城壁作りの波乱
リリアの『完全監視』の下、俺は直接的なスキルの使用を禁じられたまま、執務室から領地の開拓と施設作りを指示していた。
「まずは防衛の要となる強固な城壁の建設だ。並行して、居住区の整備も進める」
俺が図面を指差しながら指示を出す。
領地の施設作りでは、特に衛生面と治安維持を重視し、各区画に専用のゴミ集積所を設けた。
部外者による不法な持ち去りや漁りを防ぐため、厳格な管理体制も敷いている。
ゴルド商会を通じて大々的に「領民募集」をかけた結果、豊かな土地と安全を求めて、各地から多くの人々が移住を希望して押し寄せていた。
しかし、人が集まれば当然、厄介事も増える。
「アイン様。移住希望者に紛れ込んでいた他国の間者数名を、先ほど拘束しました」
影から現れたクオンが淡々と報告する。
急成長する辺境の領地を探ろうと、各国の間者がこぞって潜入を試みているのだ。
さらに問題なのは、新しく仲間に加わった【天災クラス】の二人である。
「ふんっ! 今日の刺客は少しは骨があるかと思ったが、準備運動にもならねえな!」
「全くですわ。ガルディアとルミナの両国から『デッドオアアライブ』の指名手配を受けたせいで、毎日毎日、暗殺者が鬱陶しいことこの上ないですわね」
窓の外の修練場予定地では、ヴァルガスとエレインが、全身黒ずくめの暗殺者数十人を文字通り赤子を捻るように返り討ちにしていた。
自国を裏切って俺の領地についた二人には、莫大な懸賞金が懸けられているらしい。
「……毎日あんな調子だが、まあ防衛力としては申し分ないか」
俺が苦笑していると、執務室の扉が開き、移住希望者の案内をしていたゴルドが顔を出した。
その後ろに、一人の女性が立っている。
「あら? もしかして……アイン? 嘘、本当にアインなの……?」
その声に振り返ると、そこには冒険者の軽装に身を包んだ、スタイルの良い女性が立っていた。
艶やかな長い髪に、どこか余裕のある大人びた微笑み。
「……エレナ?」
俺は目を丸くした。
彼女は俺の冒険者時代の知り合いで、俺より三つ年上だ。 領民の募集を見て、偶然この街にやってきたらしい。
「ふふっ、領主様になってるなんて聞いて驚いたわ。昔は私に甘えてばかりで、いっつも背伸びしてカッコつけてたのにね。背も……少し高くなった?」
エレナが親しげに距離を詰め、俺の頬にそっと手を伸ばす。
その瞬間、室内の温度が一気に氷点下まで下がった。
「……アイン? そちらの、馴れ馴れしい女性はどなたかしら?」
背後に座るリリアから、絶対零度の冷気が立ち上っている。
「あ、いや! これは違うんだリリア! 彼女は昔の知り合いで……その、駆け出しの頃に、一瞬だけ、本当に一瞬だけ付き合っていた時期があって……!」
俺が慌てて弁解すると、リリアの動きがピタリと止まった。
「つ、付き合って……!? アインと、この人が!?」
「ええ、そうよ。アインの泣き顔とか、照れた時の可愛い癖とか、私いーっぱい知ってるわ。……あなたが今の奥様? 噂通り、可愛らしい方ね」
エレナは全く怯むことなく、大人の余裕たっぷりに微笑み返した。
「ア、アインのことは、妻である私が一番よく知ってます!」
リリアが必死に妻としての威厳を示そうと胸を張るが、エレナは「ふふっ、そうね。これからのアインはあなたに任せるわ」と、まるで妹をあしらうように優雅に微笑むだけ。
自分の知らない『アインの過去』を知り尽くしており、何を言っても大人の余裕で受け流されてしまう。
リリアはペースを乱され、悔しそうにハンカチをギリギリと噛んでいる。
かつてない強敵の出現に、彼女の【英雄クラス】の威厳は完全に空回りしていた。
(……これは、しばらく胃の痛い日々が続きそうだ) 次々とやってくる間者や暗殺者、そして妻と元カノの静かなるバトル。 俺の領地開拓は、かつてない波乱のスタートを切ったのだった。




