甘く過激な夜
獣人連邦の首都『アニマリア』。 その中心にそびえ立つ巨大な大樹の宮殿にて、俺たちはこの国のトップと対面していた。
「――ほう。我が国の精鋭三十名を、たった一瞬で無傷のまま氷のシェルターに閉じ込めたと。お前たち、人間にしてはなかなか面白い手品を使うではないか」
玉座で足を組み、妖艶な笑みを浮かべているのは、獣人連邦を統べる女王・金獅子のレオナ。
豊かな金髪にライオンの耳と尻尾を生やし、豊満な胸元を惜しげもなく晒した、野性と色気を併せ持つ絶世の美女だ。
「手品じゃありません。極大殲滅魔法を、アインが優しさで書き換えてくれただけです」
俺の腕にぴたりと張り付いたまま、リリアがツンとした態度で言い放つ。
「ククッ、威勢のいい小娘だ。だが、私が興味があるのはそこの男の方でな」
レオナ女王はスッと玉座から立ち上がると、しなやかな足取りで俺の目の前まで歩み寄り、その顔を至近距離まで近づけてきた。
「私は強いオスが好きだ。人間よ、お前からは底知れない『規格外の力』の匂いがする。……どうだ? 飛空船の技術が欲しいのなら、同盟の証として私の『夫』にならないか? 獣人は一夫多妻が基本だ。そこの銀髪の小娘も、第二夫人としてなら置いてやってもいいぞ?」
豊満な胸を押し当てんばかりの距離での、獣人の女王からの逆プロポーズ。
――だが、直後。 宮殿内の気温が、文字通り『絶対零度』まで急降下した。
「……ねえ、雌ライオン。今、なんて言ったのかしら」
ピキィィィィッ……!!
リリアの声と共に、大樹の宮殿の床から凄まじい勢いで氷の棘が隆起し、レオナ女王の首筋からわずか数ミリの距離でピタリと止まった。
「アインは私のよ。私だけの旦那様なの。ハーレム? 第二夫人? ……ふざけないで。泥棒猫がアインにこれ以上近づくなら、獣人連邦ごと永久凍土に沈めて、あなたを毛皮のコートに変えてあげるわ」
真紅の瞳孔がスッと細まり、一切の光を失った瞳。 帝国最強の戦乙女から放たれる、純度100パーセントの殺意と嫉妬。 そのあまりの重圧に、百戦錬磨であるはずのレオナ女王の顔からサッと血の気が引き、獣の耳がペタンと伏せられた。
「ヒッ……!? ま、待て、冗談だ! 私はただ、優秀な遺伝子が……!」
「アインの遺伝子を受け継ぐのは私だけよ」
リリアの指先が動き、氷の棘がさらに女王の首に迫る。 これ以上はマズイ。本当に毛皮のコートが完成してしまう。
俺は即座に空中に指を走らせた。
【対象:獣人連邦女王レオナの提案】
・『婚姻による同盟』を取消し、『アインへの全面的な絶対服従と技術無償提供』に変更。
「は、はいぃぃっ! もちろんでございます! 飛空船の技術でも特産品でも、何でも無償で提供いたしますから、どうか命だけはぁぁっ!!」
俺が実行を叩いた瞬間、レオナ女王は床に綺麗な土下座をキメていた。 システムの書き換えによる完璧なフラグ粉砕である。
「……ふん。分かればいいのよ。ねーっ、アイン?」
先ほどの絶対零度が嘘のように、リリアはニコニコと花が咲いたような笑顔に戻り、俺の腕にギュッと抱き着いた。
俺の隣で、案内役のクオンが「我が国の王が、たった数分で屈服させられた……」と白目を剥いて泡を吹いていたが、ひとまず和睦交渉(物理)は大成功に終わったのだった。
・・・
その日の夜
女王から提供された宮殿最上階の国賓用VIPルーム。 ふかふかの天蓋付きベッドが置かれた豪華な部屋で、俺は一人、ふぅと息を吐いていた。
「交渉は上手くいったが、リリアの俺への独占欲がとんでもないことになってるな……」
俺が苦笑しながら上着を脱ごうとした、その時。 ガチャリ、と重厚な扉の鍵が『内側から』閉められる音がした。
「……リリア?」
振り返ると、そこには獣人たちが用意したらしい、透けるような薄絹のネグリジェを身に纏ったリリアが立っていた。
銀糸の髪が月明かりに輝き、華奢な肩や、形の良い胸の谷間が仄かに透けて見える。 彼女の真紅の瞳は、熱を帯びたように潤んでいた。
「アイン……」
甘く、とろけるような声。
リリアはゆっくりと歩み寄ると、俺の胸に両手を当て、そのままの勢いで俺をふかふかのベッドへと『押し倒した』。
「おわっ!? リリア、どうしたんだいきなり……」
起き上がろうとした俺だったが、両手首をリリアの細い手にガシッと掴まれ、シーツに縫い付けられるように押さえ込まれてしまった。 いくら華奢に見えても、彼女の正体は帝国最強の戦乙女だ。その気になれば、純粋な腕力だけでも俺がかなうはずもない。
「……怖かったの」
俺の上に馬乗りになり、見下ろしてくるリリアの瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
「昼間……あの雌ライオンにアインを取られそうになって。アインが私から離れていっちゃう気がして……すごく、怖かった」
「馬鹿だな。俺はハーレムなんて作る気はないし、リリア以外を選ぶわけないだろ」
俺が拘束されたまま言葉を返すと、リリアは不意に涙を拭い、妖艶で、どこかサディスティックな笑みを浮かべた。
「ええ、分かってるわ。アインは優しいから。……でもね、私、決めちゃったの」
「……何を?」
「アインが二度と他の女の人に見向きもできなくなるくらい、私なしじゃ生きられない体にしてあげるって。心も、体も、私がぜーんぶ『上書き』してあげる」
ゾクッ、と俺の背筋に心地よい悪寒が走る。
リリアの顔がゆっくりと近づき、彼女の柔らかい唇が、俺の首筋に熱く這った。 ちゅっ、と音を立てて吸い上げられ、軽く歯を立てられる。
所有印を刻みつけるような、明確なマーキング。
「んっ……リリア、お前……っ」
「ふふっ。いい声。ねえアイン、一生私のそばにいて、私の未来を引き受けるって言ったわよね? なら……私のこういう重い愛も、ちゃーんと全部受け止めてもらわなきゃ」
ペロリ、と妖艶に唇を舐めながら、リリアは俺の唇を塞いだ。 最初は触れるだけのキスだったが、すぐに彼女の舌が強引に俺の唇を割り、熱く、甘く、すべてを絡め取るような深い口付けへと変わっていく。
「んっ……ちゅ……ぁ、ん……」
息継ぎすら許さない、激しく支配的なキス。
されるがままになっていると、彼女のもう片方の手が俺のシャツのボタンを器用に外し、素肌を直接撫で上げてくる。 完全にリリアのペースだ。狂気じみた重めの愛情と、彼女の中に潜んでいたSっ気が完全に噛み合い、俺という存在を貪り食おうとしている。
「だ、ダメよアイン。勝手に動かないで。今夜は私が全部リードして、世界で一番気持ちよくしてあげるんだから……。大人しく私に食べられて?」
トロンととろけた、けれど絶対に逃がさないという強い光を宿した真紅の瞳。
世界を書き換える規格外の俺のスキルも、このベッドの上で、最愛の妻を前にしては全くの無力だった。
「……お手上げだ。好きにしていいよ、リリア」
「ええ。骨の髄まで、私のアインにしてあげるわ」
獣人連邦の夜は更けていく。
それは、数々のフラグを粉砕した最強の書記官が、世界で一番重くて甘い愛を持つ氷の戦乙女に徹底的に愛され、支配される……極上の初夜だった。




