2人の真意
深い闇に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上してくる。
最初に感じたのは、後頭部に触れる柔らかく温かい感触だった。そして、鼻をくすぐる甘くて良い香り。
「ん……」
「あっ……アイン! 気がついたのね!」
重い瞼を開けると、涙ぐんだリリアの顔が覗き込んできた。
どうやら俺は、彼女の膝枕で寝かされていたらしい。
全身の筋肉が軋み、魔力脈がヒリヒリと痛むが、極限のステータス改竄による致命的なダメージは、リリアの治癒魔法のおかげか峠を越えているようだった。
「リリア……街は……敵の軍勢は……」
「もう、自分の体のことより先にそんなこと聞くんだから。街は無事よ。敵軍も……ほら、あそこに」
リリアが呆れたように指差す先を見て、俺は弾かれたように跳ね起きようとし――全身の激痛に「ぐふっ」と悶絶した。
「な、なんで……お前らが、無傷で……」
そこには、俺が放った極大魔法『万象・天の雷火』の直撃を受け、黒焦げになって倒れていたはずの二人の【天災クラス】――『拳皇』ヴァルガスと『絶華』エレインが、ゴザの上に座って優雅にお茶を飲んでいたのだ。
しかも、焦げていたはずの服すら新品同様になっている。
「おお、目が覚めたか辺境の領主殿! いやぁ、あの極大魔法は肝を冷やしたぞ。寸前でエレインに空間を切り取らせて退避していなかったら、マジで死んでたかもしれん!」
「ええ、本当に。想定外の私に並ぶ極大魔法の使用……。バフ系の後衛職と聞いて舐めていましたが、見事な一撃でしたわ」
ケラケラと笑う二人に、俺は完全に状況が理解できずフリーズした。 そんな俺の頭を、リリアが優しく撫でる。
「ごめんなさい、アイン。この二人、実は私の昔からの知り合いなのよ」
「……は?」
「私が修行としてあちこちを放浪していた頃に、何度か稽古をつけてもらったことがあってね。ただの腐れ縁よ」
リリアの言葉に、ヴァルガスが豪快に笑いながら立ち上がった。
「腐れ縁とは冷たいな! あの『氷の魔女』と呼ばれたお前が、どこぞの弱っちい書記官と結婚して辺境に引きこもったって風の噂で聞いてな。どんな軟弱な男か、いっちょ俺たちで見定めてやろうと思ったのさ!」
「ガルディアとルミナの二カ国がこの領地を狙っていると知りましてね。ちょうどいい口実だと思い、自ら先陣を志願して出向いてきたというわけですわ。ええ、職権乱用ですけれど」
エレインがウインクをしてくる。
つまりこいつら、リリアの結婚相手(俺)を値踏みするためだけに、自国の侵略計画を利用して軍を率いてきたというのか。迷惑すぎるにも程がある。
「安心しろアイン! 己の身が壊れるのも顧みず、ボロボロになりながら愛する妻の居場所を守ろうとするその男気……俺たちはすっかり気に入ったぜ!」
「ええ。魔法の腕も申し分ありませんわ。リリアを託すに足る、最高の旦那様ね」
二人は満足げに頷き合うと、とんでもないことを口にした。
「というわけで、俺たちは国を抜けてお前の領地につくことにした! あんな堅苦しい国より、お前らのところで働く方が絶対に面白そうだからな!」
「あ、ちなみに連れてきた一万の軍勢は、私たちが責任を持って脅して追い払っておきましたわ。『この領主はバケモノだから、命が惜しければさっさと国に帰りなさい』って」
【天災クラス】が二人がかりで脅せば、残された同盟軍の指揮官たちは泣き叫んで逃げ帰るしかなかっただろう。
これで、領地の脅威は完全に去ったことになる。しかも、最高戦力である二人を自陣営に引き入れて。
「……ははっ、なんだそれ。めちゃくちゃすぎるだろ……」
安堵からか、俺の口から乾いた笑いが漏れる。 全て丸く収まった。これでまた、平和な日常が――
「アイン」
空気が、凍りついた。 見上げると、さっきまで優しく微笑んでいたリリアの目が、一切の光を失っていた。ゴゴゴゴ……と、彼女の背後から本物の吹雪が吹き荒れ始めている。
「ひっ……!」
ヴァルガスとエレインが、顔を引きつらせて数歩後ずさった。
「あ、あの……リリアさん?」
「……約束したわよね? もう絶対に、自分を犠牲にするような無茶はしないって。私を置いて死んだりしないって」
ポタ、ポタと。 極低温の魔力と共に、リリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私のために頑張ってくれたのは嬉しい……。でも、あんな無茶をして、もし本当にアインが壊れちゃってたら……私、どうしたらよかったのよッ!!」
彼女は俺の胸ぐらを掴み、ポカポカと(しかし英雄クラスの筋力なので少し痛い)叩きながら、本気で泣きじゃくり始めた。
「アインのバカッ! 自分の命を粗末にするバカ! 私を頼ってよ! 夫婦なんでしょ!?」
「ご、ごめん……本当に、ごめん」
俺は激痛の走る腕を必死に持ち上げ、泣き崩れるリリアの背中を強く抱きしめた。 自分の身を犠牲にしてでも守りたいと思った。
だが、俺が傷つくことで、彼女の心をこれほどまでに傷つけてしまうのだと、痛いほど理解した。
「次は……絶対にリリアを頼る。二人で一緒に戦うよ。だから、泣かないでくれ」
「……ほんと? 次、無茶したら……今度こそこの世界ごと凍らせるからね……っ」
「ああ、約束する」
俺が彼女の頭を撫で続けていると、少し離れた場所で、ヴァルガスとエレインが生温かい目を向けていた。
「おいエレイン……俺たち、ものすごくお邪魔じゃないか?」
「ええ……。とりあえず、瓦礫の撤去でも手伝ってきましょうか」
2人の【天災クラス】がそそくさと空気を読んで退散していく中、俺はただひたすらに、最愛の妻の涙が止まるまで謝り続けるのだった。




