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食卓上、機械摂理夢遊論。  作者: 未曲
一章 『転生少女と廃棄聖女』
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9 『身から出た鉄錆の味』



 筋肉塊が踏み躙られる光景に際し、脳を過ったのは――《泥上歩行》《平衡感覚強化・V》《軽業術・破》の計三つ。


『死体の上』なんて不安定極まりなく、足場としては不十分でしかないが――前述のスキルがあれば〝十分〟と成り代わるのだろう。

 その強行突破は読めていた。

 読めていた、としても。


「ぅ゛……っ!」


 ――この勢いは想定外。


『死体の上』を踏み台とする事で、体格以上の高所から斬りかかられている。

 今ばかりは重力が憎い。


「お前は所詮、小娘だよなぁ」


 吊り上がる口の端と共に、更にと体重が掛けられていく。私と彼の手は向きこそ異なれど直剣の柄のみを握り、私だけが刀身の腹部を抑えている右の手首からは、鈍い鳴き声が上がっていた。

 彼が縦に剣を下ろし、私が横に剣を備えている。

 それが交差している。


 脚が痛み、腕が撓み、肩が軋む。


「黙、れよ」


 応答しつつ、剣の平を抑える右手だけ力を抜き、なんとか斜めに受け流す。

 掛けられていた体重の大半が逸れ、彼が前へと転びかけている隙に数歩の距離を取って息を吸う。


「……私より、十歳も年上のくせにさあ、加減とか無いの?」

「無え」

「大人げないね、モテないよ?」


 ハイドは予想よりも早くに体勢を整え終えている。《スキル》の効果とは私の予想以上に強力な物であるらしい。

 その恩恵を受けつつも彼が体勢を整えたという事は、現状優位を握る者が選択を突き付け放題という事で――、


「っ」


 踏み込んでくる。突き。


 皮に触れた。飛んだ。


「は」


《脚力強化・IV》か? 動作を無理くり予測したから喉は無事なものの、少し見誤れば死ぬ。

 まず整理すると。

 ハイドは《ス(・)キ(・)ル(・)》を(・)前(・)提(・)と(・)し(・)て(・)殺しにかかってくる。それは、この世界に於ける優位性(アドバンテージ)なのだと認識を上塗った。


「――――」


 相対した視線と共に、胴を倒した。 

 隣の空が剣に薙ぎ払われる。


 首を竦めて、少し屈んだ。

 振り下ろす柄頭での殴打が横切る。


 膝を持ち上げるよう、片足を上げた。

 足払いが土だけを巻き上げる。


 右腕を退避させた。

 制服の袖が切られて、肌も裂ける。


 身体から力を抜いてあげた。

 一瞬前の私が、一刀にて両断される。


 上から下。その振り下ろしが前髪を散らばせ、鼻頭を掠めていった。

 服の前立てを辿るように下った剣風はボタンの留めていない制服(ブレザー)を羽根のように揺らし、そのままスカートの浅瀬に切れ目(スリット)を入れながら地面に深く食い込んだ。

 振り下ろした後の彼の体勢は、地を這うようなものになっている。


「、」


 転じて。生じた隙に、今までぶら下がっていた己の剣を蹴り付ける。腕力でなく脚力で強引に剣を振り上げれば、一度引こうとしていた彼の右腕を刃で斬刺(きってさし)た。

 殆ど倒れ込むに近く、四つで這うような腕から血が重吹いては、傷が生まれていく。

 そのまま、頭を蹴り付け、


「ッ」


 金属同士が、泣き喚く。

 苦しげな直剣の鉄と靴に仕込んだ鉄板が不協力な和音を奏で、鼓膜をきりきりと劈いた。

 俯瞰した状況に眉を顰めながら飛び退り、一旦距離を置いていく。


「は。はっ」


 ……あー、無理だこれ。スキルの使い方というか、意識の仕方はなんとなく分かったけど、これは頭が追い付かない。

 すっごい吐きそうだし頭が熱いし痛いしで、簡易的な地獄が脳内に展開されてる。


《視覚強化・I》で自力を上げて、《観察》に加えて《重心知識》《力学知識》が一瞬の解析性能を高め、《回避術・序》と《受身術・序》が私を身軽にしてくれた、のだと思う。

《呼吸術・序》はそれら全ての行動を長続きさせている陰の立役者。褒めてやろう、よーしよしよしよし。

 故に筋肉的な前触れに、彼の視線が向いている場所、足取りとか大凡の間合いとか剣の速度その他諸々は理解出来るんだけども、如何せん処理が追い付かない。


 入力と出力の間にある能力のスペックが足りていない。ああいや、ある程度足りていて、追い付いているからこそ避けれている。その所為で剰え、反撃すらしてしまったのだが。


 一時的にとはいえ変に主導権を握っちゃったから、警戒心上げてそうで面倒。


「……さっさと死ねよ。面倒で奇妙なゴミが」

「うん、それは同感……なんだけど」


 暗褐色の髪と同色の目を見れば、やはり鋭さが増している。

 手傷を負わせたとはいえ疲労度で言えば私の方が上だ。刻一刻と握っていた筈の優位性を失っていく感覚は、血液が流れ落つに酷似している。

 呼吸が荒れ、臓器が縮み、体温が下がり、心臓が朽ちていくような。


「あー、気持ち悪い。ちょっとゲロ吐いていい? おえーって。いやあ駄目だよね。分かってる、分かってるって。……いや本当に」


 諸々を誤魔化す為に口を適当に走らせながら、〝口〟から直剣をもう一本出す。これで二刀流。どこから取り出したのかと問うような視線に答えをあげる必要など、どこにもありはしない。


 なんせ、相手もとうに〝準備〟を整えているのだから。


「あーもう、本当に」


 構えて。


「……ちゃんと、分かってるってば」


 また――踏み込んで、来る。


 距離が開けば目で追える。開けた視野は相対を見咎める。

 それはあくまで、人間性能の範囲内。

 であれば対処可能。


 十五メートルの円内を行き来する存在。短剣を携えている者。


 が、迫る。


 対処可能。

 可能なのだと、言い聞かせた。


「――……っ」


 前のめり。


 その体勢が需要に寄与し、剣同士の✕(交差点)丁度に刃先が来る・来た。

 だけれど、鍔迫り合いには付き合わない。

 右手の握りを移動(ズラ)し、掌で〝口〟をぱかりと開け、それが白く牙を剥く。


「――――」


 そして――ぺっ、と。

 拳サイズの小石を、吐き出した。


 動作としてはただそれだけ。


 スイカの種か何かのように。

 そう吐き出された投石は、彼の肋骨辺りで強打を与えて。


「!?」


 意識が揺らぐ・揺らいでいて。

 右に握る剣が、交わり交差している左の刃を前後に研ぎ払う。


 ――しゃっ。


 垂直を滑る剣が、刀身の妨げを外れ。

 がくりと外れ、彼の脇腹を掠めた。


「ぃ」


 刃と刃、噛み合っていた筈の力が抜けた。

 ので。

 足をふらりと持ち上げて、腎臓目掛けて蹴り飛ばす。


 成人男性の身体が多少転がり、汚れる。反作用を強引に踏み倒してから、追撃に出ようと追い縋――、


「ぶ」


 腹が蹴られ、








                    吹き飛ぶ。





「が、ぐ……っ!!」


 視界から推測するに、円の輪郭として存在する木にぶち当たっている。何が。体が。

 ここまで飛ぶものか? いやあの速度を、推進力を生み出す為には相応の力が必要な筈で、だから私はここまで追いやられていて――、


「くそっ、たれ」


 痛みが過ぎて具体的な感覚を見失っている。腹への衝撃に慣れているというのもあるけれど。立ち上がりながらも前を見てみれば、ハイドも今頃漸く起き上がっている所。

 ある程度の手傷を負わせられたと考えておく。

 というか意外と近いね? 衝撃で頭が真っ白になっていたけど、思ってたより大事ではないらしい。


 傷、或いは痣の程度を手で探りつつ、木を支えとしながら言葉を掛ける。


「お母さんに、教わらなかったの?『女の腹は蹴っちゃいけません』ってさあ」

「お袋なら死んださ。五年前に呆気なくな」

「おー、奇遇だね。私の母も知らない男と無理心中して、馬鹿みたいに死んだよ。呆気無くね」

「……」


 なんでそんな目で見てくるのか。軽口に乗ってあげただけなのに。

 ウィットに富んだジョークというやつじゃないか。


 その抗議を伝えるように、立ち上がった所で右が握る直剣を〝口〟に仕舞ってから短剣を取り出し、そのままえいっと投げ付ける。

 投擲物は直線的な軌道を描き――あっけなく剣にぎぃんと弾かれ、雑草に溺れる。


「お茶ぐらい濁させてよね」


 そこで漸く一息吐くと、やはり男は駆けてくる。

 が、流石にそんな速くはない。いや今までが速すぎて今がそうでないように見えるだけで、結局の所ただ単に相対的な評価でしかないがそれでも自分にとって遅く感じられるのならば比較的対処は容易であ――、


 体重を左だけに集めた。逆手で突き下がってきた彼の刀身が、ブラウスの袖と触れ合う。


 袖触り合うも多生の縁。確かに私は、刃物と他生からの縁ではあるが。

 それも最期まで、酷く密接に。


 あの包丁があれば、話はもっと簡単だったのに。


「。」


 思いを置き、攻撃後の隙を狙おうと剣先を上げるが、その瞬間にハイドが風を残して飛び上がる。


 上。上ではあるが斜め上。しかも後ろ斜め上。


「逃げ――、?」


 中空に浮かんでいる対象を追おうと見上げた視界の端には、悠々大々とした樹木。

 私が身を打ったのとは、別のそれ。


 ハイドはその突き立った幹と同程度の高度で飛んでい、


「――――」


 あ。


 まさ、か。


「――《立体軌ど」


 幹に足が着き、そして。


 飛(・)び(・)下(・)が(・)る(・)。


 向かうはこちら。

 森林にぽっかりと空いた十五メートルの円内。

 そこを降りるのは身体であり、振り下ろそうとするのは――剣、でなく脚。


 蹴りが落ちてくる。宛らとすれば隕石のように。冗談でも遊びでもなく、〝殺意〟を帯びた革靴が。

 その靴底(アウトソール)が、瞳を占めた。


 見上げた視界が点滅(チラ)つく。

 相も変わらず鬱陶しくも、日の光が瞳を刺す。


 光を反射し、靴底が輝、く、


「――――?」


 、なぜ――? 光を反射するような物など無い。

 なぜ? 何故? は? なんで?


「ぁ」


 いや。


 そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)か(・)。



『――熟練度の閾値超過を検出。《思考加速》を習得しました』



 過る声。展延した世界。落ちる彩度。

 そんなの全て排除する(どうでもいい)。


 攻撃とすれ違ってしまぬよう、辛うじて斜めに剣を。


 ――がぃ。


 と、衝撃をその黒剣の身一つで受け止めきる。

 それが克明に映る。


 ――ぎっ。

 日に透ける紅の身が、へし折れる。

 それが感触で解る。


 全ては、彼(・)の(・)直(・)剣(・)によって。


 赫々たる破片が、青い空に飛び散る。

 乱反射する光が、虚偽の革靴を弾き出す。


 今まさに、こちらに向かって飛び降りた彼の。


 落ちながら斬り掛かるなんて常識外の行為をしたハイドの、その長い刀身が。振り流れる暗褐色が。見開き切った同色の眼球が。揺れる服の端が。まるで異なる位置に在る革靴が。

 要因は《改竄》か《隠匿》か《擬態》か。

 何にせよ、砕けた剣は直剣を受け止められない。

 敵の身体が描く軌道は前転にも似ていて、私に刃が当たる事は無い。


 追撃はどうするか。

 それを考えた途端、ぶつりと糸が切れ。


「……ぁ?」


 戻る色、時計の針、それらはきっと『概念的なデコピン』。

 同瞬として腹に何かがめり込む。それも勢いよく。


 視界の端を捉えれば、拳でも蹴りでもなんでもなく――頭が腹をどついている。


「頭(ず)――!?」


 原因を確認した直後、吐いた血と共に吹き飛んでいく。


 頭突きの衝突位置が悪かったのか、体が捻れながら斜めの方向に体が錐揉みに転がり飛んだ。そのまま時折跳ねながら地面を転がっていき、浮き出る木の根が土手代わりとなる事でなんとか止まる。


「、」


 ……馬鹿か?


 何をどう考えたらあの状況下で頭突きを出せるのか。そもそも着地に全身も全霊も捧げなければ普通に骨折すると思うんだけど――それはあれか、《軽業術・破》を保険として使っているのだろう。

 にしても全身が痛い。色々と打ちまくったし切りまくった。父親に虐待でもされている気分だ。つまり最悪という事。


 なんとか木の皮を縁(よすが)によろりと起き上がって、全体的な気分の悪さを抑えようと浮き出ている根に腰掛け、背中を幹に預ける。

 その体勢で見上げてみれば、ハイドは立ち上がっていたし、こちらに歩み寄ってきていた。


「……足、引き摺、ってん……じゃん」


『破』レベルのスキルでも衝撃を受け止めきれなかったのだろうか? あの高さまで飛んでいたのだから仕方なくはある。あそこまで飛べたのは、《脚力強化・IV》のお陰なのか――。

 それとも、スキル以外にも身体能力の補強を行える何かが存在するのか。


「……」


 ああ、本当に……気になる。


 気に、なるなあ。


「……はあ」


 深く溜息を吐いて、再度見上げ直す。

 全く持って頼りのない足取りではあるが、着実にこちらへと迫ってきている。

 しっかりと、直剣片手に。


 露悪的な酩酊にも近くなってきた意識へと身を任せ、ゆっくりと到着を待つ。

 革靴が、無造作な草を圧壊させる音が聞こえるまで。


「――よぉ」


「……やあ」


 掛けられた声に応じる。……私でも、挨拶ぐらいは返せる。

『ただいま』に『おかえり』も返せないような父親と違って。


「……じゃあ……死ね。きっかりと、二人分」


 ぐじ、とどこまでも深く地面を捉える音がした。


 柄と残った刀身で構成された剣――とすら呼べない物を向けるが、効果が無いから適当に正面へと投げる。

 それは、ぽとりと落ちただけ。

 投げ捨てた剣の全体は真っ黒な物。それはこの十五メートルの円内に居た筈の、女の髪色(白銀)と真逆だと思った。


 現実逃避気味に考えていると《思考加速》とやらか、或いは単なる走馬灯か。またしても色が褪せ、抜け落ちていく。一秒が十秒として感じられ、強制的にギアの切り替わる感覚が吐き気を煽り散らかす。


 淀んだ世界で、男がこちらに迫り来る。


 死力か全力かなんなのか。

 極端に引き延ばされた世界の中ででも、速度が付いている。


 揺れる雑草、巻き上がる土壌、鈍く重い音程。

 全てが緩やかであり、丁寧であり、異様な程に遅々としていた。



 自分が伸ばす、右腕すらも。

 歪んだ、口の端すらも。



「あは」


 進んだ、彼の一歩。


 ――剣が、革靴を貫く。


 はしゃぎながら滲む血。

 それらが地面に滴るより、突き刺さりながらも地面から剣が地表に出るまでのが余程速い。


 同時に、私が寄りかかる木から数本の剣が柄頭を向いて飛び出し、その柄の底が私の脊椎達を叩き出した。

 後頭を殴られて、背中を殴られて、一歩を踏み出さざるを得なくなる。


 片足の甲を貫かれているハイドとは対照的に、輪ゴムのように時間軸が間延びした世界の中で、素早く駆け出す。


 手には、生成したての剣が握られている。


「――あ、ははっ」


 黒い剣が、彼の喉を貫いた。




                ▼△▼△▼△▼




 足を太過ぎる針(・)に縫い止められているにも関わらず、彼の身体は容易く傾いで倒れ込み、その首には黒い物が食い込んでいく。


 それは、直近(じさつ)の記憶を投影するように。


 馬乗りになったまま。使い終わった掃除機のコンセントみたいに引き抜いて、元に戻しては、また引き上げて、そうして突き下ろす。

 血塗れの手が握りの部分から滑る度に握り直して、深く深く力を込めて、断罪するように振り下ろす。


 それを何度も何度も、何度も何度も繰り返す。


 血液が、ぴちゃりと高く打ち上がる。

 広がりかねては、滴り落ちた。

 返り血すら、無残に散らばっていく。


「あ、は」


 緑は綺麗だった。

 穏やかだった。


 それが何よりも、つまらなかった。


 ここに来るまでずっと、森の景色には飽き飽きしていた。どこを見ても緑一色。健康的で美しいと言えるのだろうが、私にとっては紫色よりも毒々しく、赤色よりも痛々しく、藍色よりも空々しい。

 葉緑素が憎い。

 光合成が憎い。

 フィトンチッドが恐ろしい。


「……ひふ、ふふっ」


 だから、今の光景は。

 立派な緑が、血の赤で穢されていくその様は。


 私という、一つの手で壊れていく全ての調和が、人体が、皮膚が、脂肪が、筋肉が、骨格が、神経が、血管が、運命が、常識が、人生が。


「――あ、ははっ! あは、あはははははっっ!!!」


 何よりも、目に優しかった。




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