神の力(スキル)の代償と、氷の戦乙女の過保護な看病
大地の書き換えが終わった直後、俺の視界がグラリと大きく揺れた。
「アイン!? どうしたの、顔色が真っ青よ!」
咄嗟に倒れ込みそうになった俺の体を、リリアが力強く抱きとめる。華奢な見た目に反して、彼女は帝国最強の竜騎士だ。その腕はびくともしない。
「わるい……ちょっと、インクを使いすぎたみたいだ」 俺は浅い息を吐きながら、手元の分厚い本を閉じた。
俺の固有スキル【世界編纂】は、一見すると何でもありの神がかった能力に思えるかもしれない。だが、当然ながら無尽蔵に使えるわけではない。
対象のステータスや世界の法則を『書き換える』ためには、術者自身の魔力と生命力を『インク』として消費するのだ。 変更する規模が大きく、かつ世界の常識からかけ離れているほど、消費するインクの量は跳ね上がる。
今回のように「死の土地を豊穣の大地に変え、魔力脈まで一から創り出す」といった環境規模の永続的な書き換えは、本来なら命を削りかねない大魔術だ。
勇者パーティーの三人に常時付与していた『命中率100%』や『魔力消費ゼロ』といったデタラメなバフを全解除し、俺のインクの最大容量が空いていなければ、到底不可能な御業だった。
「もう、無茶するんだから……。いくらアインの力が規格外でも、無理はしちゃダメよ。あなたが倒れたら、私は生きていけないんだからね」
リリアは涙目で俺の頬を撫でると、そのまま俺の体をヒョイと持ち上げた。 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「お、おいリリア。自分で歩けるって」
「ダメ。今日は私がつきっきりで看病するね。領主の館のベッドまで運んであげるから、おとなしく私に運ばれてなさい」
豊穣の地へ生まれ変わった領地に歓喜する村人たちが、畏敬の念を込めて道を開ける中、俺は氷の戦乙女に抱き抱えられながら館へと向かう羽目になった。
・・・
一方その頃。 王都の冒険者ギルドでは、信じられない光景が広がっていた。
「痛てててっ……! おいマリア、早く回復魔法をかけろ! ゴブリンの棍棒で腕の骨が折れたぞ!」
「無理よ! さっきからヒールを一回唱えただけで、魔力が底を突いちゃってるの! どうなってるの……私の魔力は無尽蔵だったはずなのに!」
「俺もッス……! ゴブリンの攻撃を避けられなくて、全身ボロボロっスよ……」
泥と血にまみれた勇者ガイル、聖女マリア、武闘家バウクの三人が、ギルドの床にへたり込んでいた。 周囲の冒険者たちは、彼らの惨めな姿をヒソヒソと嘲笑している。
「あれが『暁の剣』か? ただの下級ゴブリンの群れに半殺しにされたらしいぜ」 「おいおい、魔王を倒す勇者様が聞いて呆れるな」
ガイルはギリッと歯を食いしばり、折れ曲がった自慢の聖剣を床に叩きつけた。
「クソッ……! なぜだ!? 俺の剣は百発百中だったはずだ! なのに今日は、三回に一回しか当たらねぇし、ゴブリンの骨に当たっただけで聖剣が刃こぼれしやがった!」
彼らは気づいていない。 自分たちの圧倒的な強さが、すべてアインの【世界編纂】による『補正』のおかげだったということに。 インクの消費を極限まで抑えつつ、彼らが最強でいられるように、アインが裏でどれほど緻密なステータス管理とリソース配分を行っていたのかということに。
「……まさか、アインのやつがパーティーを抜ける時に、俺たちに呪いをかけていったんじゃないか!?」 ガイルが的外れな怒りを爆発させる。
「絶対そうだわ! あの無能、自分がいなくなる腹いせに卑劣な真似を……!」 マリアもそれに同調し、バウクも恨めしげに頷く。
「許さねぇ……! 次あいつを見つけたら、ただじゃおかねぇぞ!」
自分たちの真の実力を「呪いによる弱体化」だと勘違いしたまま、勇者パーティーはさらに没落の道を突き進んでいくことになる。 しかし、彼らがアインの居場所を知る術は、今のところどこにもなかった。
・・・
「はい、アイン。お水飲む? それとも、私が温めたスープのほうがいい?」
「……水でいい。すまないな、リリア」
辺境領の領主の館。 俺はふかふかのベッドに横たわりながら、かいがいしく世話を焼くリリアの顔を眺めていた。
勘違いした勇者たちの無謀な怒りなど知る由もなく。 俺と、少し過保護な幼馴染とのスローライフが、ここから本格的に始まろうとしていた。




