが、俺は手でそれを制した。
「いいだろう。俺の国の流儀を見せてやる」
舞台は、新設された大修練場へと移された。
「行くぞ!」
エルフィが杖を振るうと、大地がうねり、巨大な岩の竜が生成されて俺に襲いかかる。その魔力密度を推察するにおそらく【達人クラス】相当にみえる。
俺は迫り来る岩竜に対し、空中にステータス画面を呼び出した。
【対象:アイン】
・全ステータスを器の限界値まで解放。
『エラー:これ以上の強制改竄は、術者の魔力容量を大幅に超過します』
(……いや、違う)
以前の俺なら、ここで脳が焼き切れるような苦痛が伴った。
だが今は――俺の体の奥底に、まるで巨大な湖のように底知れない魔力が満ちている。
俺のスキルが『領民録』へと進化したことで生じた、もう一つの副産物。
それは、『俺が領民と認め、絆を結んだ人間の数と質に比例して、俺自身の魔力容量の最大値が底上げされる』という現象だった。
リリア、ヴァルガス、エレイン、セリア。
神話や天災クラスに至った仲間たちとの絆が、俺という『器』そのものを規格外に広げているのだ。
さらに、この『領民録』のもう一つの対象。
それは――『俺自身』もまた、リリアス公国の領民(大公)であるという事実だ。
俺は自身のステータスを、インク(魔力)の消費を気にすることなく、一気に引き上げた。
「――【ステータス改竄】」
俺の右拳に極大の魔力を込め、迫り来る岩竜を正面から殴りつける。
ドゴォォォンッ!!
岩竜は粉々に砕け散り、その衝撃波だけでエルフィの体が軽々と吹き飛ばされた。
「きゃあっ……!?」
地面を転がったエルフィから、不意に、高く可愛らしい悲鳴が漏れた。
同時に、彼が身につけていた『性別を偽装する魔道具』が衝撃で砕け、緑の髪がほどけて豊かな双眸が露わになる。
「……えっ、女だったのか?」
俺が驚いていると、エルフィは顔を真っ赤にして起き上がり、震える声で叫んだ。
「や、やっぱりアインなのね……! 昔と全然違うから、一瞬分からなかったわ!」
「昔と違う……?どこかで会ったことあったか…?」
エルフィは立ち上がると、目に涙を浮かべて俺に駆け寄ってきた。
「忘れたの!? 昔、まだアインが駆け出しの冒険者だった頃、ゴブリンの群れに襲われていた私を身を挺して助けてくれたじゃない!」
「……あ」
記憶の糸が繋がる。
俺が冒険者になったばかりの頃、森で迷子になっていたエルフの少女を助けたことがあった。
あの時は俺もまだ弱く、ボロボロになりながら逃げ延びたのだ。
「私、あの時からずっとアインのことが好きだったの……! でも、私が村に戻った後、アインの行方が分からなくなって……」
エルフィは俺の胸に顔を押し当て、ポロポロと涙を流す。
「風の噂で、アインに似た人間が辺境の領主になったって聞いて……! だから私、この国に決闘を申し込んで、力ずくでもアインを私の国に連れ帰ろうとしたのよ!」
「連れ帰るって、国賓としてか?」
「違うわ! 私の『夫』としてよ! 力で勝った方が負けた方の言うことを聞く……それが私たちの流儀だもの!」
エルフィの爆弾発言に、修練場の空気が一瞬で凍りついた。
「ア・イ・ン……?」
観客席から、神話クラスの吹雪を纏ったリリアが、氷の鎌を引きずりながらゆっくりと降りてくる。
その後ろには、面白そうにニヤニヤしているエレナと、空間隔離の準備をしているセリアの姿。
「ま、待てリリア! 違うんだ、これは昔の話で……!」
「また昔の女!? エレナの時もそうだったじゃない! 亜人族までたらし込んでたってこと!?」
「うぅっ……! アイン、この怖いお姉さんたちは誰なの!?」
エルフの特使からの、国境と種族を越えた猛烈な求婚。
建国早々、俺のリリアス公国は、魔族や人間の暗躍よりも先に、俺の女性問題(過去の因縁)によって崩壊の危機を迎えていた。




