6 『情報の可食部位について』
下を見れば、それはそれは小さな首無し死体。
刃物で刎ねられた訳でも断頭台に掛けられた訳でもなく、私が自然派の鈍器を用いて餅つきのように執拗なぐらい叩きまくった所為で、脳も肉も骨も皮も細かくなって頭部が丸々無くなったゴブリン。
その死体。
「……んー」
体力を無駄に使った気がしてならない。
『[個体名称を設定してください]』
繰り返し振り下ろしたのは、見知らぬ生物の生命力を危惧しての行いだったけど、馬乗りにしていた体が身動いでいたのは始めの数回程度だった事を考えれば、私の危惧は杞憂でしかなかった。
『[個体名称を設定してください]』
あとこいつ。
『[個体名称を設定してください]』
ゴブリンを殴殺した時もだけど、さっきから何回も何回も『[個体名称を設定してください]』ってうるさい。何故そんなに『名前』に執着するのだろう。
こう、あれか、自己同一性に纏わるからか。まあ、気持ちは分からなくもない。特にこの現状に置かれている〝私〟では、前世以上に。
何にせよ、黙ってくれるのならなんだっていい。求めに応じるという事は言いなりになったという事に通じてしまい、正直苛立ちなどがあるが、私の精神的安寧を名付け程度で買えるのなら是非とも買わせてもらう。
仕方ないが、非常にムカつくが。
付ける名前は……適当にしてやろ。
一応、願いを込めてはおくけれど。
「じゃあ、案内役から取って、『ナビ』とかはどう?」
『……了承。[個体名称]を目的設定者の命令に従い、〔ナビ〕と定義します』
これで騒がしいのも収まった。
という訳で、検証に移ろう。検証の対象はラトボニルの焼死体を見た際、自分の腹にぱっかりと開いた口から出た変な靄が、死体を覆って溶かした挙句、啜り上げたあの事象について。
黒い空間を放浪していて暇だった頃に、〝口〟の開閉自体は出来るようになっている、
ので。
「状況再現といきましょーか」
早速ゴブリンの死体に掌を翳しつつ〝口〟を開き、満タンのペットボトルを傾ける光景をイメージしながら、おえっと嘔吐くように黒い靄を吐き出す。
当然の如く不確かな〝それ〟が遺体袋のように緑の矮躯を包み上げ終えた後、それらを〝口〟に啜らせた。
「……んー、ピリ辛?」
ラトボニルを体内に収めた時とは違い、イってしまうような出来事もなくゴブリンを食べ進めていると、感覚としては少し辛めに味付けされたポテトチップスにも似た、〝味〟という物を犇々と感じる。
「謎」
不明瞭な輪郭が辛味によってのみ縁取られて、〝口〟の中で溶ける感触が――、
『《腕力強化・I》を取得しました』
……。
「……ああ、そう」
柳が風に吹かれている。告げる案内役の声に驚くべきなのだろうが、ここまでくればもはやそういう機能は麻痺してきた。
なので、思考を進めていく。
額面上を受け取るに〝何か〟を得たという事は理解出来る。ただそこは一旦どうでもいい。今の私が知りたいのは『何を得たか』ではなく『どうやって得たか』という事実。
その方がより、直接的に理解を進められるが故に。
というわけで。
「ナビ、説明して。てかしろ。する義務があるでしょうに」
空々しい程に清々しい青空を見ながら、虚空という対象に問い掛ける。
『スキルの取得に至るまでのプロセスについて、でよろしいでしょうか』
「それも気になるけど、まずは取得した〝手段〟を」
『……了承』
ナビは思ったより聞き分けがいい。取得アナウンスを済ませたらずっとだんまりを貫くと思ってたんだけど、しっかり返答してくれるなら情報の精度はどうあれ、相談役とか話し相手にはなってくれそう。
『では早速、取得手段の解説を行います』
「はーい」
『第一に、目的設定者の持つスキルである《欲望の口腔》で〝口〟を生成し、《捕食》を用いて〝口〟から消化液を吐き出し対象を包み込み分解した上で呑み込みました。対象を体内に収める事で《消化習得》の効果を適応させ、対象が保持していたスキルを一つ、目的設定者の意思により取得――というのがスキル獲得までに踏んだプロセスの全容です』
「わあ、すごい」
何を言っているのかまるで分からない。
固有名詞達が素知らぬ顔で横行している。
「要約すると?」
『対象を捕食し、持っていたスキルを獲得しました』
ラトボニルが〝剣と魔法のファンタジー〟などと称するだけはある。
「んじゃあ……そもそもの話、スキルってなんなの?」
『生命活動に纏わる動作の補助を幅広く行う、魔力的ツールです。歩行や呼吸、技術や思索、戦闘や工作などの行為に関して規約対象が得た経験の定着や行使、増幅などを行う事により、非常に幅広い分野で生命活動のサポートを行います』
んーーーー。
「なんとなくだけど、分かったような、分からないような」
どうやら、この異世界にはゲーミフィケーション的加工を施された《スキル》とやらが存在するらしい。経験の定着行使増幅をして……例えば人が弓矢とかで狩りをする際に、命中させやすくしたりとかになるのかな。
集中力を維持したり、番えたり照準の動作だとかの経験を強引に身で再現したり、そんな感じだと思う。
ナビの説明を聞く限りだとね。
じゃあ、この世界が〝ファンタジー〟という世界観を維持出来ている理由は《スキル》が要因なのか、それともそれは単なる構成要素の一つでしかないのか。
色々と気になる事はあるが、一先ず知るべきは。
「じゃあナビ、私が現在保有しているスキルに関しての説明を」
『それについては私による口頭での説明ではなく、《行使鑑定》を自らに使用して[ステータス]を閲覧する事を推奨します』
まーた知らないのが出てきたよ。
新参者に対する配慮という物は無いのだろうか。
「……で、それはどう使うの?」
『意思を以て念じれば、自ずと』
もうなんか、アバウト過ぎて不安になる。いやまあ、ナビはこの世界、というかスキルに関しての知識量は恐らく私よりも上だと思うから、その言葉を信じないのであれば八方塞がりにて野垂れ死ぬ。
だとしても、『意思を以て念じれば』って、どんな意思で念じればいいのかが分からない。説明が適当過ぎる。
そのくらい適当に念じても《行使鑑定》は使用できる、という事を表しているのだろうか。
何も分からない。
「まあ、試すしかないよね」
んー、なんかこう、見せろー。情報とかー、なんかいろいろー。ステータス見せろー。
頭を抱えて念じつつ唸っていると、なんとなくイメージが湧き上がって来たような、気がしないでもない、ような……?
「――ん、んん?」
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[名前]:〔望月璃奈〕
[種族]:人間
[年齢]:16
[状態]:正常
[任意稼働技能]
《捕食》
《情動戎器》《行使鑑定》《第三の家畜》《天竺鼠の加護》
[常時稼働技能]
《暴食》《貪食》《消化習得》《欲望の口腔》
《演算領域拡張・I》
《視覚強化・I》《腕力強化・I》
《気配感知》《視線感知》《危機感知》《悪意感知》
《気配遮断》
《柔軟》《観察》《空間把握》
《貴種の品位》《貴き蒼血》
《睡眠耐性》《騒音耐性》《気絶耐性》《空腹耐性》
《混乱耐性》《熱耐性》《冷耐性》
《言語完全知識》
《重心知識》《力学知識》
《回避術・序》《受身術・序》《呼吸術・序》《睡眠術・序》
[称号]
〈親喰い〉〈神喰い〉〈鼠喰い〉〈捕食者〉〈共食い〉〈悪食〉
〈大罪を司りし者〉〈異界者〉
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――天啓にも似た、感覚。
脳裡を循環し大半を占める思考に突如、脈絡も親交も無いどこまでも明瞭な不純物が混じった、とも例えられるような。
あれだ、長蛇の列にわざわざ並んでいる時に割り込まれた時みたいな感覚。
不快感はともかく、ずっと脳の一部を占領し続けている情報に目を向けてみれば、字面だけでも理解が容易い内容とそうではない物が混じっている。字面と言っても、その文字は見覚えの無い物だけれど。
知識に当て嵌まらないにも関わらず、何故か理解できるこの文字については後回しにする。どうせ《スキル》とやらが悪さしているのだろうし。読み書き関係能力の強化とか、そんな感じ?
ともかく、例えば種別名だと思われる[任意稼働技能]と[常時稼働技能]の二つ、これらは文字通りの意味を持ち、それらの下に書いてあるスキル群は前述通り任意・常時形式の《スキル》で分類されている。
……と、考えていいだろう。分かりやすいUIで何より。
「逆に言えば」
そのぐらいしか分からない。
強化という文字の後ろにローマ数字が付く物や、感知や遮断系統、直接的に《捕食》だとか《柔軟》と書いてある物や耐性に理解系統、それに加え《〜〜術・序》といった形式の《スキル》。
それらはまだしも、それ以外は全く持って分からない。称号は一先ず置いておくとしても、《暴食》に《消化習得》、《欲望の口腔》《情動戎器》とやらに加え、《第三の家畜》に《天竺鼠の加護》。
「というか」
《貴種の品位》《貴き蒼血》て。確かに家柄自体は良かったらしいけども。
理解させる気がない名前だよね、全部。それか元々、理解を前提としていない情報だったり?
樹木に寄りかかって腕を組み、視線をぐるぐる回しながら滔々と思考を巡らす。……が、やはりこの世界に関する前提知識すら欠けている現状、何を考えても妄想であり、空想であり、奇想でしかない。
堂々巡りの末、一旦立ち返って考えてみれば、
「……そもそも、こうして自分自身の[ステータス]を閲覧している方法は?」
ナビに《スキル》についての説明を求め、《行使鑑定》の使用を勧められてフィーリングのまま中途半端に念じた。それが[ステータス]を閲覧するまでの過程であり、この世界の法則を利用したのであろう方法。
《行使鑑定》と呼ばれる物を、自らに対し使用したのが今の状況。
『望月璃奈』という〝対象〟に対しての鑑定結果が[ステータス]であるからして、《行使鑑定》というスキルが『対象の情報を閲覧する効果』を持つ物だと仮定すれば。
「いやでも、『望月璃奈』は物理的に現存する〝対象〟だけど、[ステータス]はそうでない〝対象〟だから……」
しかも、鑑定結果に対して鑑定を行うというちょっと意味の分からない行いだ。《行使鑑定》というスキルが一体どういう振る舞いを見せるのかが全く分からない。
だから、危険性が潜在しているかもしれない……が。
現状に於ける情報。その価値を天秤に掛けてしまえば、危険性なんて――、
「塵芥どーぜん」
てな訳で。
「えい」
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・《欲望の口腔》 [常時稼働技能]【暴食系統】
〝口〟の生成が可能になるよう、肉体を変質させるスキル。
これは象徴であり、それ以上の事は無い。
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「……できるんだ? いやまあ、wikiみたいなサイトとかなら似たような事できるけどさあ」
ワンタップでさ。いや、ワンクリックか?
そうやって前世の事を引き合いに出して考えるが、出来るのならそれでいい。《行使鑑定》を使用するにあたって何らかの対価が必要な可能性を考慮しつつも、幾つか気になるスキルの鑑定に移る。
「次」
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・《暴食》 [常時稼働技能]【暴食系統】
仮想的な胃袋と格納空間を植え付けるスキル。
このスキルの保有者は満腹感を覚えなくなる。
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・《捕食》 [任意稼働技能]【暴食系統】
生成した〝口〟から消化液を吐き出し、呑み下すスキル。
消化とは単なる構成要素の分解であり、格納空間に捕食対象を収めた場合に限っては再構成可能。
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・《貪食》 [常時稼働技能]【暴食系統】
仮想・実体問わず、胃袋に入った万物を消化するスキル。
太古から伝わる、欲の表れ。
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・《消化習得》 [常時稼働技能]【暴食系統】
消化した対象が保持しているスキルを、最大五つまで獲得するスキル。
選択されなかったスキルは熟練度として分割され、保有者の意思の下で振り分けられる。
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「……うわあ」
スキルの内容もそうだが、頭の中が酷い。
パソコンのデスクトップでウィンドウを開きまくった時みたいになってる。脳内に綴られた情報をなんとか端に除けて、ついでに表示しっぱなしだった[ステータス]を閉じた。
スキルに対する鑑定結果を整理してみれば、今は閉じている〝口〟も、そこから垂れ流される黒い靄とか、まぁなんか諸々がスキルのお陰であり、要因であったらしい。
結構長い間抱いていた疑問が解決した所で。
「じゃ、次」
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・《天竺鼠の加護》 [常時稼働技能][特殊スキル]
加護の内容は保有者によって変化するが、何れにせよ補正を与えるスキル。
尽きぬ虚栄であり、被れぬ毛皮である。
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・《情動戎器》 [任意稼働技能][特殊スキル]
魔力を〝武器〟という概念に押し込み、特定の物体を形成するスキル。
表現であり、鍛冶である。或いは、鍛冶こそが表現であったのだろうか。
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・《行使鑑定》 [任意稼働技能][特殊スキル]
保有権限の行使により、指定した対象に関する一部情報の閲覧を行うスキル。
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・《第三の家畜》 [任意稼働技能][特殊スキル]
管理者権限を有したスキル。
本来の保有者ではない場合、その一部のみ行使可能。
それは、受け継がれし呪い。
それは、憎悪に掻かれた寵愛。
それは、天竺鼠の嫌悪の対象であり、唯一つの寄る辺であった。
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「要領を得ないの多くない?」
というか《行使鑑定》。
それそのものに力があるのではなく、あくまでも持っている権限を使用するだけのスキルなのか。いやでも、わざわざナビがこれを使えと言ったのだから、これが無いと鑑定出来ないんだろう。
そういう事にしておく。
《天竺鼠の加護》はパス。補正の内容は気になるけども。次に《情動戎器》、これはまあ、使えそうではある。少なくともこれがあれば、ゴブリンの頭部を石でぐちゃぐちゃになるまで殴らなくて済むからね。
で、本題の《第三の家畜》。
《行使鑑定》で行使するのであろう[権限]を有しているスキル。恐らく私には一部のみが使用可能であるらしい。よく分からないポエムを写すぐらいなら、[権限]の内容について触れてほしいんだけど。
まあ、《消化習得》の効果を考えるのなら、《第三の家畜》とか《天竺鼠の加護》とかは多分ラトボニルが本来の持ち主なのだろう。
それ以外に由来が無いし、称号も加味したらそうやって扱っておくのが妥当。
その上で考えるとするのなら、説明文の不全から思うにそれらはラトボニルが元々持っていたスキル、というよりは元々保持していた何かしらの力を強引に《スキル》として、加工したような印象を受けるが……。
何にせよ、ラトボニルを食べる前・若しくは殺す前から、
「私は《消化習得》を持っていた、って事になるよねえ」
あの薄気味悪い人外が直々に転生の餞別を与えてくれたとするのは、やはり今でも考え難い。それ以外の要因、例えばあの偽神ですら逆らえない存在や機構が与えたのだとしても――、
私と会話していたラトボニルが警戒する素振りすら見せなかった事実が、仮定の作り出した景色と著しく反する。
というか、警戒心を一縷にでも持っていたら、死んでいたのはラトボニルではなく私だろうし。
よって、『【暴食系統】のスキルをいつどこから得たか』という疑問には答えが出ない。
だから後回し。
とりあえずは【暴食系統】のスキルの効果と、《情動戎器》とやらについて考えるべきだろう。
内容と説明がはっきりしているし、使えそうな効果を持つスキルなのだから。
現状に於いては、数少ない武器なのだから。
私にとっては、か細き命綱なのだから。




