姫君の来訪
魔王アスタロトの討伐から数日。
リリアス公国には、連日のように周辺諸国からの使者が訪れていた。
その多くは軍事同盟や不可侵条約の締結を求めるものだったが、中には「側室候補」として、直接自国の姫や令嬢を連れてくる強引な国も少なくなかった。
「……というわけで、本日は東方の小国『レティシア王国』から、第三王女のセリア殿下がご到着されました」 クオンが疲れた顔で報告してくる。
「またか……。丁重にお断りして帰ってもらうように手配してくれ。これ以上、リリアの機嫌を損ねたくない」
「それが、今回はそうもいかない事態になっておりまして」
クオンに案内されて応接室へ向かうと、そこには煌びやかなドレスに身を包んだ、可憐な金髪の少女が座っていた。
「初めまして、大公アイン様! レティシア王国第三王女、セリアと申します!」 彼女は俺の顔を見るなり、目を輝かせて立ち上がった。
「セリア王女殿下。遠路はるばるのご足労、痛み入ります。ですが、書状にも記した通り、私には既にリリアという正妃がおりまして――」
「ええ、存じておりますわ! ですから、私は側室でも、いえ、侍女としてでも構いません! どうかこの国に置いてくださいませ!」
セリア王女は俺の手にすがりつき、猛烈な勢いでまくしたて始めた。
「魔王を退けたという大公様の武勇、そしてこの美しく整備された街並み……私、一目で魅了されてしまいましたの! どうか、どうかお願いします!」
あまりの熱意に俺がたじろいでいると、背後から急激な温度低下を感じた。
「……へえ。侍女としてでも、この国に住み着きたいと?」
氷のオーラを纏ったリリアが、腕を組んで冷ややかに見下ろしている。
「あ、貴女が『氷の魔女』リリア様……! お噂通りの美しさですわ!」
セリア王女はリリアの威圧感にも全く怯まず、むしろ尊敬の眼差しを向けていた。
「大公様のお隣に立つ正妃として、貴女以上の適任はおりません! ですから、私に色恋沙汰の期待などしなくて結構です! 私はただ、この素晴らしい国で、大公様とリリア様の偉業を間近で拝見したいだけなのです!」
「えっ……?」
予想外の言葉に、リリアが毒気を抜かれたようにぽかんとする。
「それに、我が国から同行している宮廷鑑定士が、この国の真の価値に気付いてしまったのです」
セリア王女が指差した先では、分厚い眼鏡をかけた初老の男が、窓の外の修練場を見下ろしながらガタガタと震えていた。
「し、信じられん……! あの拳闘士と魔導師、それにあの氷を操る正妃様……! 全員のステータスが、伝承でしか聞いたことのない『神話クラス』の領域に達している……!」
鑑定士の絶叫に、俺は思わず頭を抱えた。
先日、俺のスキル『領民録』によって限界突破したリリア、ヴァルガス、エレインの三人。
彼らのステータスは、人間の枠を完全に超え、神話の領域――つまり、歩く大自然の猛威そのものとして、鑑定士の目には映っているらしい。
「生ける神話が三人も揃っている国……! こんなもの、世界中のどの国が束になっても敵うはずがありません! 大公様、貴方は一体、どのような魔法を使われたのですか!?」
鑑定士の言葉は、瞬く間に使者たちの間で広まってしまった。
魔王を倒しただけでも脅威だったのに、「生ける神話が三人もいる」という事実が他国に知れ渡ってしまった。
これでは、縁談や同盟の申し込みがさらに殺到するのは火を見るより明らかだ。
「……ねえ、アイン」
リリアが俺の袖をクイッと引っ張る。
「どうしたリリア?」
「私にも、何か『役職』をちょうだい」
「役職? 正妃じゃ不満なのか?」
「そうじゃなくて。ヴァルガスやエレインみたいに、私もこの国のために戦う『戦力』としての役職が欲しいの。これだけ色んな国の人が来るなら、私がアインの隣で一番活躍できるってところを、ちゃんと見せつけなきゃ」
リリアのサファイアの瞳には、強い決意が宿っていた。
俺の『領民録』によって底上げされたステータスは、彼女たち自身の器と、俺との絆の結晶だ。
その力を、俺のため、そしてこの国のために使いたいと言ってくれている。
「分かった。それならリリアには、『リリアス公国・特務遊撃隊長』を任せる。国の危機には、誰よりも先陣を切って敵を排除する、最も危険で重要な役目だ」
「ふふっ、任せて。アインを害する敵は、私が全部凍らせてあげるわ」
リリアは満足そうに微笑み、再び俺の腕にギュッと抱きついた。
その様子を見ていたセリア王女が、目を輝かせて拍手をする。
「素晴らしいですわ! 大公様とリリア様のその愛の絆! ぜひ、私にも国造りのお手伝いをさせてくださいませ!」
……こうして、ただの辺境の温泉街だったこの場所は、「生ける神話」を抱える世界最強の独立国家として、そして各国の思惑が交差する外交の中心地として、本格的にその歩みを進めようとしていた。
山積する課題と、増え続ける規格外の仲間たち。 俺の胃痛と、リリアの重すぎる愛を伴いながら。




