3 『出鱈目なコイントス』
意識が断絶する瞬間。
その感覚は、とても良く知っている。
「――――」
毎晩の浅い眠りというのは必ずしも意識を途絶えさせ、避けようのない休息に導く。自発的な睡眠でなくとも、それは変わらない。
ましてやそれが、永劫に続く物ならば。
「……なるほどね」
意識が途絶えたまま。途切れたままに私は事切れ、発見された死体は焼却炉で焼かれる筈だった。
宛ら、皮膚や筋肉の組織はターキーチキンのように焼かれ、溢れる肉と汁が棺の中で蒸発してしまう程に熱く溶かされ、灰の海に耽溺した白骨死体に成り果てる。
そういう流れを、辿る筈だった。
「本当に、質の悪い」
頭痛を解そうとこめかみを片手で揉み込んでから、瞑った瞼越しに眼球を擦る。例えるのなら、寝起き直後のように。
……いや、ようにではなく、私は本当に寝起きなのかもしれない。
意識の覚醒という点に於いては、私の置かれているであろう現状もきっとそうは変わらないのだから。
あれほど血を流したのに、あれだけ痛んだのに、明確に死んだ筈なのに、何故私は今もこうして考えを続けられている? こんなに長い走馬灯なんて聞いた事は無いし、冗談ならば悪質に過ぎる。
ここは天国か、地獄か。はたまた水槽に浮かぶ脳が見せる、第二の夢か。輪廻の待合室か何かか。
まあ、天国であろうと地獄であろうと、水槽であろうと輪廻であろうと。
いずれにせよ、私は――、
「死後の世界、だなんて」
信じない。
無意味だと自覚しながらも、溜息に不信を纏わせる。
肉親の血に塗れた制服の袖を、己が首に突き刺さっていた筈なのに、今では手中にある包丁と共に見下ろした。数少ない所持品を確認してから視線を上げて、凶器と共に後ろ手を組みながら自分の現状を把握しようと試みる。
上を見て、下を見て、前を見て、後を見て。
天井を遮る物は無いが……曇り空のように薄暗く、日の光が射す事も無い。
私が立っている床も勿論ある。その床は碁盤目状の規律を守りながら夥しいほどに整列しており、黒く無機質な床を、細い白線によって無聊を慰めようとしていた。
壁といった明確な建築物はどこにも無い。前も後ろも、あるとすれば……灰色の空と地面の間に引かれた明確な境界線のみ。
「開発途上国の方がまだ文明的なんじゃない?」
冗談交じりの言葉を吐き捨てながら頭を振って、目に掛かっていた嫌に長い前髪を退ける。その上で、血で濡れた制服の袖の温さを、後ろに組んだ手首同士で擦り合わせた。
致命に至らせた癖に、今は一滴すら血の流れていない首元を覆うように、絞めるように右手で触れながら、もう一度深い溜息を吐く。
その時、
『そんなに溜息吐いてると、幸福が逃げちゃうよ?』
声。が、掛けられた。
「……逃げるような幸福なんて、私には無いと思うけどなあ」
突然視界の中心を占領してきた不躾な人物に対し、肩を竦めながら自嘲の混じった軽口で返答を行う。軽薄な笑みを急造に取り繕いながら、柄を逆手に持って左手の袖に白刃を隠す。
情報を引き出す為に会話をするのなら、血に塗れた出刃包丁など無駄に警戒心を抱かせるだけだろうから。
いやまあ、この体が大量の血に汚れている時点で涙ぐましい努力としか言いようがないけど。その努力が実を結ぶ事を祈ろう。
『いいや、君は幸せだよ。なんせ、〝神〟に選ばれたんだからね』
「そんなのどこにいるのさ」
不審な人物を視界の中に入れたまま、わざとらしく左右を見回してみる。
私のおどけた仕草を見て取った人物の表情と思わしき物が微かに揺れ動くが、そもそもそこが頭部なのか分からないし、確信が取れない。
体格は成人男性程度ではあるが、その下半身は朝靄のようにぼやけていて、胴体にはミルクティーにも似た色の薄い毛が生えている。
凶器などは所持していないようだが……妙に、指が多い。
『ああ、これ? まあ、ちょっと多めに生えてるけど、日常生活を送る上で不便はないよ。寧ろ、慣れさえすれば便利な物さ』
「へぇ、器用なんですねえ」
観察している事を悟られないよう、周辺視野だけで情報を得ていたのに。まるで心を読んだかのようなタイミングで正確な本数と、日常を過ごす上での利便性までもをご丁寧に伝えてくれる。
なるほど。
私が〝神〟に選ばれた、ねえ。
『そうだよ。君は神に選ばれたんだ。最も、当の本人たる君は全く信じていないようだけど。……そうだろ? 望月璃奈?』
「……もしかしてだけど、私のストーカー?」
『失礼な。わざわざ人間の、その中の一個体如きに僕が執着するとでも?』
柄まで袖の中に収納した包丁と共に両手を上げて、肌に触れる血液と金属の生温さを感じながら非武装をアピールする。そうしながら、喉を鳴らし肩を竦めた。
その動作を、私……延いては人類への無関心を示す言葉に対した返答とするように。
手荷物検査を通る前のスーツケースに入れられた薬物と同様に、動揺と本心を厳重に、且つ巧妙に隠して。
「ちなみに、貴方のお名前は? 良ければ後学の為に教えてくれない?」
少しずつ汗ばんでいく体と緊張からか騒ぎ出す心拍を悟られぬよう、平静を取り繕いながら名を尋ねた。
目の前の人物は適当な質問に対し『まあ、別にいいけど』と続けてから、真面目腐った表情で口を開く。
『――ラトボニル。……二度は言わないからね。面倒だし』
「外国人?」
『似たような物だよ。君からすれば』
ラトボニルは腕を組み、男性的である事以上は分からない声色でそう話す。それは酷く年を取った老人のような渇いた声でもあるし、サッカー少年のような溌剌とした声でもあった。
印象が、混濁としている。
感じたばかりの矛盾を捨て置いてから、今の今まで上げていた両手を下ろす。手汗と血液で湿った手を背中側で組み直しながら首を傾げ、丁寧に疑問を示していく。
「話を戻すけど……私が『神に選ばれた』、とは?」
『ああ、それね』
ラトボニルとやらの顔面が醜く過ぎて規制でもされているのか、モザイクが掛かったと見紛うくらいに曖昧な顔色を呈している。眼球の向きを右往左往させて、脳内の言葉を適切に選択している事さえ伺い知れない顔色を。
『君には、権利がある。この僕が――神が与えた権利がね』
……。
『――〝剣と魔法のファンタジー〟。その世界に、転生する権利が』
……?
「……?」
『……喜ぶとこじゃないの? そこは。セカンドライフだよ? クソみたいな現代社会とオサラバして、生温い異世界でチート振り回して俺TUEEEE出来るよ?』
???
「あー、と……?」
『……転生とか、知らない?』
「いや、まあ、知ってはいますけど」
〝転生〟とは、一部の人達が信じている死後の結末の事で……万物は巡り、敷かれた円環に則り無限地獄のような『NEW GAME』を永遠に繰り返すという……救いなのかそうじゃないのかが曖昧な概念。
転生、延いては輪廻転生というのは、そういう物だと認識している。
生憎と、私は信じてないけど。
『あー……なるほど。自分が死んだって認めたくないパターンだったりする?』
「というか普通、『自分が死んだ』って簡単に認める訳なくないですか?」
ましてやそれが『私の意志』を踏み躙るような物ならば、尚の事。己の意志に殉じる為だけに自殺すらしたのに、その行動を、その意思を、全て無かった事にされ否定されるなど――認める訳にはいかない。
絶対に、何があろうとも。
「一つ、聞きたい事があるんですけど……私を〝ここ〟に連れて来たのは、貴方ですか?」
『ん? 勿論だけど、それがどうかした?』
「ああ、いや。なんでもないです。気になっただけなので」
呼吸の度に鼻腔を擽る父親の血臭を肺一杯に吸い込み、血の滑りが気にならなくなる程度に強く、袖に収まっている包丁を手中で握って、握り締める。
軽薄な表情を、張り付け直す。
『そう? なら続けるけど』
ラトボニルが、片手に七本ずつ生えた指を複雑怪奇に組み合わせる。
バッグの中に入れられた有線イヤホンみたいに、ぐちゃぐちゃと。
『こっちとしては、自分が死んだと認めて貰わないと困るんだよね』
「何故?」
『面倒な事に『死亡』ってのは……当人の自覚が伴わなければ上から判定が下されないからさあ』
「なるほど」
『うん。だから、死んだって認めてくれない?』
肩を竦めながらの長ったらしい言葉を素直に聞いているように、そう見えるように二度頷く。表面の態度をそれらしく取り繕いながら、ラトボニルが発した言葉の内容を脳内で吟味する。
肉体的な死・精神的な死が揃って初めて死亡が確定される、と。
精神的死亡。つまり自らが死体であるという自覚は『転生』という条理を覆すような事象に於いて、謂わば〝承認〟のような役目を果たすのだろう。
つまりは、踏まなければならない手順。
そういう解釈をしてそれが正しいのだとこじつければ……まあ一応、弱みに近い物は握っているという事か。
それに、『上から判定が下されない』という言葉。神を自称しているラトボニルにも抗えなく、覆せないシステムか――或いは別のナニカが存在する……と、そう判断していいだろう。
言葉通りに考えれば、〝上〟が存在するという事なのだから。ラトボニルは全能ではないらしい。全知であるかは分からないが。
なら、うん。いけそう。
「貴方が私に『自分が死んだ』と認めさせたいのは分かりました。でも別に、私以外にも人間なんて幾らでもいるでしょう? いや、私よりも、余っ程簡単に話の進む人が」
『……そういう訳には行かないんだよ。望月璃奈』
ラトボニルは苦々しく、まるで苦虫を上顎と舌でペースト状になるまで磨り潰したような表情で吐き捨てていた。厭悪と嫌悪が滲み出た、忌々しさを僅かにも隠さない声色で。
このままラトボニルに機嫌悪くいられると気分も悪い上に計画上の都合も悪い。
ので、口元に手を当ててわざとらしい咳払いを二度ほど繰り返してから、あくまでにこやかな表情で言葉を発する。
「なら、〝証拠〟を見せてくれません?『私が死んだ』っていう〝証拠〟を。全能である神ならば、このくらい容易いでしょう?」
『それはまあ、別にいいけどさあ。どんな証拠を提示すれば君は納得するのさ』
「そうですねえ……」
ぐるりと、瞳を回す。
煤けた空、白線に仕切られた黒い床、どこまでも無機質な空間。
それらを見咎めて、それらを無視した。
「……報道とか、どうでしょう? あれだけしっちゃかめっちゃかな死に方をした以上、ローカルチャンネルとかなら私の事が載っていると思うのですけど」
腰の後ろ辺りで手首同士を絡ませて、身体を少し揺らしながら呑気に言葉を紡ぐ。多少雰囲気と表情が緩み、逡巡しているように思える視線の動かし方をしているラトボニルは――、
ぱちり、と。
突然、指を鳴らした。
『これでいいかい?』
薄く毛の生えた腕と無駄に多い指先が向けられた場所には――安っぽいテレビが、置かれていた。
丁度、床に走ったグリッド線が十字に交わる場所を、土台の中心点として。
「……ああ、はい」
一瞬でテレビが設置されたという、余りにも脈絡の無い光景を見た私の頭は流石に、酷く混乱を覚えるが。
――けれども、眼だけが冴えていた。
血液と共に、その感覚が行き場なく巡っていた。
▼△▼△▼△▼
リモコンもコンセントも無しに電源が点いたテレビの画面を見ながら、数回瞬きをして目を回す。
「……」
『今日未明、■■市のアパートに住む三十七歳男性と十六歳女性が死亡しているのが近隣住民からの通報で発見され、警察は無理心中の可能性があるとみて、捜査を進めており――』
きっとラトボニルはこの空間の支配者であり、全能ではなくともある程度の能力を有している。ならば、私の思考も所持品も、その全てを把握していないと言い切れない。
だけれど。
ラトボニルという名の〝神〟の不完全性は、ラトボニルの『言動』が既に証明している。本当に神ならば、全能的な存在ならば、私を思いのままに、思うがままに、転生でもなんでもさせればいい。
「――――」
それに、私の心を読んだような言及の数々も、ラトボニルと接する事で疑問に思って然るべき点を突いているに過ぎない。
『神に選ばれた』という言葉も、『指の本数』も。
ある程度言葉を交わせば、十中八九疑問を抱く筈だ。故に、ラトボニルの言葉は単なる即興的話術でしかなく、その話術を『読心』と定義するのは――余りにも、早計だと。
『自分が死んだって、そろそろ理解出来た?』
何が出来て、何が出来ないのかを確かめる為に証拠の提示を要求したが、どうやら物体の生成程度なら可能らしい。腐っても、自称が神なだけはある。
「まあ、流石に。ここまでされれば」
聞かれた事に、ただ答えを返す。
皮肉めいた思考が滲み出ていそうな声音で、表情筋に染み付いた動作通りに、軽薄な笑みを貼り付けたままで。
『記憶処理は……しなくても良さそうだね』
「……どうも」
私の記憶を好き勝手に弄られない事は嬉しいが、その喜びは余生を前提とした物。転生後の事を今は対して考えられないし、正直な話、ここを乗り切れるかどうかも怪しい。
不完全な神ならば、きっとこの異様な切れ味の包丁で切り傷を負わせる程度なら可能かもしれないが――幾ら切り付けた所で、ラトボニルは死んでくれるのか。
『ま、後は自由にやればいいさ』
「そう?」
ラトボニルは、おかしな事を言う。
〝自由〟とは与えられる物でなく、己が手で掴み取る物であって……断じて、指示に従い、口を雛鳥のように上向けて得る物ではない。
或いは、鉄パイプにより強制給餌される鴨のようだと比喩されてもならない。
そういう物で、ある筈だ。
「本当に、〝自由〟にやっていいの?」
『……ん? うん、さっき言った通りだよ』
ラトボニルの全容が不明な上、どの程度まで能力を振るえるのかも把握していない私がこの計画を成功させる為には、ラトボニルという〝神〟に存在している事のみを理解できる、何かしらの欠陥を突くしかない。
きっとそれは、分の悪い賭けなのだろう。
「……二言は?」
『二言なんて無いよ。神でさえ、吐いた唾は飲み込めやしない』
ある程度の計画性はあるとはいえ、根幹はラトボニルの不完全性に頼った運任せでしかないが。
私は別に、計画が失敗したっていい。
指に弾かれたコインが表を出そうが裏を出そうが、私にとってはどうでもいい事だ。
私は私の意思に、『己の意思』にさえ準じれるのならば――、
「それは結構」
――私にとって、どちらも〝表〟だ。
それが、詭弁だとしても。
例え、ラトボニルが本当に〝神〟なのだとしても。
私は、他者が振った賽の出目になんて、従いたくはない。己の手で振れさえするのならば、酷く重心の偏った賽でもいい。
どんな条件であろうと、私の命運を定めるのは常に私であるべきだ。
そうでなければ、承認出来かねるのだと。
そんな自己中心こそが、私自身だった。
私が私自身である為に、必要な事だった。
「……ねえ、ラトボニル」
妙に確信を伴っているラトボニルの言葉に了解の返事を返してから、今までの丁寧な言葉遣いとは一転した親しげな声で、軽薄な笑みを深めながら声を掛けた。
微かばかりでも混乱を煽る為に。
『なんで呼び捨てなのさ。様を付けてよ、様をさあ』
果ての無い不気味且つ虚無的な空間で、二人揃って報道番組を観ていた私達はお互いに向き直る。後ろ手を組んだままに、強くもなく弱くもない一歩を左足で踏み出す。
「〝神〟って、どういう存在だと思う?」
『そりゃあ、僕の事でしょ?』
ラトボニルの驕り高ぶった言葉に返答を返さず、見上げ果てたような、或いは覗き込むような首の角度で正面に立つ。慣れた軽薄さを維持したまま、目を細めた後に首を傾げ、淡々と言葉を紡いでいく。
どこまでも冷静に、平静であるように。
「私はね――『神という存在は、絶対的で在らねばならない』――、――『全知で、全能で、その能力に僅かな、微かな欠けさえあってはならない』――。そう、思ってるよ」
目の前の者が、眉を顰める。
「天地創造・天地開闢を行い、世の理を敷き、世界の全てを平定する存在なのだから。一縷の欠け無く完全でなければならないのは、当然でしょう? そうでなければ……何が神か。何が神格か」
吐息。
「神とは、完全で、在らねば」
狂信の熱は無く、あくまでも軽忽なまま。
「世を創り、律を平定する役目を担った視座は、揺らいではいけない。〝神〟とはそれ自体が不可侵領域であり、それ即ち形而の上でなければならない。神に感情など、情など、心など、不要以外の何物でもない。心ほどに揺らぎやすい物は、無いのだから」
足りない息を吸い。
一歩を更に踏み出して。
逆手の柄を、持ち替えた。
「〝神〟とは、絶対的で、超越的で、全能的で、凌駕的な存在で……だからこそ、そんな馬鹿げた存在だからこそ、私は――」
腕を、振るった。
「――神なんて、信じない」
『異様に切れ味の良い包丁』が、薄い体毛ごと胴の血肉を切り裂き、驚く事に人間とそうは変わらない赤い血が噴き出す。
『――ぁ?』
胸の辺りからシャワーの如く飛沫を上げる赤色を浴びながら、一歩後退ったラトボニルの肩を右手で押し倒し。
不完全な神と共に倒れていく自分の勢いを利用して、地面に転倒させる。黒い床と衝突したと同時に、頚骨すら断ち切る刃物で神とやらの心臓を深く刺す。
『こ、のっ……!!』
下敷きにした肉体の腕が中空に向けられたのを見て取った。すぐ、心臓から刃を引き抜く。掲げられた片方の手首を即座に刎ね飛ばす。
頬に飛び散り這い流れる不快を無視して、肋骨全てをピザを切り分けるに似た要領で手早く分解していく。
自称だろうが、神は神。テレビを指パッチン一つで出現させられるぐらいだ、何らかの攻撃的な異能も有していると考慮していい。
寧ろ、それらの能力を考慮に入れないのは愚の骨頂でしかなく。だから、優位を握っている今の内に――、
『……【多重、神罰ッ! 雷づ――っ』
喉を刺し。
首を刎ね飛ばす。
悦に浸った表情が床に転がっていくのを無視して、両手で逆手持ちした黒い包丁で心臓部を何度も何度も突き刺して、突き刺す。
突き刺していく。突き刺し抜いて、突いて刺して、突き刺していって。
突き刺す、何度も突き刺す。
テレビを生成したというその事実から、嫌な想像や予測など幾らでも生み出せた、生み出せたからこそ、〝こうなる前〟に絶命させなければならなかったのに。
浮かんでいく予感を削ぎ落とす為、凶器を乱雑に振り下ろす。
出来上がった死体は、どこもかしこも皮一枚だけで繋がった有様。
念の為、皮ですら繋がれぬ様に裁断しようとした、
瞬間。
――ぐわり。
端的に、空気が歪んだ。
拉げて、折れて、弾けて、壊れた。
起立した鳥肌が撹拌され、粉骨が砕身へと成り果てて行く。鼓動にも似た疼きが、大気に周波を際なく打たせていた。
肌が焼けている。
脊椎が縮んでいる。
……私は、死んでいる。
「……ぁ、ぁ?」
吐息を掠れさせながら、仰げば。
そこにあるのは、【赫い華】。
輪郭は定まらず。
だのに一瞬すら網膜に焼け付いて、離れはしない。
〝それ〟には『熱』があり、『色』があり、『像』があり、『形』がある。児戯の一環で生まれた結び目の如く無茶苦茶な、硝煙に満ちた夏の思い出が、落ちそうで落ちぬ線香花火に似た何かが、悠々と浮かんでいた。
〝それ〟は上空を焦がしている。
吐いた息が蒸し返されている。
歪んだ空間は〝それ〟を待ち望んでおり、謂わば――、
「、」
――世界は、焦がれている。
「――……あー」
まあ、大金星ではあるだろう。
不完全といえど神を殺し、私が投げたコインは不安定ながらも〝表〟を指し示したのだから。
「は、」
人生の幕引きとしては、最高じゃあないか。
上を見詰めれば。この瞳に残るのは。私の命を奪う現象は。
「く、はっ、……あっ、はは」
雷光にも見紛う程に壮麗な【赫い華】なのだから、これ以上の幕引きは無いと言えるだろう。
あれほどに綺麗で、これほどに熱い炎ならば――。
「あ、はっ。あは……、あはははははっ!!!」
――精々、焼却炉の代わりになってくれるだろう。
吊れた頬を焼きながらの、致命の事象。
〝それ〟が軋轢とした音を生みながら、収束していくのを揺らぐ目が捉えた所で――、
堕ちた。




