熱気あふれる勝利の宴
領地の境界線となる森の入り口
数時間前まで「帝国最強の精鋭部隊」と呼ばれていた数百名の騎士たちは今、すっかり日が暮れた森の中で、虚ろな目をして地面に座り込んでいた。
彼らの頭には可愛らしい花冠が乗せられ、その手には山のような野草が握りしめられている。
「……俺は……俺は剣聖なのに……なぜ、三時間も無心でシロツメクサを探して……」
部隊を率いていた最高戦力レオンもまた、美しい花冠を被ったまま、両手で顔を覆ってむせび泣いていた。
結界の『お花摘み』の強制力はすでに解かれているが、あまりの屈辱と精神的疲労により、彼らの戦意は完全にへし折られていた。
そこへ、松明を持ったゴルド商会の私兵たちと、俺、そしてリリアが到着する。
「アイン様。連中、完全に腑抜けになっちまってます。このまま縛り上げて、帝都に身代金を要求しますかい?」
ゴルドが揉み手をしながら尋ねてくる。
「いや、そんな面倒なことはしない」
俺は地面で項垂れるレオンの前に立ち、彼を見下ろした。
「レオンと言ったな。お前たちを捕虜にするつもりはない。今すぐ帝都に帰ってもいいぞ」
「なっ……ほ、本当か……?」
レオンが信じられないという顔で顔を上げる。
「ああ。ただし、お前たちは俺の領地への『侵略未遂』という罪を犯した。その慰謝料として、お前たちが乗ってきた馬、身につけている武具はすべてここに置いていってもらう」
「馬鹿な! それは帝国騎士の誇りだぞ! 武具を失えば、どうやって魔物の出る街道を歩いて帰れというのだ!」
「なら、もう一つの選択肢だ」
俺はポンと手を叩き、領地へと続く未舗装のデコボコ道を指差した。
「現在、この領地は急速な発展で『人手不足』に悩まされている。お前たち精鋭騎士の圧倒的な筋力と、剣聖であるお前の身体能力があれば、街道の石畳の舗装工事などあっという間に終わるだろう」
「……俺たちに、土方作業をやれと言うのか?」
「そうだ。真面目に労働した者には、一日三食の極上の賄いと、疲労が完全に吹き飛ぶ『魔力温泉』への入浴を許可する。働きに応じて給金も出そう」
屈辱に震えていたレオンの腹が、その時、グゥゥゥゥ……と盛大に鳴った。
他の騎士たちも同様だ。お花摘みで一日中走り回った彼らの胃袋は限界を迎えていた。
「……くそっ……! 剣聖たるこの俺が、こんな辺境の土木作業など……っ!」
……数日後。
「おいそこの新入り! 石の並べ方が甘いぞ! レオン親方を見習え!」
「おうさ! 親方の『聖剣シャベル裁き』は帝国一……いや、世界一だぜ!」
「ふはははは! 筋肉が躍る! 温泉で癒やされた身体は無限に動くぞ! さあ、どんどん石材を持ってこい!!」
上半身裸になり、滝のような汗を流しながら笑顔で街道を舗装していくレオンと精鋭騎士たちの姿がそこにはあった。
俺の【世界編纂】による効率的な現場指示と、極上の温泉のコンボにより、彼らはすっかり「最強の労働力」としてこの領地に馴染んでしまっていたのだ。
・・・
そしてその日の夜
温泉宿の前に広がる大広場では、帝国軍撃退(?)と街道完成を祝う、大々的な宴が開かれていた。
広場の中央には巨大な焚き火が焚かれ、まるで白熱する闘技場のような凄まじい熱気と歓声が渦巻いている。
「さあさあアイン様! 今日は思いっきり飲んでくだせぇ!」
ゴルドがキンキンに冷えた樽生のエール(ビール)をジョッキに注ぎ、俺に手渡してくる。
「ああ、いただきます」
ゴクリと冷たいエールを喉に流し込む。一日の仕事(というほど大したことはしていないが)の後の冷たい炭酸は、やはり最高だ。
「アイン、これも食べて! はい、あーんっ!」
隣に座るリリアが、串に刺した肉料理を俺の口元へと運んでくる。
それは、俺が【世界編纂】の力を使って、この領地の食材を書き換えた特製メニューだった。
「ん……美味い。やっぱり『ピリ辛よだれ鶏風』の味付けは、酒のつまみに最高だな」
「本当に不思議な味付けね! ピリッとするのに、お肉はしっとりしていて……私もお酒が進んじゃうわ」
リリアも嬉しそうにエールを煽り、頬を桜色に染めている。
「アイン様! このふかふかで甘〜い『さつまいも』と、一粒一粒が輝いている『お米』の料理も絶品ですぜ! 兵士たちも大喜びでかき込んでまさぁ!」
ゴルドが指差す先では、労働を終えたレオンたちが、涙を流しながら山盛りの白米とよだれ鶏を口いっぱいに頬張っていた。
「うおおおっ、美味い! 帝国の宮廷料理など泥水のようだ! 俺は……俺は一生ここに住み込みで働くぞぉぉっ!」
平和な領地に、陽気な笑い声とジョッキを打ち鳴らす音が響き渡る。
かつては血で血を洗う戦いを繰り広げていた者たちも、美味しい食事と温泉の前ではただの良き隣人だ。
「アイン。私、今とっても幸せよ」
熱気に当てられたのか、リリアがとろんとした目で俺の肩に頭をこてんと乗せてきた。
「無能なんて呼ばれて、帝国を追い出されて……でも、あなたのおかげで、ここは世界一の国になったわ」
「まだ国ってほどじゃないさ。でも……そうだな。悪くない夜だ」
俺は分厚い本をそっと閉じ、夜空に輝く満天の星を見上げた。
世界に名を轟かせる特異点となったこの領地に、やがて最古の魔王たちや、他国の刺客が本格的に牙を剥く日が来るのは間違いない。
だが今はただ、この騒がしくも温かい日常の余韻に浸っていたかった。




