38 『《暴食》』
へーんな所で現実性を持ち出してくるのはどうなのか。
〝剣と魔法のファンタジー〟ならば、もう少しそれに準じて欲しいものだ。
私の服は乾燥させた。
というか同座標に全く同じ物を作っただけ。構成されていく物体の程度に合わせて、既存の物を〝消去〟しながらね。生成物は効果範囲とか関係なく、消そうと思えばいつでも消せるし。
いつでもというのは、いつ如何なる時でも行えるという事。
だから往来を歩いているフィアの服を急に消す事だって出来る。
だからなんだという話だけど、まあフィアがもし逃げようとしたら羞恥とかで足止め出来るんじゃないかな。あとは……露出プレイとか? 生憎と、そういった事には興味無い――。
いや嘘、正直少し楽しそうだとは思ってる。やらせる立場であれば。
「なんか服に注文とか、文句とかある?」
この年頃の女の子というのは、何かにつけてお洒落したいらしい。教室で机に突っ伏して木板を爪でがりがりしてる時にそう聞いた。デパコスだとか、ブランド物だとか、何を着るかだとか、そういうの。
多分彼女はそんな感じ。私とは違って。
だってほら、実用性があればそれでいいじゃない?
「注文も文句も、特にありませんね」
「そか」
ならいいや。
じゃ、次。
「【今から起きる事、その全ての口外を禁ずる】」
言葉、正確には声帯に魔力を纏わせ、【命令】を下す。
彼女の喉がひくりと震えて、掠れた息が漏れ出し、青い虹彩の中心に据えられた真っ黒な瞳孔の大小が後者として変わる。
同時に左手を挙げ、開く。
十五メートルの円内。
そこに散らばっている有象と無象《人間》の死体を包み込むように『消化液』を吐き出し、包み込んで溶かすプロセスを意識的に早め、手を閉じた。
軽く、喉を鳴らして――、
「――《捕食》」
全て、呑み下した。
ああいや、食べては無いんだけど。
ちょっと確かめたい事があるから、まだ『格納空間』の中。
手を下ろしてから、ちょっと嗜虐心を疼かせながら彼女の方を見てみる。
どんな顔してるかなー、と期待していると。
「《暴、食》……?」
なんか思ってたよりびっくりしてた。
▼△▼△▼△▼
「え……な、なんで……?」
口元を手で押さえて、事実に打ち震えた声音で、視線をあちらこちらにやりながら戸惑っている。
え、なに、そんなに不味い事なの? でも情報共有しとかないと一々隠す必要性が生まれちゃうし……。
あー……。
……んー……。
とりあえず、落ち着かせよう。
で、ついでにある事ない事吹き込んでおこう。
適当に彼女の背中に腕を回して、私の胸元に顔を埋めさせる。
そしてそれらしく抱き寄せて、耳元で囁く。
「大丈夫。大丈夫だからね」
「で、でもっ、だって」
抱き締める両手から捻出して、ついさっき洗ったからか多少指通りの良くなった銀色の髪を撫でる。
「確かに私は《暴食》だよ。だけれどそれ以前に、君は私の奴隷で、私は君の主人でしょう?」
もうなんかノリと勢いでなんとかする。
なんとかして言い包めてみる。
「それ以上に必要な事なんて、何も無いと思わない?」
こくりと頷いて、返答された。
ならよし。
「ん、いい子だね」
そう言って頭を撫でて、色んな事を有耶無耶にしていく。
別に【命令】で口外出来ないようにはしているけれど、つい最近奴隷になったばかりであるフィアの感情を、無理に逆立てる必要は無いかなあって。人心を操るのは難しいらしいからね。
せめて、操りやすい土壌を整えておく必要がある。
あとほら、経験を積みたい。
こういう事をするのは初めてだから、数を熟すのが大事かなって。だから奴隷を実験台にあれこれしてる訳で。
お陰で私はフィアをあやすのが得意になった。フィア専門家をやらせてもらおうと思うんだ。
「でさあ」
「ん、なんでしょうか……」
声を掛けると、最早私が抱き締めなくとも引っ付いてる彼女が、その密着具合故に苦戦しながらもなんとか顔を上げる。
なんか、あれだ。幼い子供が一人で服を着ようとして、なんとか首を通す所から顔を出せた時みたいな。
そういう愛らしさがあるよね。意図的だったらあざとくなるけど。
「私が《暴食》だと、何か不味い事があるの?」
「え」
常識を疑うような目を向けられる。
というか比喩ではなく、普通に常識を疑われている。
ただまあ、私に常識及び前提知識が欠けているのは彼女もフィーリングで理解しているだろうから、そこはちゃんと説明してくれる、だろう。たぶん。
「不味いです。とっても不味い、……いや、正確には不味かったと言うべきでしょうか」
ほらね。私の思った通り。
「……本質的に、《暴食》と《節制》は対立関係にあります。根本的な話、【大罪】と【美徳】は相容れません。そういう存在であり、そういう関係です」
フィアはいつも、その言葉の定義・前提から話してくれる。それはどうにも分かりやすく、きっと相当に悩んだ末に言葉を選んでいるからなのだろう。奴隷らしくて何よりだと思ってる。
「【美徳】という存在は、『卵』です。それか『蛹』。成長途上であり、成長する為に踏まなければならない段階であり、権利であり資格であり、一言で言えば『前提としての素質』です」
前言撤回……はしないけど。
前述のフィアの話し方に関する考えが現実としての物ならば、フィアは言葉を選んだ上で意味の分からない事を言っている。
いや、より正確に言うのなら――、
「……なるほどね」
――主語の欠けた、言葉を。
人には誰しも隠しておきたい事の一つや二つ、或いは三つ? まあ、とにかくそれくらいはある。私だって例外ではない、だから私は揚げ足を取らないし、不足をつついて責めはしない。
「【大罪】という存在も、『卵』です。それか『蛹』。やはり成長途上であり、成長する為に踏まなければならない段階であり、権利であり資格であり、『前提としての素質』です」
あー、なるほど。同じ言い回しを用いる事で双方の同義性を強調している訳か。
「で、私は――ああいや、【大罪】、延いては《暴食》はどういう存在な訳?」
未だに抱き締め合ったまま、問い掛ける。
そして、彼女を見詰めた。
或いは、動く白い喉を。
「――【魔王】です」
言葉に籠められた意味、そして声色は……荘厳で且つ、重苦しい物。
彼女は私の胸元に当てていた手を自らの首元に持っていき、触れる事で安心するのか、渡していたチョーカーに掌をひたりと当てていた。
「魔王なんですよ、貴女は。今はどうあれ、他がどうあれ、《暴食》がどうあれ。【大罪】の最終形は、それです。それ以外に、ありえません。ありえてはいけません」
珍しく、どこか冷酷な色を纏う蒼眼が私を捉える。
「【魔王】は何れ、【勇者】に斃されるでしょう。聖剣にて喉を貫かれて、心の臓は止められ、脳髄は朽ちゆくのみです。きっと、そういう結末を迎えます」
残念ながらとっくに、そういう死に方はしたばっかりなんだよねえ。
あの切れ味の良い包丁を聖剣だとしたら、私自身を【勇者】としたら、そうなる。虐待サバイバーの英雄譚だよ。うーん、人気が出なさそうだね。
「それで?」
「私は、貴女を殺さないといけません」
まあ、羽化する前に卵は潰した方がいいよね。それが害虫の物なら尚の事。【勇者】とか、そういう存在が出なければ解決出来ない事態になる前に、【魔王】として成る前に殺しておくのはいい判断と言える。
「ん、ふふっ……殺してみる? いいよ。君なら、試すぐらいなら許してあげる」
全てを理解した上で尚、堪えきれないというように嗤う。
悪魔か、妖か――或いは、それこそ魔王のように。
考えてみれば、そう成るのも悪くは無い。
蝿の王として君臨してみるのも、一興の内だ。
ああ、だけれど――、
「……私は、貴女を殺せません」
前提として。
フィアは、私に堕ち切っている。
彼女は私に心酔して、私に依存して、私を崇拝している。
きっと、私が『死ね』と言えば【命令】も無しに死んでくれる。
それはとっくに、理解していた。
「じゃあ、どうするの?」
私自身の意地が悪いのも、こういう状況で興奮しているのも、隠そうと取り繕っているのに、表情が崩れて、歪んでいるのも、ちゃぁんと全部、全部ぜんぶぜんぶ理解しているだろう。
「ねえ、どうするの?」
彼女を今までに無いほど強く抱き締めて、耳元で甘ったるく囁く。
私の、私だけの、可愛い子猫に。
その、優れたる耳に。
「……貴女に、尽くします」
「うん」
「貴女に、忠誠を誓います」
「それで?」
言質というのは、幾らあっても困らない。
食器用洗剤と同じくして。
「ほら、言って」
銀糸を撫でて、指に絡めて、急かす。
早く、早くしろと。
言ってしまえと。
打ち明けろと。
尚一層強く抱き締め、そうして微かな苦鳴が上がった。
フィアは、諦めたように息を吐いて。
「――貴女に、全てを捧げます」
腕の力を、弱めた。
だけれど、依然として私の腕からは抜け出せない彼女の耳元で。
「……いい子だね、フィア」
甘く、優しく、嘯いた。




