8 『ボディ・ランゲージ』
息を潜めた。
今、格納空間にあるのは、二本の直剣と一本の短剣。直剣の内、一本は木の中に生成してぶっ飛んだやつを回収した物。後の残りは拾った小石と枝とか。
〝胃〟の内容物に思いを馳せつつ、藪を揺らさぬよう気を払いながら木陰に隠れたまんま。
横目に見えるのは、約半径十五メートル程の開けた空間。
その円内には今、私が隠れているような樹木という物は一切存在しない。雑草は生え揃ってはいるが、藪となるほど高さは無いからか広々としている。
怒号らしき音の発生点を目指して進んだら、ここに行き着いた。
円の奥には、これまで見かけた獣道などとは圧倒的に質の違う〝道〟が存在している。石材を敷き詰めてはいないが、一目見て分かる程度には均されており、境界線が分かるという事は雑草などが生えてないのだろう。
次に、前述の円内の中には人と思わしき存在が四つ。
内訳:軽く武装している男が三人、女が一人。
「……あのなぁ、お前ら」
イメージ、というか偏見だけで語れば、三人の男は見るからに悪人だと分類出来そうではある。そういう風貌。
多分他二人よりも立場が上と思われる男はチンピラというには威厳があり、しかし極道というには少し足りない。そんな人達が一人の女を囲んでいるのだから、やる事は明確……という訳ではなさそう。
というか、囲んですらいないし。
男達が立っている場所を結べば三角形となり、女はその図形の外にて座り込んでいる。
「こいつは『丁重に扱え』と〝頭〟から直々に言われてんだ。お前らの性欲で首が飛ぶなんて考えたくもねぇ」
結構遠くにいるけれど、思ったより声が聞こえてくる。というか単なる話し声程度なのにここまで明確に聞こえるのはおかしい。
二倍近い身体能力も含め、やはり私の体には何かの異常が起こっているらしい。
今は置いておいて考えると、ここに来る要因となった〝怒号〟は三人の内、二人が女に手を出そうとして……責任感が強いのか単なる上司なのか知らないが、残りの男が叱責した際の物と考えるのが妥当。
「……」
まあ仕方ないとは言える。女は遠目から見ても美少女なのだし。煤けたように汚れてはいるが、故にこそ目立つ銀の河川。きっと手を出されかけたのに恐怖の色も何もなく、ぼんやりと中空を定める水宝玉。
つまる所は銀髪碧眼。
力を抜けた表情か、或いは警戒心の無い立ち振舞いが『無防備さ』を感じさせ、その印象は彼女の纏う雰囲気により『愛らしさ』へと変換される。……多くの人にはきっと、そう感じられるのだろう。
残念ながら私は、そういう美的感覚を持っていない。人の顔とは人の顔だ。名前と同様に、配置と形状で人を区別する為の記号でしかなく、そもそも他人に興味がない場合は記号としての価値すらも無い。
「分かったならいいけどなぁ、どうしてお前らはいつもいつも……」
思索に入っている内に、話が進んでいた。
溜息を吐いた所で説教が一段落したのか、やれやれとした雰囲気を醸す男が、振り向き――、
「――あ?」
目が、合う。
木陰に隠れている上、体を出さずに考えている現状からすればその感覚はおかしいが、そう感じた。
一体引っ掛かったのは何だ?《視線感知》か? それとも《危機感知》、或いは《悪意感知》の可能性も……。
「お前ら、構えろ」
単なる勘、かもしれない。
動物的なそれ。
……でも、まあ。
理由なんて、どうでもいいか。
今、私は所在がバレている……その理由もどうでもいい。
〝存在の露見〟という事実がある。
〝知らぬ言語〟の意図を拾える。
あの三人が善か悪かなど、考慮する価値は無い。
敵対視されている。
対抗する手段がある。
それに、
「……」
――お腹が、空いている。
へらりと笑いを繕い上げ、障害物から身を覗かせて。
「……いやあ、盗み聞きしようとは思ってなかったんですよ? ただ、偶然通りがかっ――」
「――殺れ」
弁明の日本語に対し、異言語の命令。
元々緊迫した場の空気からそうなるとは理解していたから、男達に向かって駆け出す。
ああ、仕方ない。仕方なかった。仕方がなかった。
ただ、運が、悪かった。
それだけの話、なのだから。
「ぉ、あああっ!!」
と、唐突として下された指令に対しても忠実であるらしい男二人が、距離を詰めてくる。
その突貫には迫力というのがあった、籠められていた。子供に見せたら泣き喚く程度には。
生憎と、私は子供ではない。
単なる速さの違いかその歩み――というか走りは二人不揃いであるが、剣の構えは見事な物。薙刀を習っていた私が言うのだから間違いではない。五歳までだけど。
彼我の距離は縮まり、今や三メートル。
走りながら。
目立たぬよう掌から〝口〟を開き、サイズ実験時に作った短剣を――吐き出す。
それを逆手に持ち手首をくいと曲げ、一先ずの第一陣から左手を隠した。
身を屈め。
一息に、踏み込む。
抱き締め合うような距離。私一人など取るに足らないと思ったのか、隙だらけの大上段に潜り込むような刀身を出血大サービス。
「ぐ、ぶ」
突き出した刃先が、彼の声帯を直接的に塞ぐ。
だらりと零れる血液と共にして、裂かれた皮膚の合間からは〝声〟として辺りに響く筈だった空気が間抜けに、こぷりと抜ける。
その光景で、想起するのは水鉄砲。その想起よりも赤黒く、荒々しく噴き出た勢いが今の今まで蓄積して乾いていた返り血の、その一部に加わった。
短剣を引き抜き。
「次」
未だ剣と共に上段を保つ死体の肩越しに、前方を覗けば、
「て、めえ」
死体越しに見える表情とはあっさりと仲間が殺された事に驚いている物で、あっさりと敵を殺せた事に驚く私と同じように目を見開いている。
その気持ちは分かる。
私も、ここまで出来るとは思ってなかったよ。
でもさ、出来ちゃったから。
「は」
息を吐き、こちらに傾ごうとする沈黙死体を腹部の辺りで蹴り飛ばす。
勿論前方に、延いては迫る二人目に向かって。地面と水平になるのを目指して倒壊していく元・成人男性を隠れ蓑とするよう後を追い、二つの対処を迫る為に左から飛び出す。
数十kgの重さを無視するなんて出来ないし、あっさりと人一人を殺した私を警戒しないのも――土台からして、無理な話。
左手で、柄を握り直す。
仮定の仮想を体現する為、地に差し出した脚に掛かった勢いで雑巾を絞るように身を捻りながら、逆手持ち。
肘を伸ばし、黒の凶刃を薙ぎ。
振った。
動きこそ芸人のツッコミのようでもあるが、残念ながら用いているのは手の甲ではなく鋭刃部分であり、衝突する部分は生温い〝面〟でなく殺傷性の〝点〟である。
足、腿、腰、腹、肩。
強引に捻られた身体により捻出されたモーメントは、腕を鞭のようにしならせ、
――ギ。
噛み合う。
剣と剣とが。
刃と、刃が。
交差し、噛み合い、絡み合っている。
「っ、あああ゛あ!!」
気迫のある男の叫び声を聞き流し、広く浅く見て見れば単純な話で――右の片手で私と鍔迫り合い、左の片手で死体を押し留めている。
なので。
垂れ下がった右手の〝口〟から、噛み終えたガムのように直剣を吐き出す。重力に貶められぬよう手で握り締め、雑多な草と僅かな土を巻き上げながらも、ざんと振り上げた。
勿論、亡き同胞の死骸を支えている彼の片腕に向かって。
「っ」
喉に引っ掛かったように、息を詰める音がした。
前腕の中腹を斬壊たが、精肉店よろしく切り落とすには至らなかったからなのか。桃色の断面とその神経を晒し、目ではない所から滂沱とした血涙を落としながらも、絶叫までは行かないらしかった。
或いは単純に、痛覚的な情報量に圧倒されているか。
ともかくとして、目の前の男は死体を支える術と腕を半ばまで失い、死体と切磋琢磨し合いながら倒れ込んだ。
それでも尚、剣を握ったままでいる。
「……」
蜘蛛糸に縋るように握りっぱなしだった短剣を、〝口〟の中、その更に別の空間である『格納空間』に保管させた。虹のアーチにも似た軌跡を描くように少し歩き、無傷な腕の側に立つ。
既に前腕の血を啜った直剣、不穏であり不吉である断頭台の落とし刃に類似した輝き。
役目もきっと似たような物。
「諦め、悪いね」
折り重なった二つの体。下敷きになっており、或いはまだ生きている片割れが唯一動かせる手首のみで短剣を滅っ茶苦茶に振り回すのを見留め、見咎め、狙いを定め。
振り下ろす。
「――っぁ、ああああ゛あ゛っ!!!」
悲鳴が響き、まるで泡立てた石鹸を洗い流すのと同じように赤の滴が地面に零れた。
それらは野太く伸びやかな釘により、木製の十字架に磔られた神を彷彿とさせる光景。十字架じゃなくて地面だし、別に四肢全てをそうされた訳でもないし。
何よりも、大地に縫われたその右手が、全人類的な罪への贖いとなる事は無いのだけれど。
「まあ、いいや」
十字架で例えるのなら上方部の飛び出ている場所。そこまで立ち位置を変えて、頭部の辺りで立ち止まる。
呼吸して。
「私さ、体育嫌いだったんだよね。特に――」
左足を、引き絞っていた。
「――サッカーがさ」
ぐぎりと、頚椎が折れる。
手応え、或いは足応えからしてほぼ確実に。現象としては靴に仕込んだ鉄板の硬さと重さ、加えて私の純粋な脚力が七つある骨同士の接続をへし折り、首の座らぬ赤子のような亡骸を作った。
「んー、思ったよりやれるもんだね」
それか、この人達が極端に弱かったのか。
ずっと詰めていた息の負債を深めに返済してから、今すぐにこの死体を食べてしまうかと考えるが――それは尚早であり、焦燥と言える。残りの一人との戦闘が先程までと同じく上々に進むとは思えない。
そう思える程の楽観は捨てた……し、変な警戒を抱かせるのは不都合。
二人を楽々伸したように見えているだろうから、警戒自体はとうに抱かれているだろうが、『戦闘能力のある小娘』から『得体の知れない怪物』へと印象がクラスアップしては困る。
少しは手加減してほしい。
一人目を偶然上手く倒し、そこから連鎖的に展開を広げただけで、私は別に強くはないのだから。
ああでも、今、消化し習得する事により相手を上回れるのならそうするべきか。しかし習得したばかりのスキルを十全に扱えるか、そもそもあの二人が保持していたスキルなど鑑定でもしないと分からない。
というか死体に、鑑定結果は有るのか――、
「やるじゃねぇか」
低く抑えた声が、思考を打ち切る。
それは、冷静極まりない物だった。
「どういたしまして」
……ん、なるほどね。
あの二人の役目は〝威力偵察〟かな。殺せるのならそれでよし、そうでないにしても極力損害を与えればそれでよし。損害すら与えられなくとも、残っている者にはほぼ確実に戦闘能力の程度が伝わる。
そんな感じ?
下っ端の使い道としては上々か。
そう意図していなければ、ここまで冷静でいる筈がない。
恐れ慄くのでもなく、浮足立ってもいない。あれが単なる作為的無表情だとしたら、その練度に金でも投げたいね。
「……」
というか、《悪意感知》がすっごい反応してるんだけど。悪意の極点として殺意すらも感じ取っているのだろうか? もしそうだとしたら便利ではあるが、では『悪意のない殺意』などには反応できな……、
「無視すんじゃねぇ」
また、男の声が思考を引き戻す。敵を前にしてここまで考え込んでしまうのは悪い癖なのだろうが、それは現状私にさしたる危機が迫っていないからで、仮に今斬りかかられた場合は流石に――、
「――――」
シ。
「チッ」
冷ややかさを感じる程に接近していた短剣、それから飛び引いた身を更に数歩引く。寿司か何かのように、シャリとネタとして重なってる死体越しに目を合わせる。
ほらね、大丈夫だった。
で、彼に生じた後隙の内に鑑定。
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[名前]:〔ハイド〕
[種族]:人間
[年齢]:26
[状態]:正常
[任意稼働技能]
《改竄》《立体機動》《恫喝》《威嚇》《崖登り》《壁登り》《綱渡り》《泥上歩行》《隠匿》《擬態》《凝視》《統率》《指揮》《飛蹴》《不眠》
[常時稼働技能]
《初級短剣術・III》《初級体術・III》
《三半規管強化・II》《平衡感覚強化・V》《筋力強化・II》《巧緻性強化・III》《脚力強化・IV》《魔力回復強化・IV》
《熱源感知》
《気配遮断》《魔力遮断》《視線遮断》《危機遮断》《振動遮断》《熱源遮断》《生命遮断》
《直感》《柔軟》
《物理耐性》《睡眠耐性》
《温度知識》
《投擲術・序》《踏破術・序》《窃盗術・序》《軽業術・破》《演技術・序》
[称号]
〈人殺し〉〈隠し上手〉〈騙し上手〉
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私より強いじゃん、スキルのレベルが全然違うんだけど。
てか、《〜〜術・序》とかのスキルって《〜〜術・破》みたいな上の段階があるんだ。《〜〜強化・I》とかはまだ上を予想できたけれど。という事は序→破→急と上がっていくのだろうか。
興味深いが、その興味を向けている対象はスキル的練度に於いては〔ハイド〕とやらが上回っているという事実そのもの。
摺り足で少し距離を取り、警戒を掛けつつ誤魔化すような軽口を叩く。
「あー、えーと……お互い見なかった事にする、というのは――」
「――俺はお前を殺せる。お前は俺に殺される」
返されるのは、敵意。
逃げる――のは、流石に追い付かれる気がするなあ。戦闘能力というか、そもそもの身体能力が劣っていると思われるから。うん、だから応戦するしかない、しかないんだけど。
勝てる、かなあ。
「……はあ」
溜息。
二つの死体を中心の軸として円を描くように、未成熟な草達を足裏で押し、折り、磨り潰していく。
黒く沈んだ茶髪の男も、同じくして時計回りの差し足で巡回し始めていった。
「お前に、未来は無い」
脅される。
思えば、ドスの聞いた声とは、人それぞれで違うらしい。
少なくとも今聞こえるのは、父親とは似ていない。
「いつだって無いよ、そんな未来」
へらりと笑う。いつもの笑みを形作る。
彼の握る短剣が、傾ぐ陽光を反射したそれは私の眼を貫き刺す、いつも通りに。私にとって太陽とは、きっとそういう物だ。変わらぬ象徴とする以外に道と可能性は無い。
「俺はお前を殺す為に、二人も死なせた。だから――」
言葉を切り、軽々しく切っ先を向けてくる。
剣が担い、追従するは尖鋭な殺意。
「――お前は、二度死ね」
彼の革靴が、死体を踏み潰した。




