新たな開拓の始まり
「アイン。今、スキルを使おうとしたわね?」
「……いや、ただペンを取ろうとしただけで」
「嘘。ステータス画面を開く時の、微妙な魔力の揺らぎを感じたわ。ほら、手を出して」
ピシャリと、俺の手の甲に冷たいおしぼりが乗せられる。
2人の【天災クラス】との死闘(というより自爆)から三日。
無茶なステータス改竄による魔力脈の損傷は癒えつつあるものの、俺の生活は完全に制限されていた。
文字通りの『完全監視』である。
俺のベッドの横にはリリアがパイプ椅子を置いて陣取り、俺が少しでも魔力を練ろうものなら即座に『氷結魔法』で物理的にストップをかけてくるのだ。
「いい? アインの体が完全に元通りになるまで、スキルの使用は一切禁止。書類仕事も私が代筆するから、アインは口だけ動かしていればいいの」
「リリアさん…?俺、もう歩けるし痛いところもないんだけど……」
「ダメ。また隠れて無茶するかもしれないでしょ。トイレに行く時も私がついていくからね」
「それは勘弁してくれ……」
俺が深い溜息をついたその時、執務室のドアがノックされ、クオンとクロエ、そしてゴルド商会の面々が入ってきた。
その後ろからは、瓦礫撤去を終えた『拳皇』ヴァルガスと『絶華』エレインの姿もある。
「よお、領主殿! 顔色が良くなってきたじゃねえか」
「ヴァルガスさん……。その節は色々とご迷惑を」
「気にするな! むしろあの一撃を食らって生きてるお前がすげえよ」
ガハハと笑うヴァルガスに、エレインが呆れた視線を送る。
彼らは宣言通り、元の国をあっさりと捨てて俺の領地に居座っていた。
「さて、皆集まったわね。アイン、無理しない程度に今後の方針を話して」
リリアに促され、俺はベッドの上で居住まいを正した。
「ああ。今回の騒動で、この領地の『防衛力』と『人材不足』が浮き彫りになった。これからはただ街を直すだけでなく、本格的な領地作り――人材の登用と、国としての基盤固めを行っていく」
俺の言葉に、全員が真剣な表情で頷く。
強力な仲間が増えたからこそ、彼らが存分に力を発揮できる環境を整えなければならない。
「まずは、食糧問題だ。今はゴルド商会からの買い付けに頼っているが、今後の人口増加を見据えれば、自給自足の基盤が必須になる」
「ふむ。アイン様、具体的にはどのような作物を?」
ゴルドの問いに、俺は少し前から考えていた計画を口にした。
「荒れ地でも育ちやすく、長期保存が効く『さつまいも』と、主食としてエネルギー効率のいい『お米』の栽培地域を大々的に開拓したい。農業指導ができる人材を優先的に集めてくれ」
「承知いたしました! ゴルド商会のツテを使って、優秀な農家をスカウトしてまいりますぞ」
よし、これで食糧基盤の第一歩は踏み出せる。 次に俺は、筋骨隆々の大男に視線を向けた。
「ヴァルガス。あんたには、領地の兵士や冒険者たちの育成を頼みたい。ただ強いだけじゃなく、正しい体の使い方を教えられる指導者が必要だ」
「おおっ! 俺が師範代ってわけか。悪くねえな。だが、教えるにしてもただの裏庭じゃあ狭すぎるぜ?」
「わかってる。だから、広大な『専用の修練場』を新設する。天候に関わらず基礎体力を徹底的に鍛えられるような、設備が充実した施設だ」
「最高だ! 兵士どもを片っ端からしごき抜いてやるぜ!」
武術指南役としての血が騒ぐのか、ヴァルガスは嬉しそうに拳を鳴らした。
「エレインには、領地全体の魔法障壁の構築と、魔法技術の研究主任を任せたい。ゆくゆくはこの領地に、魔法を学べる施設も作りたいと思っている」
「あら、私にそこまで任せてくださるの? ふふっ、やり甲斐がありそうですわね」
エレインも妖艶な笑みを浮かべ、やる気を見せている。 【英雄】や【天災】といった規格外の仲間たちが、それぞれの適材適所で領地のために動いてくれる。これほど心強いことはない。
「よし、方針は決まった。俺も早速、開拓予定地の図面をスキルで――」
俺が空中に指を走らせようとした瞬間。
ピキィィィンッ! 俺の右手が、見事な氷の塊に包み込まれた。
「ア・イ・ン?」
「……はい」
「さっき言ったわよね? スキルは使用禁止だって」
背後に般若のようなオーラを背負ったリリアが、満面の笑みで俺を見下ろしていた。
「ひぃっ……あの『氷の魔女』がマジギレしてる……」
「お、おいエレイン、今のうちに退散するぞ」
【天災クラス】の二人ですら逃げ出すほどのプレッシャー。
俺は氷漬けになった右手を抱えながら、当分はこの最愛の妻の『厳しすぎる監視』から逃れられないことを悟り、心の中で密かに涙を流すのだった。




