燃える辺境領
獣人連邦から大峡谷を抜け、再び俺たちの領地へと帰る道のり。 行きの三倍くらい騒がしい旅になったが、理由は言うまでもない。
「アイン! 見て見て、このお花すごく綺麗! アインに似合いそうだから、はいっ、プレゼント!」
「ふふっ、泥棒猫さんはその程度の雑草でアインの気を引けると思っているのかしら? アイン、私がいーっぱい魔力を込めて作った特製の『氷の薔薇』よ! 枯れないし、ずっと綺麗なの!」
俺の右腕にはリリアが、左腕にはクロエが張り付き、道中ひたすら俺を挟んでのキャットファイトを繰り広げているのだ。
リリアのマウントは相変わらだが、クロエも「幼馴染の特権」を振りかざして一歩も引こうとしない。
「お前ら、少しは静かに歩けないのか……」
クオンが疲れた顔で先頭を歩く中、俺はため息をつきつつも、どこかこの騒がしい日常を楽しんでいた。
だが――領地との境界線を抜けた瞬間、俺たちの足がピタリと止まった。
「……なんだ、これは」
俺の口から、冷たい声が漏れる。 視界の先、本来なら平和な温泉街と整備された街道が見えるはずの場所から、黒々とした煙が何本も立ち上っていたのだ。
「アイン……! 街が、燃えてる……ッ!」
リリアの顔から血の気が引く。
ゴルド商会と、レオン率いる元・帝国軍の騎士たちが汗水流して作り上げた石畳の街道はひび割れ、屋台や温泉宿の一部が破壊されている。
そして、その破壊の跡の中心で、暴れ回っている巨大な影があった。
「あれは……『魔物』か!?」
クオンが短剣を引き抜き、鋭く叫ぶ。
体長五メートルを超える、四つ腕を持つ牛頭の怪物――『ミノタウロス』。 それが十体以上、群れをなして街を破壊していたのだ。
だが、おかしい。 この辺境は魔力脈こそ豊富だが、こんな強力な魔物が大量に湧くような場所ではない。何者かが意図的に送り込んだとしか思えなかった。
「……っ、逃げろぉぉっ!!」
「レオン親方がやられたぞ! もうダメだ!」
炎の中、泥だらけになったゴルドが住民たちを誘導し、その殿として、剣聖レオンが血まみれになって倒れているのが見えた。
彼らは俺がいない間、必死にこの街を守ろうとしてくれていたのだ。
「……よくも、私とアインの街を」
リリアの足元から、大気を凍らせる凄まじい冷気が噴き出す。
「待て、リリア。お前がここで極大魔法を撃てば、街ごと吹き飛ぶ」
「でも……!」
「俺に任せてくれ」
俺は分厚い本を開き、猛然と駆け出した。 【書記官】である俺にとって、この領地はただの土地ではない。俺が自らの手で書き換え、最適化し、愛する者たちの居場所として『セーブ(保存)』した大切なデータ(世界)だ。
それを、許可もなく荒らすものなど、許すわけがない。
俺は最も近くで暴れていたミノタウロスの前に立ち塞がり、空中に指を走らせた。
「ガアアアアッ!!」 俺を見つけたミノタウロスが、丸太のような豪腕を振り下ろしてくる。 だが、その拳が俺に届くことはない。
俺は、空中に表示されたミノタウロスのステータスを素早く書き換えた。
【対象:ミノタウロス(狂暴化)】
・種族:『ミノタウロス』を削除し、『労働用ゴーレム(従順)』に変更。
「【一括書換(置換)】だ」
パキィィンッ! 俺の目の前のミノタウロスだけでなく、街中で暴れていた十体以上の魔族たちの体が、一瞬にして光の粒子に包まれた。
直後、彼らの肉体は泥と石でできた巨大なゴーレムへと変貌し、その赤く濁っていた瞳から敵意がスッと消え去った。
『ピピッ……命令ヲ……待機中……』 機械的な音を発し、ゴーレムたちは一斉に動きを止めた。
「な、なんだ!? 魔物が急に土人形に……!?」
逃げ惑っていた住民たちが、ポカンと口を開ける。
「アイン様! アイン様が帰ってきてくだすったぞぉぉっ!」
ゴルドが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で叫んだ。
俺は倒れているレオンのそばに駆け寄り、懐から取り出したポーション(スキルの書き換えで効果を極大にしている)を彼の口に流し込んだ。
「ごふっ……アイン、様……。申し訳、ありませぬ。私の力が足りず、街を……」
「喋るな、レオン。お前はよくやってくれた。街の修繕なら、すぐに終わる」
俺は立ち上がり、大人しくなっている十体の巨大ゴーレムたちに向かって指を鳴らした。
「おい、お前ら。壊した分はきっちり直してもらうぞ。落ちている瓦礫を片付けて、新しい石畳の素材を運べ!」
『了解……。労働ヲ……開始シマス……』
元魔物であるゴーレムたちが、その圧倒的なパワーを今度は「破壊」ではなく「復興」のために使い始め、テキパキと瓦礫を片付け始めた。 そのシュールすぎる光景に、住民たちから歓声が上がる。
「すごい……! さすがアイン、あっという間にピンチを解決しちゃった!」
クロエが目を輝かせて俺を見つめる。
だが、俺の目はまだ街の奥、黒煙の中心に向けられていた。 ミノタウロスたちを操り、この街に送り込んだ『黒幕』の気配が、そこにまだ残っているのだ。
「リリア、クロエ、クオン。レオンたちと住民の救護を頼む。俺は、少し外のゴミ掃除に行ってくる」
俺がそう告げると、リリアは心配そうに俺の袖を掴んだ。
「アイン、一人で行くの? 私も一緒に……」
「大丈夫だ。俺はもうリリアを置いて死んだりしないって約束しただろ?それにリリアには領地の防衛をしてほしい」
俺が彼女の頭を撫でると、リリアは不安そうにしながらも、小さく頷いて手を離した。
「……分かったわ。絶対に、無事で帰ってきてね。もしアインに何かあったら、私、今度こそ世界を終わらせるから」
「ああ。夕飯までには戻るよ」
俺は本を片手に、炎がくすぶる街の奥へと足を踏み入れた。 どんな強力な相手だろうと関係ない。
俺の愛する妻の居場所を奪おうとする奴は、何人も許さない。




