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食卓上、機械摂理夢遊論。  作者: 未曲
一章 『転生少女と廃棄聖女』
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7 『世界とは、五感の作りし欺瞞である』



 太陽の眩しさを遮ってくれる木葉達に、口付けを落としたい。


 そう考える程度には思考が浮かれていて、気分は清々しくある。

 仕方ないと自己弁護するのは呼吸よりも容易な話で。なんせこの世界に来るまで吸っていた空気というのは、いつも酒気と腐敗と鈍痛とを帯びていたのだから。

 それこそを、深く実感しているのだから。


「……深緑が目に映えるねえ」


 自然の情景はさておき。

 ゴブリンを殺してからという物、ずっと寄りかかっていた木から離れて川とか集落とか見つからないかなーと適当にほっつき歩きつつ、【暴食系統】のスキルを色々と試していた結果としては。


 確かに〝口〟から吐いた消化液は小石や木枝とか包んで〝口〟に食べさせれるし、呑み込めた。

 それに〝収納〟を意識しながら呑み下すと、消化液で包んだ筈の物も原型として吐き出せる。

 流石にスキルは得られなかったが。あと満腹感も。

 説明文通りに、スキルで分泌された消化液は『消化』ではなく『構成要素の分解』を行うと理解できるが、では一体どのような手段を用いてそれを可能にしているのか――、


「やめとこ」


 それについては長くなりそうなので思考を打ち切り、そして路線を切り替える。

 試そうと思った中で、まだ試してないスキルは《情動戎器》だけ。説明文によれば魔力とやらを〝武器〟という概念に押し込み、特定の物体を形成出来るらしいが。


 魔力の存在を前提とした説明文からするに、本当にこの世界は筋金入りの〝ファンタジー〟らしいね。


 さて、《情動戎器》の効果を検証するに当たっては、魔力という概念を親しい隣人として扱う必要があるのだけれど。或いは、親友とかセフレとか、恋人とか夫婦とか。

 とにかく、セックス出来るぐらいには親密にならなければならない。いや親友とはセックスしないか。そんな事はどうでもよくて。いやするか? した時点で親友ではなくなるだろう。

 しかし行った瞬間に親友というのが失効されているのならば……解釈の余地が……。

 

 うん、まあ、性知識はともかくとして……さんざ言うが、この世界に於ける『前提知識』が全く持って欠如しているこの身。


 ナビに尋ねてもいいけれど。


 段階を踏んだ上で知るべき付加情報も遠慮なく言葉に割り込ませるような、配慮と人心に欠けるこいつに質問なんかしたら、この思考はメビウスの輪となり表裏を喪失するだろう。

 まあ幸い、心当たりはある。あり過ぎる。

〝口〟経由で『格納空間』から取り出し、そのままなんとなく手に持っていた枝をへし折りぶん投げた。茂みがしばかれる音でまたゴブリンとか何かが出てくる可能性に期待しつつ、惰性で前を目指す。


 少し眼球を45°ほど上に傾け、余波だけでも目の痛い根源を捉えた。


 太陽は眩しい。

 ラトボニルの使用した【神罰】とやらと同様に。


 黒い空間にて殺されかけた【赫い華】。


 収束し、放たれたそれから受けた余波、或いは反響。それに似た感覚が身を巣食っているのが《行使鑑定》の初回使用時以降、思索の端を蝕んでおり、尚且つそれを考慮の下に置いている。


「あんまり、主観のみの経験(モノ)には頼りたくはないんだけどなあ」


 文句は着払いで天空へ。

 実証は自らの手の上で。


「――――」


 一度立ち止まり、大きく息を吸う。


 揮発性であるフィトンチッドを鼻腔に収めながら、瞼と共に思考を落とし、〝今〟という瞬間と感覚に全ての身を窶す。

 迫りくる翌日の予定に焦りを覚えながらも必死に床に就こうと努力する状況に於ける〝微かな眠気〟を逃さぬ慎重さを以て、骨密度も肌理も、循環器系すらも越権して居座る【体躯】を優しく握り込む。

 そのまま、想像上に武器の形状(イメージ)を収める脳を経由させ、筆舌ですら証明を放棄する観念を、丁重とした扱いで片手へと送り、引っ掛かる息を吐き出して。


 浮遊した啓示を、喉に。

 構築した単語を、声に。


 端的に。



「――生成」




                ▼△▼△▼△▼




 臓器を失うにも似た感覚の後に、瞼を上げる。


 手に握られていたのは――剣。


 それ以上でなければ、それ以下でもない。

 握り心地は大層な物だが、あの包丁には叶わない程度のもの。

 特筆すべき事があるとしたら、それは銀や鈍の色をしているのではなく、黒滔々たる程の暗夜を押し込めた色彩を呈している点。それが〝剣の形〟を象っているのだから、多少は現実性を失う。


 ベンタブラック、だったっけ? 光の反射率がすっごい低い塗料の名前。

 そのくらい二次元的に見えるとまでは行かないが、それでも相当に黒い。体感3kgの重さを片手で持ち上げながら徐々に上へと閃かせ、出来たてほやほやの直剣をお天道様に透かす。


 すると、無遠慮な日差しを受けた刀身は染まり上がる。逆上せたような赤色へと、血すら敵わぬ緋色へと。


 んー……色の濃い柘榴石(ガーネット)は光が通らない所為で黒く見える、みたいな話を聞いた事あるけど……それと似た感じかな。

 思ってたよりも綺麗だけれど、このまま陽光を間接視野で拾っていると絶対に目が痛くなる。視線と共に腕を下ろしては、作ったばかりの刀剣を〝口〟に呑ませて『格納空間』とやらに仕舞っておく。


 石ころや木の枝に、直剣含めて色々と『格納空間』とやらに仕舞い込んでいるが、容量不足にならないのだろうか。

 不安を抱きつつ生成後の感覚を頼りにすれば、今の生成で消費した〝魔力〟と定義すべき不明瞭さは十分の一程度。

 つまり一割。


「次」


『生成サイズが変わっても消費する魔力量は一定なのか』と、『《情動戎器》を使用した際にどのようなプロセスを辿って形成されるのか』を確認する為に、次は目を開けて使ってみる。


 二回目なので慣れた物。


「生成」


 と呟けば、前兆も片鱗も無いまま、手の上にぱっと短剣が現れる。

 消費魔力は五分程度。


「なーるほど」


 消費する魔力と生成サイズは比例し、魔力の完全な形成までに掛かる時間はおよそ0.2秒ぐらい。加えて、少なくとも現状で判断出来る限り、掛け声以外は生成時に前触れとなるような現象は一切無し……と。


 短剣も〝口〟経由で格納空間に仕舞いつつ、《情動戎器》の説明文とは反する事。

 つまり〝武器〟以外も生成できるのか、後は『生成』という警句無しに象を結べるのかも試してみよっか。



                ▼△▼△▼△▼



 結論として、〝武器〟の定義外にある物は流石に生成出来なかった。


 でも『出来ない』とか書かれてるとやってみたくなるのが人情だと私は思うの。私は私の心……延いては好奇心に従っただけ。仕方ないね。

 あと、『生成』という発話の有無が、構築難易度に関与している事が分かったのは大きい。俗に言う【詠唱】というやつだろうか。

 そもそも発話有りの場合と発話無しの場合は、構築の過程それそのものが異なる気がする。


 発話無しが鍛造で、発話有りが鋳造と例えれば近しいかな。

 定められた規格に熱鉄を流し込むか、熱鉄を叩き鍛える事で形を成すか。逆に言えばそのような差異があるのみで、生成速度の僅かな差以外にさしたる影響は無い。


 どちらであろうと〝剣〟は造れるのだから。


 他に《情動戎器》で面白かったのは、逆説的に〝武器〟という定義から外れなければなんだって生成出来ると考え、想像し得る限りの銃器を創ろうとしたけど、何一つとして形にならなかった事。


 これまた感覚的に述べるのならば――やろうと思えば出来るが、それはリソースが有限でない場合に於いての話。単純なサイズの他にも構造の複雑さなども、消費魔力に関与しているのだと思う。

 一応〝銃器〟が定義外にある可能性を考慮し、〝武器〟という定義を考え直して『ある程度の殺傷能力を前提とした道具』、或いは『戦闘を前提として設計された道具』として定義し直した結果としては。


〝防具〟……という体で念願の靴を生成出来た。

 それはもう、とてもありがたい副産物だった。


 なんせ今までずっと、皮膚の強靭さを信じて森の中をタイツ一枚で歩き回ってたからね。しかも血塗れ。装備品としては最悪も最悪だったから、化学素材を使った新品のローファーはもはや鉄靴同然。


「いやまあ鉄板仕込んでるから、あながち間違いではないんだけど」


 か弱い乙女には護身の備えも必要だからね。拳大程の石でゴブリンの頭部を執拗に割り砕くような女が〝か弱い乙女〟だとは思えないけれど、備えあって憂いなしの精神で押し通そう。

 それらしく左手をぐーぱーして、同時に魔力残量に思いを馳せる。

 残り八割程度。靴に掛かったコストが意外に安かったのが良かった。あとはこれを温存して有事に備え――、


「……いや」


 はたと、木を眼前に置いて立ち止まる。


 考えてみれば。


 短剣も靴も直剣も、全て『手の上』を生成点(ポイント)として造ったけれど、これは体外の中空でも生成出来るのか。また、生成先に物体が既に存在する場合、果たして生成物はどのように振る舞うのだろう。

 それが、気になってしまった。


『魔力は温存するべきだし、好奇心で無駄な危機を冒す真似を行う意味は全く無い』と、理性がそう囁く。

『今後の事を考えれば、能力の振る舞いを確認するのは必然だし当然である』と、好奇がそう騒ぐ。


「――――」


 気になる、気になる、気になる。


 そもそも生成すら出来ないのか、或いは圧力に耐え兼ねて木が爆ぜでもするのか、先に剣が折れるか砕けるかして木の中に散らばるのか、癒着する形で幹と剣がくっつくのか。

 気になってしょうがなくて、気になって仕方がなくて、気になってどうしようもなくて。


 だから。


 仕方ない、から。

 左手を、前に向けて。


「――生、成」


 呟いた、



 瞬間、意図を含んだ悪寒が走る。


 警鐘が、鳴って、響く。

 身体を傾がせ、


 ――しゅっ。


 その風切りが、頬を掠め。

 強引に受け身を取って、衝撃を逃がし。


 頬の痛みを無視しながら、後ろを向くと――、


「……ぁ?」


 ――剣が、木を貫いていた。


「……」


 今見ている方向は、内部に剣を生成した樹木とは逆の方向。


 正面を見返してみれば幹には傷一つ無いのだから、きっと同座標に重なった分子だか原子だか物質同士の反発力のままに剣が弾き出された。整理してみればそういう事なのだろう。

 推測でしかないけど、そういう事にしておく。


 片手で身体を支え、左の頬に触れてみる。

 生温く、ぬるりとした感触。

 あの瞬間に走った、使命と呼ぶべき目的を携えた悪寒。あれは多分、感知系のスキルの効果。多分その中でも《危機感知》のお陰。だって悪意も視線も気配もある筈が無いから。


 それが無ければ恐らく、今頃は脳天を突かれ死んでいた。


『熟練度の閾値超過を検出。《反射神経強化・I》を習得しました』

「……」


 今、ナビの声は、どうでもいい。


 きっと恐怖もある、驚きもある。

 だけれど、今この瞬間。

 この心臓が、高鳴っている理由は――、


「……あ、はは……っ」


 ――期待以外に、ありえない。



                ▼△▼△▼△▼



 色々と興奮が落ち着いて一人反省会を開いて、そろそろ歩くのにも飽きた頃、漸く人里を探そうという気になった。その気になるまで多分十分近くは経っていると思う。

 いや本当に反省した、あ(・)れ(・)はもうやらない。

 探すのは川。下れば人里が芋蔓式に見つかるかもしれないし、水だって大量に確保出来る。そのまま飲めば腹を下すだろうけど、胃袋に入った全ての物を消化してくれる《貪食》があれば大丈夫……な筈。


 一度は《危機感知》に命を助けられたからね。《スキル》に対する信頼に繋がるのはおかしくはない。


「でもなあ」


 仮に都市とか街とか村とかを見つけたとしても、父親と神様と小鬼の返り血塗れの制服姿をしている私を受け入れてくれるかどうかは……議論の余地があるね。

 運が良ければ大歓迎されるかもしれない。

 運が良ければ。


 惑星規模で、銀河規模で、宇宙規模で。程度はあれど〝ここ〟が全くの別世界である事は明確。細かな経緯はともかく私という存在・人格は超常への信心が欠如していた。

 同時に、魔法などという不可思議な物も信じるに値しないと。

 地球の価値観で十年余り生きてきた私にとってその思想は極めて自然な物であり、それに対し真っ向から喧嘩を売る法則が働いているこんな世界を前世と同列に扱うなど、如何な白痴だろうと及ばぬ愚行だと定義する。


 だからまあ、この目で文化を見るまでの間に、色々と仮定を積み重ねるのは無駄というか、あんまり役に立たないというか……。


「それでも、せめてグレートフィルターを突破してないといいんだけど」


 出来れば、文明が遅れていると嬉しい。

 遅れすぎているのも問題だろうけど。


 こうして考えていないと気が狂いそうになる。頂点に位置していた太陽も少しづつ落ち始めていて、流石に焦りが出るし幾ら歩いても景色は変わらないし大きな変化がある訳じゃないし。

 ここまで一回も休憩してない。そろそろ変化が欲しい。


「んー……」


 今までずっと目を主な情報収集源として使ってきたが……ここまで大した成果もないのだし、一旦それ以外に頼ってみるのも悪くはない。

 一旦立ち止まって、耳を澄ませてみる。


 聞こえてくるのは、風により葉が擦れ合い、どこかで野鳥が鳴き、茂みが撹拌される微かな音。


「……もっと」


 それらは知っていて、聞き飽きている物。

 だから、聞き覚えのない音を、異音が無いかと耳を傾ける。


「……」


 耳を澄ます。鼓膜を尖らす。

 蝸牛神経の変換能力に期待を掛ける。


『――――!』


 引っ掛かった物。

 突如混じった異物。


 低く、大きく、重い音。

 どこか、聞き覚えのある音。


 怒号のような、何か。


 他の可能性も捨てきれない、けれど。

 でも、今の現状を考えれば――、


「……いいね、行こう」


 目を開けつつ、正面へと歩き出す。

 吊り上がろうとする口端を、なんとか抑えながら。




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