42 『温めの火中に凭れた栗』
「いい依頼無いねえ」
「そうですねえ」
冒険者ギルドの中。
備え付けられている飲食スペース? みたいな場所に二人で座って、ポテトをつまみながら林檎のジュース飲んで、少し遠くの掲示板を見てあーでもないこーでもないと話し合っている。
《拡大眼》の便利を痛感しながらね。ズーム機能みたいで便利。
その分、視野は狭まるけど。
注いでいる魔力を打ち切るといつもの視野範囲に戻り、四角いテーブルとそこに乗っている料理が見えた。
椅子は四つもあるのに、彼女と隣り合って座っているのは何故なのだろう。向かい側に座ればいいだろうに。
「やっぱりランク上げないと、まともな依頼は受けられないね」
【カード】を見れば、燦然と輝く[組合指定階級]:Gランク。つまり本登録の中では一番下。下も下の最下層。Fランクに昇級するには、合計三十回Gランクの討伐依頼を達成する必要がある。
で、その三十回の内、五回依頼を失敗したらまた一から数え直しらしい。
「あと十五回。道のりは長いね」
考えられてはいるよね。忍耐力に、安定した戦闘力。不慮の事故に対する保険なのか、失敗は五回までという比較的緩い条件。上がるも現状維持も、きっと依頼を熟す内に決められる。
というか、決めさせている。
「護衛依頼、無いですね」
あるにはある。受けられないだけで。
要求ランクが高いのなんの。最低でもEとかだし。
「これってさあ、ここで依頼受けて、そして討伐とか採取の対象を集めて、別のギルドに依頼書と一緒に持ってったら駄目なの?」
「駄目、でしょうね。それなら普通に狩ったり採ったりして、あっちの方の依頼書を剥がして素材と一緒に提出した方がいいんじゃないですか?」
「まあ、そうなるよね」
指先でポテトを摘んで、口に放り込む。
んー、塩っ気がじゃがいもの甘さを露呈させて美味しいね。
癖になる味。
で、脂っぽくなった口内をりんごジュースで洗い流す。
おいしー。
効率を考えれば〝口〟で一気に食べてしまえばいいんだけど、人目があるからね。
あと、〝人目〟が私達のいるテーブルに着席してしまったし。
「こんにちは」
「ん」
挨拶されたけど口に物が入ってるから喋れない。だから会話は全てフィアに任せる。
「こんにちは、プエラさん」
レニー・プエラ。蜂蜜の髪色をした女性で、仮登録から本登録まで私達の面倒を見てくれた人。多分仄かに私達……というか私の異常性に感づいていて、その恩恵で出世しようとしている野心家かな。
単なる私の被害妄想である可能性は捨てきれないが、それも含めての可能性と言える。
可能性とは現在から無数に枝分かれし、結局はその中の一つしか選ばれないのだから、往々にして――可能性とは多くある方が火中の栗を拾う際に、火傷の有無はどうあれ栗を拾い上げやすくなる、のかもしれない。
「どうやら、お二人はお困りのようだと見受けられますが」
「まあ、そうですね」
黙々とポテトを食べていると、フィアが皿を片手で押して自分の分を差し出してきたから、それも食べていく。……《体型維持》があるから、大丈夫な筈。多分。恐らく。きっと。
まあ人肉数十kg食べてる時点で今更ではある。あと、この付け合わせてあるこのパセリみたいなやつは食べるべきなんだろうか。
迷うね。
「行くのですね、フォルミーカに」
「なんで分かるんですか?」
「そこ以外に、ここの冒険者が行く場所などありませんから」
ご飯食べたからかな。不眠の代償が来てる気がする。
眠い。気絶しそう。
「ですが、かの『霊園迷宮』は上層でもEランク、低層に至ってCランクでなければ探索許可が降りませんよ? 何か考えはあるのですか?」
……んー、あれか。上がるまではこの都市に留まったらどうだ、って言われてるのかな。でも残念。私達は回遊魚みたいに動き回らなければ、カウボーイの投げ縄から逃げられないからね。
罪人と同じくして追われる身だし。
正直な話、単純にフィアを見捨てればいいだけなんだけど、特にこの世界でやりたい事とか無いし、折角色々と世話を焼いてくれるであろう奴隷を直ぐに手放すのは惜しいし。
それにほら、『必要としてあげる』って約束したしね。ちゃんと必要にしてあげるつもり。もし要らなくなったその時は、私の手で殺処分してあげるよ。
多分、絞首とかになるんじゃないかな。
フィアの事は苦しめて殺したいしね。
「……ん、何。どうかした?」
《思考加速》を織り交ぜながら色々と考えていると、テーブルの下でフィアに手の甲をつつかれた。声で反応を返して目を向ければ、少し椅子をずらしながら、私の耳に口を寄せてくる。
「考え、あるんですか?」
「無いよ。向こうで上げようとは思ってるけど」
彼女の声は澄んでいる。ちょっと高くて、でも耳障りでなくて、ほんの少し甘さの混じった声。子猫の鳴き声のような、庇護欲を掻き毟る愛らしさの詰まった、聞いていて不快にならないような声。
私の喉から発せられる声とは違ってね。
低いし、がさがさしてるし、声帯が壊れてるのかどう喋っても吐息が混ざってしまうような、見苦しいというか聞き苦しい物とは違う。
彼女が羨ましいとかは無いけれど、聞いていて心地良くはある。
「ちょーっと諸事情があって、ここには留まれないんだよねえ」
思考を置いた上で、フィアの側に向けていた目を前に戻して、ひらひらと右手を振りながら笑ってそう言う。
「……それは、あの組織の大半が――」
「命、大事にしたら?」
人差し指を口に当て、片目を瞑る。
レニーにはあんまり深く突っ込まれたくないんだよね。だって歴とした受付嬢だし。レニーという『個人』ならまだしも、冒険者ギルドという〝組織〟の単位で目を付けられたくはない。
フィアがいる以上、別口からは目を付けられるだろうけど……逆に、だからこそ気煩いは少ない方がいい。
左目の瞼を上げて、右手を下ろして、ポテトをつまんだ。
「面倒な建前とか、探り合いとか、全部無しで行こうよ。君と私の仲なんだしさあ」
剣先を天に向けるように、揚げられたポテトの先端を上に向けて、脚を組む。
「話してご覧? 今度は、遮らないからさ」
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商品棚に並べられた実用的な物。
雑貨屋というか……道具屋? 狙っている客層は冒険者と思われる品揃え。冒険者であれば5%OFFらしいから、客層なんて論ずるまでも無さそうだけれど。
でもほら、洗剤とかあるし。
主婦層も来るかもしれないじゃんね。
「何選べばいいか分からないから、全部フィアに任せていい?」
「ん、分かりました」
頷いて商品棚に視線を戻した彼女を見届けてから、部屋の隅まで移動して棒立ちする。
「……」
レニー曰く。
特別依頼とやらを達成すれば、Eランクまで上がれるらしい。依頼自体は普通の物だけれど、一つ違う事があるとすれば、それはEランク下位の依頼だという事。まあ、Gランクなら避けるべき内容。
ランクの足りていない冒険者に受けさせるのは規則に反する事だけれど、特別依頼とした場合ならば例外になるらしい。
そうぽんぽん使われる事の無い制度だって説明された。
そんな制度がある事自体が、なんとなく背景を伺わせるね。結構な頻度で才能持ちが産まれるのか、はたまた『二回目』の人がチート能力でも携えてひゃっはーしているのか。
まあ、私も例外ではないと思うけど。
圧倒的で規格外な力ではないけれど、やりたい放題は現にしているし……それにフィア曰く、【大罪】というのは『卵』、或いは『蛹』らしいからね。
【魔王】とやらの。
なんだか面倒事に巻き込まれそうだから、そういうのではなく普通のチートが欲しかったよ。魔力量に際限が無いとか、単純に身体能力がイカれてるとか、剣の腕が人類最高峰レベルだとか。
「……」
『チート能力』、というのが《スキル》という形で与えられるのか否かを考え始めた所で、思考を元の路線に戻す。
レニーから受けた特別依頼の内容は『ゴブリンの殲滅』。
すっごい簡単そうに思えるけれど、今までのような哨戒だったり野良だったり、偶然そこに生まれてしまったゴブリンではなく、〝巣〟の中にいるゴブリンを殺戮しないといけないらしい。
次いでに、もし冒険者が囚われていたら死亡している場合を除いて如何なる状態でも連れて帰って欲しいと。
救助人数毎に四角銀貨五枚分上乗せされるんだとか。つまり一人当たり五万円。
で、迷宮化していたら必ず報告しろとか、とにかく色々言われた。多分こういう言い付けというか事前の要望に応えられるかどうかも判断基準の一つなんだろうと思ったから、一応記憶している。
魔法とか武具とかを真っ当に使ってくるゴブリン……ホブゴブリンには一応気を付けろとも言われたね。
依頼自体は言うてFランク指定の内容なんだから、まあ私なら大丈夫だと思うけど。
「リーナさん」
「ん、終わった?」
「とりあえず必要な物は」
《節制》由来の『格納空間』でも使っているのか、特に荷物を抱えてもいないフィアを上から下まで見て、それから店内を後にする。
この後は適当に食料買い込んで、宿の荷物を纏めて道を歩くだけ。
フォルミーカを目指してね。厳密にはその中間にある宿場町だけれど。
特別依頼に関しては、フォルミーカ側の冒険者ギルドに依頼書を相応の魔石と共に渡せばいいらしい。本来なら取って返さなければならないんだけど、冒険者ギルドの本部経由で遠隔から口座に依頼報酬が払われるのだとか。
他所のギルドの依頼書を持っていく事に関してはレニーがどうにかしてくれる。するって言ってたから。……してくれるよね?
まあなんか、飛脚とかに頼んだりするんだろう。
そう結論付けて、昼間故の騒がしい雑多の中に身を投じた。
さて、この都市から離れようか。




