空飛ぶ船
「……というわけで、これが我が国が誇る『飛空船』の全構造を記した設計図になります。人間の技術者では、解読に数年はかかる代物ですが……」
第一浮遊ドックの管理室。 レオナ女王が恭しく差し出したのは、文字通り山のように積まれた分厚い羊皮紙の束だった。 飛空船の要である『浮遊鉱石』の魔力伝導率から、風を受ける帆の張力計算まで、凄まじい情報量がそこに詰まっている。
「数年、か。それじゃあ領地の流通革命が遅れちまうな」 俺は羊皮紙の山を見上げ、ため息をついた。
「ア、アイン。無理もないよ。この船の技術は、獣人連邦が数百年かけて築き上げたものだもん。いくらアインが領主になったからって、そう簡単に……」
さっき泣きながら走り去ったはずのクロエが、いつの間にか戻ってきて俺を心配そうに見上げている。
目は真っ赤に腫らしているが、やはり幼馴染が困っているのは放っておけなかったらしい。
「いや、大丈夫だ。俺は昔から『大量の書類を処理する』のだけは得意でね」
俺は懐から分厚い本を取り出し、羊皮紙の山に向けてかざした。
先日死にかけた際に掴んだ目に見えない感覚がスキルのさらなる応用を俺に囁きかけている。
対象のステータスや属性を書き換えるだけでなく、ただの『データ』として読み込む(スキャンする)こともできるはずだ。
俺は空中に指を走らせた。
【世界編纂・一括複製】 【対象:飛空船の設計図全巻】
【保存先:書記官の白紙ページ】
パキィィィィンッ!
空間に緑色の光のグリッドが走り、山積みになっていた羊皮紙の束が、一瞬にして光の粒子へと変換された。
それらは滝のように俺の本へと吸い込まれ、真っ白だったページに、精密な船の図面と数式が次々と『印刷』されていく。
「なっ……!? 数万枚の設計図が、たった一瞬で本の中に……!?」
レオナ女王が驚愕に目を見開く。
「よし、ダウンロード完了だ。あとはこれを領地に持ち帰って、ゴルド商会の職人たちに『共有』すれば、すぐにでも量産体制に入れるな」
「ア、アイン……今の魔法、何!? アインってば、ただ本を読むのが好きなだけの普通の男の子だったのに!」
クロエが信じられないものを見るように、俺の本と顔を交互に指差した。
「今はただの『書記官』さ。……さて、これで目的の技術も手に入った。あとは明日、領地に帰るだけだな」
「ええ、そうね」
俺の隣で、ずっと黙って腕に抱き着いていたリリアが、ふふっと妖艶な笑みをこぼした。
「アインはお仕事お疲れ様。それじゃあ……お部屋に戻りましょうか?」
「えっ、まだ昼過ぎだぞ?」
「関係ないわ。だってアイン、さっき他の女に『優しく』したでしょ? 宣言通り、たっぷりお仕置きしてあげないと」
リリアの真紅の瞳が、トロンととろけた危険な光を放つ。 彼女の指先が俺の首筋のキスマークをなぞり、逃げ道を塞ぐように俺の腰に腕を回した。
「ま、待ってよ! まだ昼間だよ!? アインがいじめられちゃう!」
クロエが慌てて止めに入ろうとするが、リリアは冷酷な、しかし圧倒的な『勝者』の笑みで幼馴染を一瞥した。
「いじめるんじゃないわ。『愛し合う』の。新婚の夫婦なんだから、昼も夜も関係ないでしょ? ……それとも泥棒猫さん、私たち夫婦の甘ぁい営みを、特等席で見学していく?」
「ひゃっ!? ~~~ッ!! ば、ばかぁぁっ!」
顔から火が出るほど真っ赤になったクロエは、両手で顔を覆って再びドックの奥へと逃げ出していった。
完璧な撃退である。
・・・
そして、VIPルームの分厚い扉が閉められた直後。
「わっ……と!」 俺は背中から、ふかふかのベッドへと押し倒された。
「アイン……」 薄絹のネグリジェに早着替えをしたリリアが、俺の上に馬乗りになり、その豊かな胸元を俺の顔に押し付けてくる。 銀糸の髪がカーテンのように俺の視界を覆い、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「なあ、リリア。お仕置きって言っても、明日は長旅なんだぞ。少しは手加減……」
「だーめ。アインが私以外の女の人の名前を呼ぶたびに、胸の奥がチクチクして、アインをめちゃくちゃにしたくなっちゃうの」
リリアは俺の両手首を掴んで頭上に固定すると、俺のシャツを乱暴に引き裂くように脱がせた。 彼女の熱い吐息が、俺の耳元にかかる。
「私なしじゃ、息もできないくらいに……脳髄までトロトロに溶かしてあげるわ」
ちゅっ、と耳たぶを甘噛みされ、背筋に電流のような快感が走る。
彼女の愛撫は甘く、激しく、そして一切の拒絶を許さない。
俺の体のどこを触れば一番感じるのか、昨夜の『初夜』で完全に学習してしまっている。
「んっ……リリア、そこは……」
「ふふっ、可愛い声。もっと鳴いて、アイン。私だけのために……」
重く、深い口付けが何度も交わされ、俺の意識は彼女の甘い毒に完全に塗り潰されていく。
獣人連邦での最後の夜(昼からだが)は、昨日以上に過激で、骨の髄まで『氷の戦乙女の所有物』であることを刻み込まれる、甘美な地獄(天国)となった。
・・・
翌朝。 俺は腰の痛みを必死に隠しながら、獣人連邦の出入り口となる関所へと向かっていた。
「アイン、足元気をつけてね? 私がずっと支えててあげるから」
昨日のドSっぷりが嘘のように、すっかり「尽くす甘えん坊妻」に戻ったリリアが、俺の右腕に抱き着いて甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。 俺の首筋には、昨日よりもさらに増殖した赤いキスマークが花開いていた。
「……お前ら、毎晩毎晩なんなんだよ。俺はもうお前らの護衛を降りていいか?」 寝不足のクオンが、げっそりとした顔でため息をつく。
「すまない、クオン。領地までは頼む」 俺たちが関所を抜けようとした、その時だった。
「アイン!! 待って!!」
背後から、巨大なリュックサックを背負い、スパナを握りしめたクロエが猛ダッシュで追いかけてきた。
「クロエ? お前、その荷物は……」
「私、決めたの! 飛空船の専属メカニックとして、アインの領地に行く!」
息を切らしながらも、クロエは強い決意を込めた瞳で俺を、そしてリリアを真っ直ぐに睨みつけた。
「私がいないと、アインは飛空船を整備できないでしょ? だから、私という存在が絶対に必要になるはず! ……今は正妻のガードが硬くても、領地で一緒に過ごすうちに、絶対に私のヒロイン力でアインを振り向かせてみせるんだからっ!」
負けヒロインからの、まさかの領地への同伴宣言。 俺が止める間もなく、隣にいたリリアがフッと鼻で笑った。
「ふーん。ただの整備士としてアインに尽くすっていうなら、置いてあげてもいいわよ。アインには有能な手足が必要だもの」
「て、手足……!? 私は幼馴染で……!」
「アインの心も体も、寝顔も全部私のものよ。せいぜい、油まみれになって船のネジでも締めていなさいな。泥棒猫さん」
バチバチバチッ!! と、戦乙女と幼馴染の間に激しい火花が散る。
「……また騒がしくなりそうだな」 俺は空を見上げ、苦笑した。
世界を書き換える規格外の力。
激重な愛を向けてくる最強の妻。そして、新たに領地に加わることになった不屈の幼馴染。
飛空船の技術を手に入れた俺たちの辺境領地は、ここからさらなる『世界一の国造り』へと突入していくのだった。




