姫君の覚醒
リリアス公国の建国と魔王討伐、そして三人の『生ける神話』の存在。
その報せは、周辺諸国に歓喜と同盟の熱狂をもたらした一方で、新たな火種をも生み出していた。
大陸の中央に位置する宗教国家、聖導国ルシエラ。
その薄暗い大聖堂の奥深くで、各国の有力な重鎮たちが円卓を囲み、密談を交わしていた。
「……たった一つの辺境の街に、神話クラスの戦力が三人も集中しているなど、異常にも程がある」
「アルカディアの賢王は奴らと同盟を結んだようだが、我らからすれば『世界のバランスを崩壊させる悪魔の国』に等しい」
重鎮たちの顔には、底知れぬ恐怖と、それを塗り潰そうとする殺意が浮かんでいた。
魔族の脅威は去ったかもしれない。だが、人間にとって最も恐ろしいのは、自分たちを容易く滅ぼし得る『制御不能な圧倒的暴力』が隣に存在することだ。
「真正面から挑めば、かの大国ガルディアとルミナの二の舞になる。だが、国を内側から腐らせる方法はいくらでもある。神の教えに背くあの傲慢な公国に、必ずや鉄槌を下さねばなるまい……」
暗闇の中で、人間たちの陰湿な策謀が静かに蠢き始めていた。
***
そんな他国の暗躍など露知らず、俺たちリリアス公国は、国造りのためのインフラ整備に追われていた。
「よし、この区画の地下水道はこれで開通だな。次は居住区の防衛結界の調整を……」
執務室で図面と睨み合っている俺の横で、「はいっ、アイン様! お茶をお淹れしました!」と元気な声が響いた。
先日、強引に我が国に滞在を決めたレティシア王国の第三王女、セリアである。
「ありがとう、セリア。……でも、本当に君を『侍女』としてこき使っていいのか? 一応、一国のお姫様だろ?」
「構いませんわ! 私はこの国で、アイン様やリリア様のお役に立ちたいのです。それに、私の固有スキルはお掃除にぴったりですし!」
セリアは自慢げに胸を張る。
彼女の固有スキルは『小空間収納』というものだ。
片手で持てる程度の小さな物や、周囲のチリや埃だけを別の小さな空間に隔離するという、極めて限定的な能力である。
王族としては全く使い勝手が悪く、戦闘にも国政にも役立たない「ハズレスキル」として、彼女は自国で肩身の狭い思いをしてきたらしい。
だが、ここでは「執務室の掃除が一瞬で終わる」と無邪気に笑いながら、熱心に働いてくれている。
「……セリア。君は本当に、この国を自分の居場所にする覚悟があるんだな」
「はい! 私はリリアス公国の領民として、生涯大公様にお仕えいたします!」
その真っ直ぐな瞳を見て、俺は決意した。
『領民録』。
俺が領民として認め、相手が強い忠誠を誓っている場合、そのステータスを永久的に限界突破させる力だ。
彼女もまた、この国の大切な一員である。
「セリア。少し、目を閉じててくれ」
俺は空中に指を走らせ、彼女のステータスへとアクセスした。
【対象:セリア(絆:強固な忠誠)】
・全ステータスを『器の限界値』まで永久解放。
「――【ステータス改竄】」
淡い光がセリアの体を包み込む。
その直後、バキィィィンッ!という空間が軋むような音が執務室に響き渡った。
「きゃっ!? な、何ですか今の音……って、あれ?」
セリアが目を開け、不思議そうに自分の両手を見る。
俺は彼女のステータス画面の変化を見て、思わず息を呑んだ。
『小空間収納』だったはずの彼女のスキルが、限界突破によってとんでもないものに進化していたのだ。
【固有スキル進化:『万象隔離』】
・対象の空間そのものを自在に切り取り、絶対防御、転移、虚無への消滅を行える空間干渉の極致。
「……アイン様? なんだか、空気がゼリーみたいに触れるような感覚がするんですけど……」
セリアが指先で軽く空間を撫でた瞬間。
俺の執務デスクの端っこ(木製の頑丈な部分)が、まるで最初から存在しなかったかのように、音もなくスッポリと『消滅』した。
「えっ」
「えっ」
二人で顔を見合わせる。
これは、防御魔法すら貫通して対象の空間ごと削り取る、極めて凶悪な空間制圧能力のようだ。
間違いなく、単体で【天災クラス】に匹敵する恐るべき力だ。
「ア、アイン様! ごめんなさい、私、大事な机を……!」
「いや、気にするな……。それよりセリア、その力があれば、国を覆う結界の修復や、外敵の『排除』すら空間ごと隔離して行えるかもしれない」
「本当ですか!? やったぁ、これでお掃除の効率が何万倍にもなりますわ!」
【天災クラス】の空間消滅能力を「お掃除スキル」として歓喜するお姫様。
ともあれ、この圧倒的な防衛能力は、これからの国造りにおいて規格外の武器になる。
「セリア、今日から君をリリアス公国の『侍女長』に任命する。俺たちの身の回りの世話と、この城に近づく不審者の『お掃除』を頼めるか?」
「はいっ! 侍女長セリア、不敬な害虫は空間ごと綺麗さっぱりゴミ箱に捨ててみせますわ!」
可憐な笑顔で恐ろしい宣言をするセリア。
そこに、バンッ!と勢いよく扉が開かれ、リリアがツカツカと入ってきた。
「アイン! いま凄まじい魔力の変動が……って、なんでセリアから【天災クラス】の魔力が溢れてるの!?」
「あー、その、俺の『領民録』で彼女を強化したら、スキルが凄まじい進化を遂げてな」
「また私以外の女を強化したわね……! いいわ、侍女長だろうが何だろうが、アインの第一の盾は特務遊撃隊長の私だからね!」
「ふふっ、リリア様には負けませんわ。お掃除のついでに、アイン様のお世話も完璧にこなしてみせますから!」
【神話クラス】の妻と【天災クラス】の侍女長が、俺を挟んでバチバチと謎の火花を散らす。俺の胃痛の種がまた一つ増えた瞬間だった。
「アイン様、騒がしいところ申し訳ありません」
そこへ、クオンがいつになく厳しい表情で現れた。
「どうした、クオン」
「新たな使節団が到着しました。……今回は人間ではありません。東方の『獣人連邦』から、亜人族の代表団が直接、国境を越えて接触を図ってきました」
獣人連邦。
人間とは異なる文化と強靭な肉体を持つ、亜人たちの巨大な寄り合い所帯。彼らが直接、大公である俺に会いに来たというのだ。
「魔王を討伐した俺たちの力を見極めに来たか、それとも……」
人間社会の思惑が蠢く中、今度は異なる種族との対話が待ち受けている。
俺たちリリアス公国の国造りは、多種族を巻き込む新たなステージへと突入しようとしていた。




