35 『悪意なる第三者』
爪。牙。尾。
腕。頭。体。
それらが、今襲い掛かってきている物。
「――ッッ!!」
怒ってるね。
私に追い縋るキマイラの様子を見るに、少し刺激し過ぎたかもしれない。まあそうやって煽ったからこそまともに歩行もままならず、がむしゃらに追おうとして結果的に速度が落ちているのだから。
怪我の功名という事にしておく。
「これ何!? 何なのかなあ!?」
行く手を阻む何か。
何かとしか形容のしようがない。視覚含めた五感では認識出来ず、半径五メートル内にのみ効力を及ぼす第六感でしか知覚出来ない〝何か〟。
剣で切り払えば無くなるけれど、それには抵抗がある。
「ねぇ、君は何か知、」
ず。
と、先細りした鋭利な石柱が目の前から飛び出し、相対性により早く思える槍が心臓に迫り、それを蹴り砕いた。
「あーなんだったっけ。『武器、『戎器歩――」
……あた、あれだ。
『戎器歩法』だ。
とにかくそれを使って逃げていく。
それでも同速程度なのは私が密度分の魔力を出し惜しみし過ぎているのか、キマイラの脚が速いのかは考える暇は無いけれど、とかく逃走する。
背後で、吸われた息。
「ガ――」
と音がして、予感のまま両耳を塞ぐ。
「――――――!!」
咆哮。
それが葉を揺らし、草を巻き上げ、木を揺るがし、空間に罅を入れ、大地を裏返さんとする。
今の今まで重機のパレードが通った後のような惨状を森に作っていた轟音の発生源は、今現状のみは動きを止めていた。
「るっさいなあ!!」
理性は好機と捉えて走を進め、感情は心的外傷のままに叫んでいる。
流れる景色は自らの脚が巻き取っており、目標地点までは後少しで、フィアの偵察が合っていればもうあの人達は待ち伏せている筈。
だから、このまま連れていけば。
後は。
「――――」
突如として、開けた景色。
同時に集まり、感じる相当数の視線。
そこは、半径十五メートル――、
走る為に差し出した左足だけに力を籠めて、鋭角よりも鋭く直角に曲がる。それが可能なのは私の身軽さ故であり、色々と混ざっている上に肥大化している混合獣の巨体では。
「無理、だよね」
横に吹き飛んだ視界の中。
円外で待ち伏せていた集団に、キマイラが突っ込んでいった。
▼△▼△▼△▼
「ポップコーンが欲しいよね」
彼女に聞いた話だと、初めはあそこまで円内に近い訳ではなかったらしい。もっと広めに包囲していて、露見しにくいようにしていたとかなんだとか。まあ痺れを切らしてしまったらしいんだけど。
だから、ボーリングのピンになっちゃった。
「……なんか、こう、圧倒的ですね」
「そだね」
煽りに煽り散らかして、『ここで待ってるから来てねー』という旨をメッセージとして死体と一緒に残して、案の定頭に血が昇ったのか〝罠〟という可能性を考慮しつつも突っ込んできてしまった人達。
私達を包囲しようとした、そのガラの悪い奴等は――、
「善戦してると思う?」
「概ねは」
キマイラを呼び込む為に彼女を置いていった場所である木の上、そこで息を潜めながら二人並んで、月灯りに照らされつつも繰り広げられている戦いを見る。
死体含めて合計五十人。内、二十人が弓、もう五人が投槍を幾つか持っていて、残りは……なんだろ。とにかく様々な武器を持った近接隊。
一人に対する戦力としては過剰に思えるが、『一人』という想定をぶん投げたのだろう。
まあ一日で二十人ぐらい殺したからね。予め鑑定した上で殺せると判断した人だけだけど、不意を突いてしまえばそこそこに強い人でも殺せたから……きっと、無差別に殺したと捉えられている筈。
だし、私が走り回って殺したからかな。組織的犯行とでも思われたのだろうか。まあ、そんなに揃えて備えても、キマイラ一体に、ぐっちゃぐちゃに掻き回されているんだけど。
初めの突撃で圧死した五人、逃げ出そうとしてキマイラの出した土の槍で刺し殺されたのが五人。
というか、五十人もいたの怖いんだけど。普通に正面から戦っていたら殺されてたじゃんね。
フィア奪還の際に色々としたあの場所が本部というか本流とするのなら、それが機能不全に陥っているこの現状では分流同士で争うと推測していたけれど、事ここに至っても存外結束力は強いらしい。
「一方的ですね」
「そだね」
そのまま観察を続けていると、振るった爪が血の飛沫を上げた。
「あ」
んー、纏め上げていたリーダー役の人が死んでしまったのなら、後は時間の問題かな。多分的確な指示とそれに合わせて我が子を殺されたキマイラの発狂具合のお陰で、かろうじねなんとか戦線を維持出来ていたみたいだからね。
キマイラが相当数を殺し終えて多少落ち着いてしまい、そして指示が無くなれば。
壊滅。その一途を辿るのみ。
ここまで聞こえてくる叫び声が千々に千切れ、背を向けて逃げた端から伸び上がった地の槍に、浮かび上がった火の球に、紡ぎ上がった風の刃に、次々と身体を突かれ燃やされ切り離され、殺されていった。
崩れた統率は数の暴力とはなり得ず、砂上の楼閣と同義。
血が歓喜するような暴虐が、集団を鏖にしていく。
三。それが残った数。
一人は蛇の形を取った筋肉質な尾に締め上げられ、もう一人は掌に生え揃った爪に縫い止められ、最後の一人は半身に於ける上下の境目を、下半身側を口内にして噛み付かれている。
生きているとは言い難い。
それでも、未だ収まらぬ憎悪を収めた眼光が、周囲を照らし――、
「『変化』」
私を捉えた。
▼△▼△▼△▼
あのまま気付かれなければ上々。
気付いたのだとしても、ある程度【魔力】とやらは削れる筈。
その他にも、純粋な体力も。
彼女を抱き込んだ状態で地面に転がりながら、計画を想起する。
「、」
自分の腹に巻いていた鋼糸。《情動戎器》製のそれに触れ、全長を著しく縮めただけ。
やった事と言えばその程度、それによって起こった勢いは普通の範疇には収まらないのだけれど。
で、半径十五メートルの円内から離れるように真っ直ぐ後ろに飛んできたこの場所から、直ぐに起き上がって反時計回りの膨らんだ曲線を描き、最終地点である円内に戻らなければならない。
だって、森の中とか戦いづらいし。
「!!」
足裏に剣を生成して加速するあれ、『戎器歩法』の速度に彼女が驚いている。
ちなみにフィアはどっかに待機させる予定。だって近接張れるような[ステータス]じゃないし。代わりに優れている分野である【魔法】やらで私の事を援護してもらおうかなぁって。
色々と木がへし折れて、地面が割れる音などを遠くの背後に聞きながら、円内の端に足を掛けた所で脇に抱えていた彼女を――、
「予定通りにね」
ぶん投げた。
投げたフィアを追い掛けるように十メートルほど走った後に、止まって半回転して、その時に至って漸く円内に脚を踏み入れた獅子の頭部と、向かい合う。
その威圧たっぷりの獣相と、真っ向から見つめ合って。
「じゃ、いきましょーか」
手斧を生成しつつ、呟いた。




